図書館の主

 頭上に伸びる光源を越えれば、この街でも星がよく見える。

 その事を知っている人は少ない。当たり前の話だ、星を見るためだけにわざわざビルの屋上に行くようなやつはそうそういないだろう。


 ──そして、私が行くのはそれより更に高い場所だ。夜の黒以外何も無い空間を、跳ねるようにして駆けていく。

 頬を撫でる冷たい風が気持ちいい、後はこれに落下のスリルさえあれば完璧なんだが。残念ながら私の能力がある限りそうはならないし、このくらいの高さからなら余裕で生き残れるようになっている。


 少し残念な気持ちになりながら、私は通信端末を取り出した。そして願う、地図を表示するように、と。

 なんの操作も行っていない端末は、願いに応えるようにホログラムの立体地図を表示した。それが放つ光は、今私の真上にある夜空の星のような光を放っている。



 数十年前、教祖様……イオン・ヘブンズウォーズが見つけ出した物質である『星素』。

 その性質を知らない人は、もう世界にはいないだろう。星から採取されるその物質は、人々の持つに反応する。


 輝け、と願われれば光源になる。

 温めろ、と願われれば静かに熱を放つ。

 機械に取り込めば、念じるだけで他のエネルギーを必要とせずに動き出すはずだ。

 もちろん、武器に埋め込めば威力や殺傷力は大きく上がる──誰でも気軽にその辺のものを銃のように出来る、というのが、今の治安の悪さに大きく貢献しているのは事実とみてもいいだろう。


 とはいえ、多くの人には幸福なことに、星素の力はその辺りに留まる。

 無から業火を作り出したり、あるいは金を無限に生み出したり。そういった事を、一般人でも使えるただの星素が引き起こすことは絶対にない。


 そういった、ある種の異能のような力は。

 星座の力を宿す特別な星素と、それに適合した人の2つが存在しないと、ありえないのだ。


「……この辺りか」


 そんな当たり前のことを考えながら、私は階段を降りるみたいに空中を降りていく。

 目の前に建っていたのは、大きめの御屋敷だった。流石に私達の教会とは比べられないが、それでも一企業の──運び屋の構えるような大きさでは無いだろう。


 理由はもちろんわかっている。

 悪化した治安と星素を悪用した犯罪が横行するこの北海道において、この会社……『ライブラリ』の荷物は確実に届くからだ。


 現状絶対の安全を保証する運び屋は、当然全ての運搬需要を一手に引き受ける。その結果がこれだ、それだけなら涙ぐましい企業努力の結果とも言えるが。


「狂人、ねぇ……一体どんな化け物が出てくるやら」


 公式のホームページを信じるのであれば、だ。

 その莫大な量の依頼を、つい最近まではたったの一人でやっていたらしい。

 それが本当であれば間違いなく只者では無いし、教祖様がああ言う以上間違いはないのだろう。


 それを踏まえて、どう行くべきか。私のやるべきことは、あくまで蠍座の失敗作を監視することだ。

 極端な話、声をかける必要すらない。屋敷は広くて面倒ではあるが、双眼鏡でも使って窓越しに探すみたいな選択肢もあるだろう。


 ──自分でそこまで考えて、思わず笑みが零れてしまった。どちらかと言えば嘲笑に近い笑みだ。こんなふうに考え事をした所で、自分の出す答えなんて決まっている。

 結局のところ、私は私の好奇心には逆らえないのだから。


「すまない、運び屋に依頼があってきたのだが、今は大丈夫かな?」


 ノックを入れて玄関扉を開ける、内装は外観に違わず豪華なものだ。

 大きな声で挨拶をすれば、やや時間を置いて一人の男が姿を現した。記憶が正しければ、蠍座の失敗作は女性だったはず。となれば、目の前の彼が。


 よく観察をする。

 身長は高め。左目にはモノクルを付けている。聞いていた話の割に普通の男に見えるが、身に纏う白衣は運び屋と言うより研究者のそれだ。

 私が様子を伺う中、彼はその口をゆっくりと開き。


「わざわざご苦労さまって所悪いんだけど。スコーディア……ああ、蠍座の子は今居ないんだよ、ごめんね」

「蠍座……よく分からないが、依頼は受けれないと?」

「あはは、わざわざここまでこなくてもネットで注文出来るし、その方が安全なんだよ? 直接の依頼なんて、よっぽど切羽詰まってる人だけさ」


 平静を──どこまで出来たかは分からないが──装いながら、私は話の続きを促す。

 目の前の男はどこか楽しそうに、まるで用意してた台本を読み上げるように言葉を続ける。


「ただ、あなたは随分身なりが綺麗みたいだから。だったらそもそも依頼じゃない、狙いは僕よりスコーディアなんじゃないかなってね」

「……大した推理力じゃあないか、もしかしてキミ、運び屋じゃなくて小説家かい?」

「あははっ、褒めて貰えて何よりだよ。後付けにしてはいい推理でしょ?」

「後付け、というのは」


 私の言葉に、彼は笑顔を浮かべた。

 ……笑っている、はずだ。目の前にいるのに、妙に表情が読み取りにくい。それが少し不気味に感じる。


「さぁ、ただ意味深な言い回しをしただけかもしれないね。でももしかしたら、僕が心を読むだとか、未来を予知するような能力を持ってるだけかも」


 すらすらと流れるような言葉に、私は聞き続けることしか出来ない。

 なんだこいつは、と思う。営業かなにかか? 私のことを……拾ったらしい蠍座のことを、どこまで知っている?


「あるいは、もっと身も蓋もなく。一目見ただけで相手の考えが分かるほど、観察が得意なだけかもしれない……それで、どうする?」

「……なんの話しだ?」

「いや、僕は用事を言い当てただけで止める気は無いし」


 考え込むような素振りを見せて、数秒の静寂が場を包む。先程までの不気味な雰囲気は、気の所為だったかと思うほど綺麗に消えていた。


「もう少しすれば帰ってくると思うけど、ここで待つ? ……ええと」

「……ストライブだ、ディグスノア・ストライブ」

「ストライブさん、待つなら飲み物くらいは出すよ。喫茶店は近くにないし」


 それに。と言いながら、彼は端末を取り出す。

 表示したのは……マップだろうか? 何かを確かめるように画面を見たあと、ゆっくりとこちらに向き直って。


「ここからじゃ、教会も遠いでしょ」

「私の所属もお見通しか」

「『恒に互いを想い合う星守り達の家』で恒星教団、だっけ? 流石に立場までは分からないけど」

「喋ってない相手にそこまで分かれば充分だろうに……」


 1つ、溜息を付く。

 なるほど、これは教祖様が面倒なところと言うだけはある。蠍座の失敗作が見つかったことより、この男が蠍座を拾ったことの方を警戒したのでは、と考えるほどには。


「……分かった、ここで待たせてもらうよ」

「はい了解、ちょうどコーヒー牛乳が余っててね」


 ちょうど今、飲みたかった物の名前が出る。半ばそんな気はしていたから、顔に出るほどの驚きは無かった。

 ……本当に、心を読むような星座に適合してるかもしれない。だとしたら、こちら側に引き込めるかもしれないんだが。


「ああ、そうだ」


 そんな私の疑念に気づいているのかそう出ないのかは定かでは無いが。

 その男、図書館の主は笑みを浮かべて私に頭を下げる。


「自己紹介が遅れたね、僕は羽場切 翔。この運送会社『ライブラリ』の社長をしてる」


 不気味さがある、恐怖にさえ近い。それでも、私はその男に感じているものがある。


 ──好奇心。


「長い付き合いになればいいね、ストライブさん……あなたは、きっとここを気に入るよ」

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