問いの食事
十二星座は一枚岩では無い
──というのは、まあ私のことを見てくれればわかる事だと思うが。
水瓶座は星座を与えられて命を救われたから共にいると言っていたし、獅子座も教祖様に忠誠を誓ったのは力を与えられた後だと聞いた。
あくまで推測ではあるが、星座に選ばれたという一点を除けば……私達に、なにか共通点のようなものは無い。
だから私達の中には性格的な好き嫌いが存在しているし、所属しているのは知っていてもどんな人なのかは知らない、という状況が存在する。
蟹座、双子座、魚座。
私が認識していない星座はこの3つ……とはいえ、別に仲が悪い訳では無い。これまでたまたま関わる機会がなかっただけだし、魚座に関してはまだ適合者──どころか、星素自体が見つかっていないからだ。
つまり、そう。別に今から初対面の蟹座に会うことになっても、特に気負う必要はない。
いつも通り、同じ組織に所属するものとして、失礼じゃないくらいの挨拶をすればいい。
「……億劫だなぁ」
「珍しいね我が友、そんなふうにため息をつくのは」
「我が強いんだよ、十二星座は全員。楽しく食事なんて出来るものかね」
目的地までゆっくりと歩みを進めながら、私は隣の水瓶座に言葉を返す。
……考え事が多い。それ自体は喜ばしいことだ、退屈なのよりはよっぽど。そこに疲れを感じるかどうかは、また別の話。
「というか、乙女座は本当に来ないのか。何もしなかったとはいえ、あの場には居ただろうに」
「ああ、冗談抜きで言うとね。弟が誰かに怪我をさせられたらしいから、今それどころじゃないみたいなんだ」
「それは……ご愁傷様ってやつだな。心配される弟と怪我をさせたその誰かが」
分からないことが、それも重要な考え事が無限に積み重なっていくのは、実際とても難しい。
一個一個解きほぐしていくのが正解だとは分かっているけれど……人付き合い、苦手なんだよなぁ。
「うん、書いてある住所はここだね。いいじゃないか、まともな外観だ!」
「……普通の一軒家、って感じだな。むしろ不安だよ私は」
普段通り、あるいは普段通りを装うために観察をしようとした私を置いて、水瓶座は友達の家にでも行くような気軽さでチャイムを押した。
……返事は無い。
不在か? 呼んでおいで?
と、そんな一瞬な思考を吹き飛ばすように、ドア越しで大きな音が響いた。
慌てた様子で、という表現が似合いそうな、そんな音。半ば反射的に身構えたその時、勢いよく扉が開いて──。
「この度は本当に申し訳ござぁぁぁ!?」
私の視界がそれを捉えた。
赤に近いオレンジ色の髪をした、元気そうな女性だ。パッと見た限り、歳は17かそこいらだろうか?
……そんな女性が、玄関に躓いて勢いよく体制を崩した。咄嗟に駆け寄ろうとする私の前で、更に踏み込んで前宙を。
「っとあ!」
力強い音を立てて、彼女は綺麗に着地する。
「お騒がせしてすいません! 私はエリナ・ディアード、ヘラクレス座です!」
そのまま、一礼。
ぼんやりと記憶を漁る。ヘラクレス座……確か、蟹座の娘だったか。
「私の失敗を取り返していただきありがとうございます! 奥でお父さんが料理をしているのでご自由にお入りください!」
感謝と謝罪の言葉を告げると、それでは私はこれで! という明るい声と共にその場から走り去っていく。
……嵐のような人だった。緊張は幾分か解れたが、先行きはより不安になった気がする。
「調理の音が聞こえるね、香りも。それじゃあ行こうか我が友よ!」
「君は本当に適応が早いな……まあ、行くしかないんだが……」
後ろについて行く形で家の中に入る。
肉を焼く音と香ばしい匂い、食用を唆るものが充満する廊下を抜けてリビングに出れば、既にいくつかの料理がテーブルの上に並んでいた。
「予想より随分早い。水瓶座がいるんだ、遅れるものだと思っていた」
その奥、キッチンから届く低い声に目を向ければ、一人の男が立っていた。
背が高く、ガタイのいい男だ。あまり関わったことの無いタイプ、基本会う男は研究者気質だからな……
「その割には、随分料理が並んでいるようだが……遅くなったらどうするつもりだったんだ? 冷めてしまいそうだが」
横から水瓶座の呆れたような視線を感じる……気がする。仕方ない、残念ながらこういう形でしか挨拶が出来ないのだ。
「問題ない、俺の能力はそういうのに向いている」
こちらに視線を向けないまま、料理を続けながら返事が来る。皿を置く音、そこに料理を乗せる箸の音が続く。
「さて、ところで異常者の天秤座に聞こう」
そこでようやく視線がこちらに向く。
皿をふたつ持った男が、仏頂面でキッチンから現れた。先に姿を現したヘラクレス座の娘と同じ、赤に近い明るいオレンジの髪。星素で身体を強化する星座持ちにしては珍しい、鍛えられた身体。
はっきり似合わないなと感じるエプロンを揺らしながら、男は私達に向き合う。
「いきなり異常者呼ばわりとは大した挨拶だな、失礼さは私と変わらないか?」
「とても大切なことだ、聞き返すな」
こちらの言葉を封じるような、圧。
「料理は好きか、天秤座」
その言葉に質問を返す……そんな気にはなれなかった、お喋りな水瓶座も余計な口を挟めずにいる。これはもう、どちらかと言うと殺気に近い。
「……嫌いじゃない、楽しいからな。ただ、苦手ではあるよ、どうしてもレシピからアレンジをしたくなる質でね」
「悪くない答えだ、今度アレンジしやすいレシピを教えてやる」
座るといい。と一声かけながら、男は料理をテーブルに置いた。
促されるように椅子へと腰をかける。珍しく困った様子の水瓶座が、小声で私に「実は僕もあんまり関わりないんだよね」と耳打ちしてきた。
……だろうな。
「娘の尻拭い、感謝する。好きに食べるといい、お前らが残した分は後で俺とエリナで頂く」
「……君は、食べないのか?」
「ああ、俺は料理をさせてもらう」
器具を洗う水音が、この場に音の情報を増やす。
流石の水瓶座も、この状況でじゃあと料理を食べ始める気にはなれなかったようだ。異様な雰囲気が場を包む、流石に居心地が悪くなって、私は思わず声を出した。
「……てっきり、親睦を深めるつもりで呼んだと思っていたんだが……」
「お礼以上のものは無い……が、機会があれば、聞きたかったことはある。いいか?」
「別に、構わないよ。静寂の方が苦手でね」
またひとつ、料理の音が増える。話の場になったとて、どうやらその手を止めるつもりは無いらしい。
「俺は料理が好きだ」
「急にどうした?」
「イオン・ヘヴンズウォーズの求める新世界にも、差し当たって興味はない。俺は料理ができることと、一応娘の安全が保証されれば満足だ」
つらつらと、蟹座の男は言葉を発し続ける。独り言のようでいて、よく通り聞き取りやすい声だ。
「だから、イオン・ヘヴンズウォーズに協力するつもりは無い、反抗するつもりもないがな。しかし天秤座、ディグスノア・ストライブ。お前は違うな」
「……ああ、比較的周知の事実だろうが、私は私で別に目的があるし……それが教祖様に逆らうことであることも理解している」
「別に星座持ち以外が滅ぼうと、隔離されようと、料理が出来れば俺に異論は無い、流れに従う……しかし、疑問にも思う」
十二星座は、どいつもこいつも我が強い。考えてみれば当たり前の話ではある、星素は強い願いに反応するし、願いの強さは我の強さに比例するだろうからだ。
「もし、イオン・ヘヴンズウォーズの作る世界が星座持ちだけがいる、自分にとっての理想郷を作ることならば。天秤座の適合者候補からお前が選ばれるのは異常なことだ。考えたことはあるか?」
──一枚岩では無い、そのことについて疑問に思ったことが無いと言えば、嘘になる。
集められるはずなのだ、適合者が私しか見つからなかった、なんてこともないだろう。無数に分岐する未来から、天秤座になる素質があるものを全て洗い出す……そういうことが、教祖様には出来る。
「さあな、残念ながらあの狂人のことを理解出来る人は居ないだろう」
「それでも」
料理の音が増える、それに負けないように……と言うには少し強い声が聞こえて、何かを強調したいのだと分かった。
「お前は理解しなければならない。目指すところに他人がいるのなら、お前は押し通そうとする我を常識で抑え込む必要があるからだ」
俺は嫌だがな。と最後に付けて、突然蟹座の男がしんと静かになる。
会話が終わった、そのことをなんとなく飲み込みながら……私の思考は加速する。
考える必要がある。
何故私や蟹座を選んだのか。選び出した星座の適合者を、理想郷を作るための人員にしなかったのはなぜか。
直感があった。高速化する私の頭は、常に色んな情報を取り込んで、無意識の中に知識を詰め込んでいる。
だから、私は私の直感を信じている。今浮かんだ、理解する必要があるという直感にも。
蟹座の言葉を真に受けるわけじゃない。
彼もまた狂人であり、全てを鵜呑みにしては行けないと短い会話の中でわかるような人間だからだ。
それでも、ここを解くことで何かが繋がる予感。
──チャイムの音。
「あれ、僕達以外にも誰か呼んだの?」
すぐ隣で、水瓶座が声を出す。
「いや……食材の配達を頼んでいた」
扉が開く、足音。
配達、という言葉に引っ掛かりを覚えて、
「いつもお世話になってます、ライブラリのスコーディアです……おや、ストライブさん、奇遇ですね」
「……知り合いか、ならちょうどいい。お前も食べていけ」
今日は、まあ、随分と。
情報量の多い日だ。
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