サダルメリク
コンクリートを踏みしめて、僕たちは早足で歩きを進める。
遠くに見えていた建物も、だんだん近づいて。僕の呼吸も少しづつ早まっていく。
緊張……じゃない、目を背けたい事実だけれど、認めるのも心の強さだ。
怖い。あれが初めてでは無いとはいえ──混じり気のない殺意を向けられて、その恐怖に慣れることの出来る人はいるんだろうか。
「……アヴィ、ちょっと止まって。サマちゃん疲れてるみたい」
「あー……悪い、病み上がりだもんな」
そんな僕の目の前で、2人の男女──朔月くんとアヴィちゃんが足を止めた。
疲れてる訳では無いけれど、休めるのは正直ありがたい。朔月くんがそれに気付いてるのかは分からないが、彼は鋭いところがあるから見抜かれてるかもしれない。
「というか、家で休んでてもいいんだけど……私とコイツの2人でも戦えるぞ?」
「そういう訳には行かないよ、もし本当に十二星座が相手なら、3人でも足りないくらいだからね……それに」
頭の中に浮かぶのは、つい先日の出来事だ。
突然体の中に生まれた違和感と、内側から切りつけられるような感触。なにか異物を吐き出して、その後の意識はなく……気がつけば、近くのビルの屋上に寝かされていた。
訳の分からない、思い出したくないような記憶。それに押しつぶされないように気を持ちながら、僕は話を続ける。
「もし敵じゃなかった時、2人じゃ交渉できないでしょ?」
「あー……それはそうかも、相手が女ならコイツ使い物にならないもんな」
「アヴィ? むしろ俺は相手が女の子の方が話に自信があるんだけど?」
「でもお前胸見るじゃん」
気の抜けるような会話をしながら、朔月くんがこちらに目線を向ける。どうやら、緊張が解れるようにしてくれているらしい。
まだ子供の私よりさらに歳下なのに、よく出来た子達だなぁと心から思う……僕も、情けないとこは見せないようにしよう。
「まあでもほら、最悪俺がこの……ライブラリの羽場切翔? って人を人質にすれば──」
そして、その災厄は。
「──なぁ、君たち」
私が決意したのとほぼ同時くらいに、私達の上から降ってきた。
「今私の知り合いの名前が聞こえたんだがね、ちょっと話を聞かせてもらってもいいかい?」
◇
着地、質問。それを行うまでの短い間で、状況確認程度は済ませられる。
緑髪の少女……前に見た、蝿座の子だ。小さなダメージではなかっただろうに、昨日の今日でよく来たものだと思う。
反抗組織、要件はまあ昨日の復讐……あるいはスコーディアのことを教団のメンバーだと思ったか。とにかく好意的な感じでは無いだろう。
「アヴィ!」
「分かってる! 半殺し、だよな!」
そしてその横、彼女らもその仲間と見るのが妥当なところだ。
ちょうど今、蝿座の声に反応した青髪の少女。特徴的な青と赤のオッドアイを持つ、アヴィと呼ばれたそいつは構えるような姿勢をとって……パキリ、と硬いものをねじるような音。
何も無かったところから、這い出すように骨が出現する。一瞬の間を置いて、それは弓の形を取った──弓。
「……ふむ」
装填していない矢の部分を補うように、青く発光する星素が形を作る。攻撃するという願いに反応した破壊の力。
充分に引き絞ったそのエネルギーは、彼女が手を離すと同時に射出され──着弾、爆発。
「アヴィ! やりすぎだよ!」
「いや……ちゃんと加減したって、多分あいつも星座持ちだろうから、死んではいないと思う」
戦いは、あんまり好きでは無い。そりゃあまあ、対話の手段としてだとか、力を見るための手合せとしてそういうことをすることはあるが。
攻められるのは好きだが、攻めるのは別に好きじゃないのだ。つまり、弱いものイジメは性にあわない。
「死んでないと思うなら、構えは解かない方がいいぞ?」
煙が晴れて、視界がスッキリとする。
周りのアスファルトが砕けているところを見るに、どうやら相当の威力があったらしい……そんなものは、何ひとつとして意味をなさない。
慌てて弓を構え直すのとほぼ同時、弾かれるように蝿座の少女が走り出す……3人目、白い髪をツインテールで纏めた少女の姿はどこにも見えない。
最初の爆発に乗じて身を隠したか? 1人だけ足運びが違った、あれはそういう技術を訓練した人の動きだ。白い髪にいい思い出はないから、早めに抑えて起きたかったが。
「っ、た……っ!」
「……なんだ、随分加減して打ったな。優しいのはいいが、敵に向けるのは臆病なだけだろうに」
思考の端で、ハエの子が空間に拳を叩き付けたのを捉える。あの速度で本気で打てば、痛いでは済まなかったはずだが。
それにしても、姿を隠されたのは面倒だ。私の能力は探索向けでは無いし……彼女らの目的は私ではない。このまま全員逃げて、素通りで会社の方に行かれると困るんだが。
全く、単にお土産の硝子細工を持ってきただけなのに随分面倒なことになったものだ。仕方が無いのでハエの少女の腕を掴む。下がろうとする足を引っ掛けて背中から地面に、打ち付けられて空気を吐いたところで、口周りの空間を固定した。
「早く出てこないと──」
足元で、少女が首を押さえて蹲る。酸素を弾くことによる呼吸の制限、仲良く話すような仲ならこの状況を放置する訳には行かないだろう。
そして言葉の続きを発す……その前に、足音。
星素による作用は、隠密行動にもしっかりと働く。足運び等は技術によるものだが、星素による願いの反映は足音の抑制にも使えるためだ。
ただし、戦闘中にそこまで意識を回せるかと言えば、それは通常否と言わざるを得ない。
そして足音さえ聞けたなら、私の反応はそれに追いつく。
「これは知らなくてもいいことだが」
突き出された武器、刀を躱しながら腕を振り抜く。指への裏拳、続けて肘と肩、ついでに膝の辺りにも一撃。加速する思考の中で、綺麗に加えた一撃はいい音を立てて骨を砕き割る。
「星素による自然治癒は、外傷に強く作用する。治って欲しいという願いは、目に見える傷の方が具体的に持ちやすいからね」
「は……」
「それに、切断みたいな強い痛みは脳が拒絶する。だから……骨折が1番都合いいんだよ、分かったかな?」
喋りながら、倒れ込んだ白髪の足を思いっきり踏みつける。皮を剥ぐのも有効なんだが、服を着てる相手にやるのは難しいんだよな……全て、自分の体で試したからわかることだ。
……にしても、羨ましい。私も多少は痛めつけられたいものだ……今度ご主人様に頼んでみるか?
「……と、そろそろ時間か」
危うく妄想の中に入るところだった思考を振り払って、緑髪の少女を拘束から解く。後遺症が残らないラインで済ませたはずだ、心の方は知らないが。
「さて、残った君……アヴィだったか」
足元の2人を一瞥してから、私は青髪の少女に目を向ける。弓を構えたまま動けていない、今あの威力を出せば仲間の2人を巻き込むからだろう。
「私もね、人を殺したいわけじゃないんだ。だから、ほら、1つお願いを聞いてくれるなら3人とも帰してあげてもいい」
「……何をすればいいんだよ……」
「君の星座は、何座だ?」
一瞬、少女は何を言われてるのか分からないような顔をして。そして、絞り出すような声で一言。
「竜骨座」
「なるほど」
その返答を聞いて、私は彼女に背を向ける。
体を震わせる少女と、痛みに蹲る少女の視線も足元から浴びながら。
「それじゃあ竜骨座、また会った時はよろしく頼むよ」
それだけ言い残して、私はその場を離れるのだった。
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