その天秤は傾かない

響華

遮断の天秤

星の教会

 ──私は常に飢えている。

 お腹が、じゃない。頭がだ。


 人の声を音楽と一緒に耳に流し込んで。

 大量の本から知識を目に取り入れて。

 あとついでに、手錠で拘束したり首を絞めたりして興奮を覚えながら。


 それでもまだ私の脳みそは、情報が足りないなんて空腹を訴えかけてくるのだ。

 それが異常であるかどうか、周りにも同じ感覚を持つ人がいるのかどうか。脳みその中の神秘なんか、分かるはずもなく。


 ──だからまあ、私が人体実験を受けなければ。多分、脳科学者にでもなってたんじゃないだろうか。

 選ばなかった未来のことなど、わかるやつは一人しかいないがね。



 ◇



 無数に張り巡らされた光の線は、路地裏だろうと容赦なく照らす。

 あの光源が、星の力で出来ているのだから。この明るさを『昼のような』と表現するのは違うのだろうな。なんて取り留めのないことを考えながら、私は静かに歩を進める。


 取り留めのないことを考える必要があった。

 私の頭が空くのを抑えるためでもあるし、この憂鬱な気持ちを紛らわせなければならなかったからだ。


「くだらない内容ならいいがなぁ……」


 着物の袖を軽く揺らしながら、私は1つため息をつく。

 なにせ、直々のお呼び出しだ。そりゃあ熱心な信者であれば、喜び勇んで向かうんだろうけど。


 残念ながら私は、私の都合のために教団に所属してるだけだ。信仰心もなければ、わざわざあんな奴とお近付きになりたいとも思わない。


 星素に適合しなかった人を旧人類と呼び、世界から消そうとする様な狂人を祭り上げるやつの気持ちなんて、想像がつかないというのが本音だ。


「考えられるのは……9度目の十二星座適合者捜索の計画案とかか……? しばらくはやらない、と言っていたが……」


 ぶつぶつと呟くうち、歩いていた路地裏を抜ける。

 目の前に広がるのは、大きな教会だ。その威光を示すように──というか、実際にその意図でらしいが──蓄えられた大量の星素によって、この周りだけ時間を塗り替えるような輝きを放っている。


 恒星教団。世界各地に展開し、今はここ、治安の悪化により無法地帯と化した北海道を国に変わって維持する組織。

 その大本となるのが、目の前にある教会だ。集う信者達を横目に見ながら、私はその建物の裏側へと回る。


「開け」


 そして、願い事をひとつ。

 何の変哲もない裏の壁は、願いに反応した星素を原動力にして左右に開く。先に見えるのは地下へと続く階段、ただの構成員には知らされない、幹部達だけが分かる入口。


 かつん、かつんと音を立てて、ゆっくりと階段を下っていく。やがてその終着点、堂々と存在する扉に手をかけて。


「随分と──」


 開けた瞬間、風を切りながら高速で飛来するナイフ。


「手荒な歓迎じゃないか、獅子座。仲間に向ける威力じゃないだろ、これ」


 ──それが、目の前で弾かれて宙を舞う。

 その軌跡を追うことはせず、無駄口を叩きながら居るはずの相手に視線を向ける。捉えることが出来たのは、僅かに走った赤い線。


「お前を仲間とは思ってねぇよ!」


 心臓に向かって放たれた掌打を横から弾くようにいなし、そのままの勢いで体を捻る──ぎりぎり間に合った、無から剣を引っ張り出して振り抜こうと。


「はい、2人ともそれまでだよ」


 その腕が、飛び出した壁に阻まれる。いや、壁だけじゃない。床も自由に形を変えて、私と獅子座の奴の動きを阻害する。


「レオ、ストライブ。元気なのはいい事だけど、家族喧嘩は良くないよ。もっと仲良くしてもらわないと、お父さん悲しいなぁ」


 声とともに、床も壁も本来の形を思い出したかのように戻っていく。

 開放された獅子座──目の前にいる赤い髪の女性は、1つため息を付いて両手を上げた。


「わーったよ、はぁ……なんでこんなやつの肩を持つかね」

「よろしい、素直な子は好きだよ私」

「……止めてくれたのは、感謝するけれども」


 着物の汚れを軽く払って、私もため息を1つ。


「何度も言うが、キミの家族になったつもりは無い。遊びに巻き込むのはやめて欲しいんだがね、教祖様」

「反抗期だなぁ、面白いからいいけどさ」


 椅子の上から私達を眺め、心底可笑しそうに笑うそいつに、私は肩を竦めて応えた。

 長い髪に、鋭く捻れたヤギの角。確実に男の目を引くだろう女性の容姿をしたそれこそが、この恒星教団の教祖様であり──星素を最初に発見した、イオン・ヘブンズウォーズというである。


「それで、私が呼ばれた理由はなんだい? あまり暇ではないんだが」

「そうだなぁ……一応聞いておくけれど、一緒に素晴らしい世界を作る気は? ストライブが協力してくれると助かるんだけどなぁ」


 返事はせずに、髪の毛をくるくると弄る。

 視界の端で獅子座が不快そうな顔をしているが仕方ない、こちらのことを分かってますとでも言いたげな言葉を吐かれるよりはよっぽどマシだ。


 やや時間を開けて、教祖様はわざとらしく1度息を吐く。その動作が、呆れた演技をしたそうな割に笑顔だったもので。


「……やけに上機嫌じゃないか」


 思わず、そんなことを聞いてしまう。


「ああ──蠍座の失敗作の居場所がわかってね」


 対する彼は、まるで天気の話でもするような感じでそう返した。

 だから、一瞬その言葉を流してしまいそうになる。一拍遅れて、私はその意味を脳で整理した。


「……それは」

「失敗作でも、解剖とか研究すればなにかに使えるかもしれないでしょ? 蠍座さえ確保してしまえば、十二星座の残りは射手座と魚座だけ!」

「新人類の選別もあと少しで終わる、と。それで、その話をなんで私に?」


 緊張を心の底に沈めて、私は冷静な声で言葉を返す。それを知ってか知らずか、彼は楽しそうに立ち上がって話を続ける。


「せっかくだからさ、ストライブにその子の監視を任せようと思って」

「……は?」

「ストライブだって、家族になるかもしれなかった子のことは気になるでしょ? まあ、嫌なら私が見てくるけど」


 ちらりと獅子座の方を見る。彼女も驚いた様子で教祖様の方を見ていた……演技は出来ないタイプだ、これは完全に予定外の発言だったんだろう。


 ……さて、どうするか。

 教祖、イオン・ヘブンズウォーズは狂人だ。それは、決して頭が悪いとか、そういうことを意味する訳では無い。


 こういう提案をしてきた時点で、どう転んでも彼の得になる何かがあるのは間違いないのだ。

 それが何かは分からない、ただ確かな事として、厄介事に巻き込まれたくないのであれば関わらない方を選ぶべきであり。


「はぁ……そういうことなら、私が受けるとするか。キミよりは相手を怖がらせないだろうしね、教祖様」


 好奇心。そして得られるであろう情報を前に、引き下がることなど出来ないという自分の性格も、確かな事として分かっている。


「で、その失敗作の蠍座は今どこに?」

「それが、ちょっと面倒なところでさぁ」

「ああ……例の反抗組織かい? 射手座の育成に必要だとかいう」


 記憶を思い返しながら、私は問いを投げつける。それに対する返事は『いいえ』。

 じゃあ誰が拾ったのか、重ねてそう聞こうとした私を制して、彼が先に言葉を発する。


 その動きはどこか大袈裟で、浮かべる曖昧な笑みと相性がいいように感じる。

 そして、そんな表面上の些細な情報など気にならなくなるほど真剣な口振りで、彼はこう話すのだった。


「運び屋だよ、社名は『ライブラリ』。あそこの社長は、狂人だからねぇ。きっと、ストライブとも話が合うと思うよ」

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