友好の蟹
憩いの招待
思考する、思案する、熟考する、熟案する。
考えるとは、幸福なことだ。なにかに向き合い続けることはそれだけで無限に時間が過ぎる。まあ、それが苦しいところでもあるのだが。
いくら思考を深めても、与えられている情報だけでは答えが出ないこと。あるいは読心にも似た想像力や考察力があれば、仮の答えは出せるのかもしれないが。
「──ストライブさ〜ん?」
「……どうした」
声をかけられて、思考を一度中断する。
顔をあげれば、そこには蛇使い座がいつもの笑みを浮かべて……いや、その笑顔に少しだけ、不安そうな表情を含めながら立っていた。
「考えるのもいいですけどぉ、あんまり怖い顔をすると、セントちゃんがビビって話しかけられなくなっちゃいますよぉ?」
「んなっ、別にセントはビビってなんてないのです! ただ、その、先生の考え事を邪魔するのは、良くないかなと思っただけなのですよ!」
「ああ……すまなかったな、なんの用事だ?」
持っていた資料を一度置き、息を吐きながら私は椅子に座り直す。
そんなに怖い顔をしていただろうか、していたかもしれない。なにぶん考え事をする時はそれに没頭してしまう性分だ、自分の顔を分類するならキツめの美人である、という自覚も実際持っている。
せめて仲間と会話する時くらいは、もう少し親しみやすくいたいものではあるが。
「とはいえ、大した報告は出来ないのです……実物がないと、実験もなにもないのですよ……」
と、最初に一言置いて話し始めたのは、数日前に私が回収した謎の隕石についての話だ。
周囲の星素が異常をきたし、星座持ちが体調を崩した謎の石。
情報共有をするついでに、それについての考察をしてみたのだが……なにぶん、現物が今手元に無いもので。
原理は不明、着弾の衝撃がなかった理由も当然不明。現時点で結論を出そうとするには、あまりにも情報が少なくて笑いが出そうな程だ。
「まあ、そっちについては答えが出るとも思ってないから安心してくれ、私が先に持ちこめてたら良かったが」
「……そういわれるのも癪なので、セントちゃんと2人で仮説は立ててみたんですけどぉ」
そんな言葉と共に話し始めた仮説を、私は頭の中で整理する。
どういう形で考えるにしろ、大事なのは周囲の星素に異常が発生するという一点に絞りこめる。それが星素を操るという形で発現するのであれば、着地の衝撃も自由に打ち消せるからだ。
「近づいた星素に影響を与える……って、ことは、逆に近づかなければなにかしてくることは無いってことですよねぇ?」
「実は放置しておくと攻撃してくる、なんて考え始めたらキリがないので、それは一度置いておくのです」
その肝心な星素に影響を与える方法だが……実際のところ彼女ら、どころかその辺の一般人に聞いても、答えは帰ってくる。
強く願うこと。星素がそれに反応して影響を及ぼす不安定な物体であることは、もはや全国的に周知の事実。
──既になんらかの形で発現している星素の性質を上書きするほどの、というのは聞いたことがないが。
彼女たち2人の結論はつまりこうだ。他を凌駕するほどの強い願い、周囲の星素物質を乱し、着地の衝撃を消す……わかりやすい、生存欲求を詰め込まれて人為的に作り出された石なのではないか、と。
「まあ、そんなことする理由は分かりませんがね〜」
「仮説としては歯抜けもいいとこなのです、科学者としてこんなものを話したくは無いのですが……」
「いや、面白い話だと思うよ。何らかの形で願いを詰められて出来た人工物、という線は私も考えてた……ただ」
生存欲求では無いのは確かだ。
そう私が告げると、当然のように向けられる懐疑的な目。あくまで私の言葉を待つ蛇使いに対して、セントは「何故そう思うのです」と私を急かす。
思い出すのは、隕石を回収して帰還してから一日後。報告の為に教祖様のところに出向き、それを見せて欲しいと言われ──。
「──その石は、もう教祖様が壊したからだ」
「はえ?」
「……それは、確かに教祖様の主義には反するような代物ですけど〜……すぐ壊したんですか? 調べるでもなく?」
「ああ……ここからが本題だ」
取り出した隕石を見た彼は、なにか納得するような表情で頷いた……その後、取り出した金槌でその石をその場で砕いたのだ。
あまりにも突拍子のない事だったので反応は遅れたが、あとから考えればそれそのものはそこまでおかしな事じゃない。
隕石……かは分からなくとも、星素を乱すなにかの存在は一般の人にも知られており、それが教祖様の耳に入ってないわけが無いからだ。
それに覚えがあって、確認したら合っていたのでひとまずその場で壊した。そう考えればそこの部分は辻褄が合う。
だから問題は。
「もう一人、その石について知ってそうな奴がいた。誰だと思う?」
「セントは──」
「羽場切さん、ですよねぇ」
遮るように答えた蛇使いの声に、私は小さな頷きで応える。
門番みたいなことをしたあの日、硝子細工のお土産を渡すついでに隕石についての質問をした私に対して、彼は「落下の衝撃については説明できるかも」と少しズレた答えを返した。
「えっと……それは、単純に答えられなかっただけじゃないのです?」
「答えがわからないだけなら議論をする、まだ短い付き合いだがそういうやつだよ」
それに、答えたくないことをはぐらかされたこともある。その時と表情がよく似てた。
そう付け足すと、セントは複雑そうな顔で黙ってしまった。言い負かすつもりはなかったんだが……難しいな。
「……あの場にいたやつで、乙女座はともかく水瓶座も知らなかった。当然私もだ……そんな物質のことを、恐らく彼は知っている」
「しかも、教団が探してない星座能力を持っているんですよねぇ。繋がりがないって方が無理な話じゃないですかぁ?」
そもそもの話として、彼の運営するライブラリと接触しろと指示を出したのは教祖様だ。蛇使いの言う通り、繋がりがないとは一切思えない。
「じゃあその人はお父さんの味方で……セント達の敵ってことなのです? だとしたら蠍座も……」
ああ、そうだ。理屈で言えばその可能性の方が高いし、信頼していい相手ではない。厄介な敵が増えたと考えて、これ以上情報を与えないように立ち回る必要がある。
ただ、それを断定出来るほどに私は彼らのことを知っている訳では無い──それに。
「私の目的を知っていて、皮肉で世界平和を語るようなやつでは無い」……という言葉を、声に出さずに飲み込む。
それを上手く説明できる言葉を、重い雰囲気になり始めた空間の中で考えて。
がちゃり、と扉を開く軽い音がした。
咄嗟に戦闘の構えをしながら私がそちらの方を振り向く。少し遅れて2人がそちらの方を向く……その動作の間に、私は振り上げたその手を下ろした。
「やあ我が友、随分探したよ、電話ぐらいでて欲しかったなぁ!」
「……研究室は騒音厳禁なものでな。にしても君、その格好めちゃくちゃ浮いてるな」
「あはは! ……僕もそう思う、凄い居心地が悪いよ、美人2人からじっと見られるのは悪い気しないけどね」
いつもの飄々とした態度で、水瓶座がそこに立っていた。
どうやってこの場所を知ったのかは分からない、分からないがこいつはそのくらい出来そうな気がするし、出来そうと周りが思えば出来るようになるのが彼だ。
「今結構大事な話をしていたんだがね」
「それ、僕がいたらそういう話ができないみたいな言い方じゃない?」
「もう既にそういう雰囲気じゃなくなったろうに」
2人の方をちらりと見る。
捲し立てるような口ぶりで呆気に取られたか、もはや黙って私たちの会話を眺めているだけだ。
「で、なんの用事だ? 今の話題と同じくらい大事な用だと助かるんだが」
「親友の期待に応えられそうで何よりだよ、はい」
そう言って、彼は1歩踏み込んで何かを手渡してくる。
……手紙、だろうか。
「助けてもらったお礼ってことでね、食事の招待状だって。乙女座は何もしてないから、僕と君に」
「……待て待て、あの観光地の人からか? そういうのは……」
「いや、違うよ?」
いいから読んで、と急かされて。私は手紙の封を切る。丁寧な文字で綴られていたのは、感謝の言葉と食事会への招待。差出人は──。
「蟹座から、娘の失敗をカバーしてくれてありがとう、だって。会ったことないんでしょう? いい機会だと思うなぁ」
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