虚ろの水瓶

 観光名所であるということと、治安が良いということは必ずしも一致する訳では無い。

 例え綺麗な建造物が立ち並ぶ通りであっても、1歩裏道に足を運べば、そこが必ずしも安全であるという保証は無いのだ。

 そしてその理論は、当然この北海道にも当てはまる。


 私達が向かっている場所は、おすすめの──そもそも、今の北海道に住むこと事態があまりおすすめ出来ないが──観光名所である、海沿いの街。

 特産品は硝子細工、私は特に芸術品に対する審美眼はないが……星素の輝きを受けて光るカットグラス等は、調べ物中の私を感心させた。何事もなければ、是非ひとつ買って行きたいものだ。


 そして気になる治安の方だが……表立った星素犯罪は無い。

 ただし、街中は複数の路地がある入り組んだ地形をしているし、大きめの『星屑』が勢力圏に置いているから争いが少ないという背景を考えれば、まあ治安の善し悪しに関してはお察しと言ったところだろう。


「……乙女座」


 だからこういう所ではあまり裏路地を歩くべきでは無いし、特に顔のいい女性が2人と顔を隠した人の3人でなんて状況は避けるべきだったのだが。

 こっちの方が近道でしょう、なんて1人で歩き始めた乙女座を止められなかったのが失敗だ。その結果──


「君がやると汚れるだろう、私に任せて欲しいんだが」

「返り血の距離くらいは計算してるつもりよ? せっかくの観光なのに服を汚してしまいたくは無いもの、それにこの程度のことで家族の手を煩わせるわけにはいかないでしょう?」


 左脚を付け根の辺りからばっさりと切り飛ばされた男が、恐怖の目でこちらを見ている。

 そこから流れる血を避ける位置に立ちながら、私は1つため息をついた。


 切断の能力。

 乙女座の力は加減することが出来ないタイプだし、彼女自身に加減をするという発想がない。だからこうして人的被害が出てしまう、防衛のためとはいえ明らかにやりすぎだろうに……。


「はぁ……止血はしといてやるから後は上に頼め、それと襲う相手は考えることだな……水瓶座」

「ん、心配せずともこっちは大丈夫さ、僕は加減が得意だし……電気警棒っていうのかな? そういう武器を使ってるみたいで助かった」


 見れば、涼しい顔をして──るかは分からないが、立っている水瓶座の足元に、両手を結ばれた状態の男が座っている。

 観察する、争いの跡はほとんどない。勝負にならないというのもあるが、乙女座が相方の足を吹き飛ばした時点で諦めたのだろう。怒る方面で来られると被害が増えていたから、これは助かる話だ。


「それに、面白いことも聞けたよ。ここ最近特定の場所で、星素を使った機器の不調が発生してるらしい」

「……反応があった場所の近くか?」

「流石、結びつくのが早いね」


 考える。星素を乱す星素……星素の力を抑えつける能力として、真っ先に思い浮かぶのは獅子座の能力だ。

 ただ、教祖様曰く同じ星座の力が複数存在する事はありえない。それに、もし既に確認されている星座の力であれば、わざわざ不自然な星素の動きなどとは言わないだろう。


「いずれにせよ、向かうしかないか」


 とはいえ、結局のところいくら予測をたてようが、やるべき事は実際見ての調査である。

 危険だから一旦引こう、などといった安全策が取れないのは、組織に所属してる者の辛いところと言うべきか。


「そうだね我が友、まあこの3人で困ることもないだろう、力を抜いていけばいいさ」

「そうね、早く終わらせてさっくんの為にお土産を選ばないといけないもの。一体どういうのを選ぼうかしら、普段は可愛い系の物を持っていってるけれどさっくんも年頃の男の子だしやっぱり──」

「弟のことばっかりだな乙女座、どっちも買えばいいだろどっちも買えば」


 いまいち気の引き締まらない会話をしながら、私たちは再び歩を進める。

 ──人のことは言えないか、私も……まあ、正直わくわくしてるのだから。



 ◇



 と、そんな少しの高揚感を引き戻したのは、目の前に広がる黄色いテープだった。

 立ち入り禁止、と書かれたよくあるテープに何人かの警備員、そして野次馬達が辺りを囲んでいる。


「……私、イオン様に言われた時は極秘任務みたいなものだと思ってたのだけれど」

「気があったな、私もだ……はぁ、仕方ない」


 1つため息をついて、空間から手帳を取り出す。

 いわゆる身分証明書、自身の所属が教団の上の方であることを示す物だ。あまり自分の所属を明かしたくはないのだが、恐らく教団から調査が入るという話が通ってる以上は仕方ない。


「そういえば、それ普段持ち歩いてないわね」

「馬鹿なのか君は」

「僕も持っていないよ?」

「君はそもそも身分を証明するもの自体ないだろう」


 話をしながら手帳を見せる、代わりに聞けた事情はこうだ。


「つい先日、空からの飛来物を数名が確認。着地時の衝撃は無し……その後、着弾地点周囲で星素の機能異常が確認された」

「ううん、空から落ちてきたのに衝撃がないのは不自然だね。それで? 前日ならうちの調査がもう入っててもおかしくないと思うけれど」

「……その後、現地にいたヘラクレス座が調査。しかし近づくにつれて体調に異常が発生し途中で断念した、と。ヘラクレス座については知ってるか?」

「蟹座の娘じゃなかったかなぁ、僕はあんまり面識ないや」


 話をしている間、乙女座はずっと遠くを見ている。彼女はあまりこういう話についてこない、正直に言えばありがたいが。


「星座持ちの教団員が体調を崩したことで、近寄る人はいなくなって……放置されたまま今に至る。そういう話だ」

「なるほどねぇ……で、どうするんだい? 我が友」


 水瓶座がこちらを見る、話の流れで、乙女座も私の方を見始めた。

 めんどくさい、という気持ちをなんとか飲み込む。着弾した何かしらが星素を乱すというのなら、星座の力を持っていたうちのヘラクレス座が体調を崩した理由もそれだろう。


 それはつまり、私達とて例外では無い。そういうことを意味する。

 意味する……が、何しろ情報が少なすぎる。そして情報を得たいのであれば、誰かが体を張る必要がある。


 ……損な役回りだ。


「仕方ない、私が──」

「そういえばさ、天秤座の能力って、手で触れたものを収納出来るんだよね?」

「──ああ、そうだが?」


 私の言葉を遮って、水瓶座が私に質問を投げる。

 それの答えを聞いた彼は、満足そうな顔で私に何かを手渡した。


 紐の先端だ。もう片方の先端と紐の大部分は彼が持っている。私がその意味を理解するより先に、彼は大声で言った。


「皆さんご安心ください! 僕は恒星教団幹部、十二星座の水瓶座です! あなた方の不安は僕が取り除きますので、どうぞ気楽に見ていてくださいな」


 ──それを聞いた野次馬達が、皆一斉に安心した顔になる。


「……君なあ!」

「こっちの方が確実だろう? それに、たまには友達に良い格好させて欲しいな」


 その表情は伺えない、彼は自分の素顔を隠しているからだ。

 顔は見えない、性別も分からない。恒星教団幹部、十二星座の水瓶座。それだけが彼を証明する全てだ。


 そして今、その立場を聞いた人達はする。

「この人なら、きっとすぐにこの事態を解決してくれるのだろう」と。

 そういう願いを溜め込んで……そう有るように変質する。在り方を他者に依存する、虚ろの水瓶。


「それじゃあ、ちょっと行ってこようか」


 その能力は、想像の具現化。

 自分以外も含めた近くにいる人が、そうであると考えたことを実際に引き起こす力。溜まった水に合わせて、自らの形を変える水瓶。


 ──いずれ時が来たら、他の誰かになれるように。

 そうやって、教祖様に名と見た目を消された彼は。悠々と前に歩みを進めると、何かを拾い上げて。


「これは……隕石だ。赤い、隕石」


 興味深そうにそれを見つめながら、そう呟いた。

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