紫毒の歌

 会社のロゴが描かれた帽子を被って、鞄を背負い。腰に剣を吊り下げたポニーテールの女性が目の前に立っている。


 私もそれに倣って帽子を被っていた、服装は普段通りの着物のままだ──運送会社としてどうなんだろうという気持ちは無くもないが、そういう社風……ということでいいらしい。


「それでは、今日はよろしくお願いしますね、ストライブさん!」

「……ああ、よろしく頼む」


 目の前の女性、スコーディアがメイド服を着ている以上、そういうことって認識の方が良さそうだ。

 ……確かに、メイド服というのは働くための衣服なので、ある程度の動きやすさは確保されていると聞くが。


「なあ、仕事用の服とか持ってないのか?」

「いえ、私が持ってる服はこの一着だけですが」

「そうか」


 やはり仕事着というものはないらしい、しかしメイド服以外持っていないのはストイックというか──。


「いやまて、持ってる服はって言ったか?」

「……? あっ、ちゃんと毎日洗濯はしていますよ?」

「そうじゃなくだなぁ……ほかの服を買ったり、買ってもらったりしないのか?」


 私が思わずそう聞くと、彼女の笑顔がすっと消える。

 失礼なことを言ったか? と考えて、すぐに思い直す。さっきまでの笑顔の応対の方が仕事用に作った性格で、こっちの冷えるような表情が素だったな。


「私自身にお金をかける意味を、感じませんので」

「ご主人からのプレゼントも断ってるわけか」


 思い浮かべる、そもそも相手の欲しいものを当てられるような人間だ。

 自分のことに興味が無い人間に対して、何かものを買い与えるということもあまりしないということ、だろうか? 断定出来るほどの関わりはまだないが。


「ただ、な。衣服は自分だけじゃなく周りに与える影響もあるだろう。私の一着やるから、受け取っておけ」

「それは……サイズが合わないのでは? 胸辺りの分で」

「はっ倒すぞ」


 溜息をつきながら、私はクローゼットごと空間に入れて置いた衣服について思い出す。

 着物以外の服装も、当然何着か持ってはいる。持ってはいる、のだが。


 ……一理あるんだよなぁ。


「周囲への影響、というのは。考えていませんでしたね、仕事終わりの買い出しの際に、一緒に済ませましょうか」

「ああ、そうだ。仕事の話だな」


 下がり気味だった顔を上げて、真っ直ぐにスコーディアの方を見つめる。

 蠍座の女性は再び仕事用の笑顔に戻って、楽しそうな声色で読み上げるように言葉を。


「はい、今回は初仕事ということで。1件のみですが忙しい現場に言ってもらうと、ご主人が言っていました」

「忙しい、ねぇ……どんな風に?」


 一般的に、忙しさというのは仕事量と比例するような気もするが。割れ物ばかりだとか、そういう感じだろうか?

 そうだとしたら……まあ、閉まっておけば問題は無いだろう。物運びにはこれ以上ないくらい向いている能力だ。


「ええっとですね、今日運ぶものは……」


 言いながら、スコーディアは背負っていた鞄を下ろす。がらり、と中で固く細かいものがぶつかったような音がした。


 その中身を見て、私は思わず驚きを漏らしてしまう──銃弾だ、それも貫通力を上げるために星素の込められた特注品。


 ほんの少し固まってしまった私の様子を見てか、念の為確認、と言ったような声色で。


「ストライブさんは、星屑と呼ばれる団体を知っていますか?」



 ◇



 星素によって発生した治安の悪化は、恒星教団による維持が届ききらないくらいには拡大している。

 まあ実際のところ、教団の主目的は治安維持ではないので適度に放置されているというのが正しい表現ではあるのだが。


 さて、そんな暴力や略奪が絶えず法機能が麻痺した北海道において、ルールと呼べるものが一切ないのかと言えば……その実、そうでは無い。


 もちろん力の前にはルール無用なんて思いながら暴れるゴロツキも多くいるが。名が知れ、大きくなるにつれて組織として出来上がっていくのはどこの世界も同じようなものであり。


「今回注文してくれた所は、以前もライブラリに同じ商品を頼んでまして。お得意様になったということでしょうね」

「ああ……通りで最近知らない星屑の勢力が広がってたわけだ」


 組織として、星素の武器を使い勢力争いをする者達を、纏めて『星屑』と一般の人は呼んでいる。

 大きなところは義足や義眼を使った肉体改造も行っているらしい──星座の人体実験に比べれば、ささやかな話ではあるが。


「勢力争いへの介入もしてるのか? 君の所は」

「いいえ? ご主人はただ、正式なルートで依頼してきた客にきちんとお届け物をしているだけです」


 スコーディアの運転で車を走らせること、数十分。

 見えてきた依頼の住所にあるビルからは、喧騒の気配といくつかの銃声が響く。そんなことをまるで気にしていないように、彼女は車を下りると私に振り返って言った。


「後ろで見ていただければ結構ですが、自分の身は自分で守っていただけると助かります」

「まあ、それは問題ないが……行くのか? この状況で?」

「ええ、安心安全、決められた時間にが会社のモットーですから」


 そのまま、腰に吊っていた剣を引き抜く。

 まるで買い物にでも行くかのような軽い足取りでビルの中に入れば、周囲を見張るように立っていた人──守っていた方か攻めている方かは知らない──が、こちらに気づいて銃口を向けようとし。


「ふー……すいません、失礼しますね?」


 手を震わせて、持っていた銃を取り落とす。

 力が入らなくなったように膝を着くと、そのまま床に倒れ込んでしまった。


 意識は失っているが、肺は動いている。

 そういう毒なのだろう、触れたわけでもないなら恐らく気体によるもの。私がなんの影響も受けないのは、単に星座による耐毒性によるものか?


 スコーディアの方を見やれば、呼吸を整えたい訳でも無いだろうに、深呼吸を繰り返している。

 蠍座の異能……にしては、いまいち弱いような気もするが。手加減だろうか、それとも──。


「殺しはしないのか」


 思考を続けながら、私はもうひとつ気になったことを問いかけてみる。


「生きていれば顧客になるかもしれないから、とご主人に言われてるんですよ」


 さらっと返ってくる言葉。

 宣伝効果よりも、復讐に来られる可能性の方が高いのではないか。その場合は撃退できるという意識の現れかもしれないが……。


 そんな私の不安を他所に、彼女は抗争中の人達を気絶させながらゆっくりと歩を進める。

 ……まあ、なんにせよ仕事はスムーズそうで何よりだ。届ける部屋は後1階上らしいので、ここの初仕事はもう終わる。


 ──と、私の視界がそれを捉えた。

 窓の外、勢いを付けてなにか。人か? 女の子だ、緑の髪で赤いスカーフを首につけている──が、衝撃に耐える姿勢を取りながら突っ込んで来た。


 窓ガラスが割れる、普通の人なら無事では済まない。普通の人のわけがないな、さてどうするべきか。

 先制攻撃……流石に性急すぎるな。見覚えのない姿だが、敵とは限らないし、逃げ込んできた可能性もある。


「蠍座」


 私が一声かけると、彼女は笑顔を消しながらその女の子を見ていた。

 やがて少女は身を起こす、耳に付けてるのはインカムだ。小規模な発光、通信中である証──誰に?


「こちらサマザー、抗争中のビルに突入、これより制圧を──」


 そして初めて、少女はこちらを見た。

 予想外のものを見るように固まっている……そりゃあそうだろうが。今の一言から察するに争いを止めに来たようだが、そこに何故か運送業者がいるわけで、そんなの私でも理解に苦しむ。


 さて、どうやら敵ではないようだ。

 それでも、何となく感じるこの予感。めんどくさい事になりそうだという気持ち。


「ストライブさん、これを。私が話を聞くので、お届け物は任せます」


 固まった状況で、スコーディアが鞄をこちらに手渡す。


「新人研修の途中ですので、武力は私が担当します」

「そういうことなら、まあ……任せた?」

「な、なんだか分からないけど……制圧させてもらいますね!?」


 荷物を受け取って、少し駆け足で走り出す。

 後ろで聞こえた謎の少女の慌て方と、逆に冷静すぎる蠍座の冷えた声の対比に。


 ……まあ、そういう状況では無いのは分かるが。私はほんの少し笑ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る