紛い物の蠍
夢路の付き添い
教団本拠地である北海道には、教団由来の施設が多く存在する。
その殆どは孤児院や病院などの施設で、私のような人間には無関係なものばかりだ。むしろ、一般の人が立ち寄らないような場所の方が私にとっては馴染み深い。
それは例えば、脳研究の分野に特化した研究所だったりし──。
「やあセント、今ちょっと大丈夫かな?」
「むむっ、セントは今取り込み中なのでちょっと待って欲しいのです、ストライブ先生!」
──そんな場所に似つかわしくない、幼い声が帰ってくる。
やがて少しふらつきながらの駆け足で、その声の主がこちらにやって来た。小さな見た目に妙に合う白衣を着た、ツインテールの少女。
「それで、今日は何の要件なのですか? セントは先生の相談ならなんでも聞くのです!」
セント・ヘブンズウォーズ。
教祖様の娘であり、星座の力も身につけている天才科学者。
「ああ、少し面白い話があってね。脳みそに関わることなんだが……」
「むむっ、任せてください! セントの得意分野なのです!」
彼女は楽しそうに声を弾ませながら、上目遣いでこちらを見つめている──その目線に違和感は無い、視覚があるということに、だいぶ慣れてきてくれたようだ。
流石私の生徒だ、と感服せざるを得ない。
知識の吸収速度に関しては授業をしていた時から凄まじいものがあったが、実際に体を動かす方の上達も早いとは。
まだ私の半分にも満たない年齢でこれなのだ、将来的には私の方が教わる立場になっているかもしれない。教え子の成長というものは、こうも嬉しいものか。
と、他の人より早い思考速度でそんなことを考えながら、私は次の言葉を発する。
「と、話の前に蛇遣い座も呼びたいんだが、どこにいるかわかるかい?」
「むぅ……今は奥にいるのです……」
「あれぇ? ストライブさん、呼びましたぁ?」
不満そうなセントの声と共に、奥の方からもう1人女性が顔を出した。
うっすらと笑みを浮かべる、蠱惑的な雰囲気の女性。蛇使い座のメアリーはピンクの髪を揺らしながら、どこか間延びした声でこちらに話しかけてくる。
「私を呼ぶってことは、適合者関連ですかね? それとも、デートのお誘いですかぁ?」
デート、確かに私と彼女は──。
「──蛇使い座、会う度にちょっかいをかけてくるのはやめてくれないか?」
「えー、だってストライブさん、あんまり効かないから悔しいんですよぉ」
自由な彼女の言動に、私は1つため息をつく。
蛇使い座、自分と相手の関係性に一時的に干渉することが出来る能力。
もちろん過去の記憶が改変されたりする訳では無いから、時間をかけて齟齬を直せば能力を使われてると認識することが出来るが……そうでなければ、敵すら味方に変えることの出来る力だ。
今は私との関係を恋人にしたらしい、よくあるイタズラの1つだ、彼女は誰にでもこういうことをする。
「……ストライブ先生はお前と違って忙しいのです、いいから聞かれたことだけ答えればいいのですよ、この平凡脳味噌」
「あら、もしかしてストライブさんを取られて拗ねちゃってますぅ? お子ちゃまですね、弱小星座さんはぁ」
思考を掘り進めているうちに、2人が言い争いを始めた。前々からずっと感じていることだが、この2人は実験中以外ソリが合わないらしい。
「2人とも、そこまでだ」
仕方なく、私は取り出したベルを甲高く鳴らす。
少し驚きながらこちらの方を見た2人に対して、私はゆっくりと口を開いた。
「仲間同士なんだから、もう少し仲良くしてくれ。話が進まなくなるだろう」
◇
至極、当然の話ではあるが。
『表向きには孤児院の経営や治安の維持を行っているが、裏では人体実験などをしている』なんて組織がまともなはずはなく。
その組織の、ひいては教祖様の最終目的は非常にシンプルだ。
世界の作り替え。
より細かく言えば『星座に適合した者を新人類とし、それ以外の人類を滅ぼす』というもの。
シンプルすぎてばかばかしいとさえ感じるこの目的も、実際にその力がある人が言えば話が変わってくる。
教団幹部とそれに近しい一部の人にのみ伝えられているその最終目標は、今の教団の基本方針であり。
──それに反抗しようとしてるのは、私の知る限りで3名。
1人は己の良心、特別な力に対する責任に従って。
1人は歴史への敬意、積み重ねられた知識の保護のために。
1人は未来への興味、偶然から生まれる才能に期待して。
私たちは、組織とは別の同じ目的で繋がった仲間で。その目標は、星座の力を持つものと一般の人を別の世界に分けること、である。
「脳味噌を一部を……それはまた、とんでもない話なのです……」
「頷きに嘘は混ざってなかったように感じてな……それでどうだろう、そういうことは可能なのか?」
「むぅ……セントの意見だと、理論上は可能だと思うのです。セントの例でわかるように、脳味噌さえあれば星素は反応するのです」
甘いチョコクッキーを頬張りながら、セントは少し悩ましげに言葉を返す。まるでリスみたいだな、と何となく思った、なんとも愛らしい様子である。
……本当に、生い立ちから考えれば表情豊かに育ってくれたなと思う。
私が先生役として初めて会った時、彼女は両目の視覚と四肢を失った状態で水槽の中に浮かんでいた。脳を育てるために他の器官を両親に奪われたと聞いた時は、私も唖然としたものだ。
「とはいえ、能力の補助もなしに脳を切り取るなんて、ほぼ自殺行為なのです。一体どう言う思考回路をしているのか、セントには理解不能なのですよ……」
「ああ、私も彼のことは気になっててな……ほぼ読心に近い観察力も、正直言って異能のそれだ」
「それとは別に、星座の力も使ったんですよね〜?」
難しい顔で言葉を漏らすセントの横では、蛇使い座がココアを飲みながら端末に目を通している。
「物体の複製なんて便利な力、教団が見逃すわけないと思うんですけどぉ」
「星座適合者の捜査記録には残ってなかったのか? 彼なら自力で星座の力を見つけたと言われても違和感は無いが……」
「うぅん……というより、そもそもそんな能力の星座を探した記録がないんですよねぇ……これ、おかしいと思いませんかぁ?」
大きく伸びをしながらの言葉を聞いて、私は少し考えを巡らせた。
確かにそれは奇妙な話だ。教祖様は星座の能力を全て把握している──変わらない未来を見ることが出来る能力が、教団の中にはある。
知らなかった。がないのであれば、捜査記録すら残っていない理由は限られる。
つまり、逆に知っていたということ。もう既に羽場切翔がその星座の力を手に入れていると分かっていたのだろう。
……なら、既に教団の方から接触していなければ不自然じゃないだろうか? それが出来ない理由があるとすれば……
「……そこも含めて、次会った時だな。元々彼とは話がしたかったし、話題になるかもしれない」
「よければ私も聞きに行きましょうかぁ? 恋人関係にしちゃえば聞き出しやすそうですしぃ……」
「むっ……変なことするのはやめるのです、ストライブ先生の『話がしたい人』なのですよ! もちろんセントは応援するのです!」
「あら、そういう感じなんですかぁ? それじゃあ私が行くのはやめときましょうかぁ」
「……違うからな?」
少しドヤ顔で、おそらく本気で言っているセントとニヤけた表情の蛇使い座に対し、私は呆れた視線を向ける。
……ふざけたような会話ではあるが、2人の優秀さは私が1番よく知っている。情報を共有しておけば、必ず何かを掴んでくれるだろう。
「……まあ、彼自体のことはともかく……未完成とはいえ12星座の1人と、未確定の星座が1人仲間に出来そうなのはいい報告だ」
「セントもそう思うのです、お父さんの計画を邪魔する足がかりが掴めたのですよ」
「教祖より先に、空いた12星座を1人でも仲間に引き込む……蠍座の失敗作が成長すれば早そうですけどぉ、何か作戦はあるんですかぁ?」
2人の言葉を受けながら、私は椅子から立ち上がる。そして笑みを1つ……正直、これから起こることに不安はあるが、そういうふうに振る舞うべきだった。
「まあ、そうだな。ひとまずは信頼を得るために──」
きっと、セントは応援して。
間違いなく、蛇使い座は笑いをこらえるだろう。
「……蠍座と一緒に、運び屋の仕事をすることになったよ」
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