紛い物の蠍
急ぐような駆け足とは反して、私の心には結構余裕があった。
窓ガラスから入ってきたあの少女が何らかの星座能力、あるいはそれに近い技術を持っていたとして。スコーディアが遅れをとることはまずないだろう。
何せ彼女は、十二星座の蠍座なのだから。
……例え、失敗作だとしても。
◇
戦闘/退却/交渉。
現在仕事中、退却の選択肢は無し。
対象は硬直中、予想外の出来事?
交渉の余地有り、性格不明により情に訴えかけるのは不可能。
戦闘のリスク。
対象の能力が不明、ビルの高層から侵入、何らかの星座能力持ち? 運搬物の危険は無し、怪我の危険性は多め。
交渉の選択。
愛想良く、笑顔を添えて。
「あの、少し待ってくださいっ」
「へっ? あ、はいっ!」
反応、困惑?
攻撃の動作は無し、伺う様子。
不意打ち/交渉継続。
継続を選択、穏便に済ませられる可能性あり。
「私達はここに物を運びに来ただけで、敵意はないんです」
「……今、ここでは2組の星屑が抗争をしているはずです、どうやってここまで?」
不意打ち/誤魔化す/素直に答える。
疑いを深める可能性高、現在私は武装中。
警戒が強まっている、不意打ちは決まる可能性が低い。致命的な亀裂を生む結果が予想可能。
「仕事柄、荒事には慣れていますので、少しの間眠って貰ってます。結果的にはあなたにも利がある形になってるかと……」
返答、同時に利の提示。
利の提示をすれば納得を得やすいとご主人が言っていた。
「……なるほど、事情は何となくわかったんですけど……こんな時にいったい何を運んでたんですか?」
「ああ、それなら」
──仕事中、部外者に荷物を聞かれた時の返答。
そういえば、言われていませんでした。誤魔化す/素直に答える。先程素直に答えた以上、継続するべき。
「星素を込めた銃弾を、数百発ほど」
「──すいません、止めさせてもらいます!」
敵意の確認、戦闘への移行。
交渉失敗? 今度ご主人からマニュアルの追記をお願いする必要あり。
応戦/退却。
どちらにしろ──剣は抜きましょう。
◇
お届け物を叩きつけ、一応この場からはとっとと逃げるように進言したあと、私は駆け足で元の階へと戻っていく。
加勢に向かう……訳では無い。むしろ遠くから戦ってる様子を眺めたいと言うだけだ。
もしかしたら、と言うより本来であれば、もう既に決着が着いているはずではある。それでも何かしら、相手が極端に防御が上手いなどの理由で長引いてないかと期待し──。
そこで、思いがけないものを見た。
炸裂音と共に床と壁、さらに天井が天井が叩かれたように弾ける。その仔細を私は正確に捉えていた、先程の少女だ。常人には追い切れないような速さで踏み込みながら、足の着く場所全てを縦横無尽に跳ね回っている。
ただ星素による身体能力の向上だけとは思えない動きと、背中に見えた小さな羽根。
──生き物の星座を宿す物は、身体能力に影響を受けやすい。そう考えて行けば……あれは、蝿座といった所だろうか?
機動力と地形を活かした3次元な動きは、よく練習された……いわば、戦い慣れた動きだと思う。
一般の人と戦うこと以上に、自分と同じ星座持ちと戦うことを想定した動き。そんな練習をするのは、余程の戦いたがりか……反抗組織位のものだろう。
思わぬ収穫はあったが、今大切なのはそこじゃない。
破裂の中心、跳ね回る蝿の少女に閉じ込められるようにして、スコーディアが立っていた。
口からは毒の息を吐いて、空気が濁るほど充満している──多少の息苦しさと視界の悪さを感じるが、星素による耐毒性を貫通して気絶させるほどじゃない。
構えた剣は毒を纏って、滴り落ちた液体が煙を立てながら床を溶かす──それは少量であっても使いやすくするための工夫であって、腐食毒を撒き散らして攻撃しないのがその裏付けだ。
高速で放たれる3次元的な攻撃を、足捌きと毒による牽制で躱している──高い技術だ、同格の相手と戦うための。本来なら十二星座に必要のない技術。
ぐらり、と彼女の足が揺れた。
生まれた隙を拳が掠める、頬についた切り傷程度は、高い再生力が即座に塞ぐ……が。
「……疲れてる、か?」
思わず呟きが漏れた。
息が荒い、攻撃に対応するように毒を出す度、ふらつきが少し大きくなる。
能力を使う度に、疲労の色が増えるように見える。それ自体はない話では無い、それ相応の出力がある力なら。
見て、分析する。
その結果が、1つの結論に至る。それはとてもシンプルで、どうしようもない答え。
──彼女の能力は、弱い。
普通の星座と互角か、少し不利を背負うような性能。十二星座としては、紛い物に近いような質。
考える。
冷静に見極める必要があった、私のための作戦であるからこそ、同情などの要因によって動くことは許されない。
蠍座とその雇い主の信頼を得る。その流れで蠍座を成長させ、本来持つべき力を完璧に使えるようにすることで、味方の十二星座を増やす。
……そのリソースを割く程の価値が、可能性が彼女にあるか、という部分。
「がっ……!」
悲鳴と衝突音。紫の髪が揺れながら、崩れた壁の瓦礫に埋まる。
私の思考速度は早いが、速度に特化した星座持ちの一撃はそれに追いつく位の勢いがあった。
一度頭を切り替える。大きく見れば彼女に与する理由は減っているが、目の前で仕事仲間が傷ついてそれを見捨てるほど、良心と善性を捨てているつもりは無い。
仕事はしっかりと果たしたわけだし、彼女を連れて撤退を──。
「あぁ……」
がらりと瓦礫が避けられて。彼女が中から起き上がる。
「条件、確認……満たしてますね」
「あの……大丈夫、ですか?」
ふらふらと起き上がる姿は幽霊のようだった。
食らったダメージは、そこまで大きくないはずだ。異様な様子に緑髪の少女が足を止める。
かけてきた言葉が心配な辺り、彼女は相当優しい性格なのだろう。それが致命的な隙になった──かは不明だ、私はスコーディアの攻撃範囲を知らない、本人の名誉のためには警戒していても変わらなかった、と思うことにしたい。
だらりと腕を垂らしながら、スコーディアは前を見た。乱れた髪の隙間から、隠れていた目がちらりと見えて。
「っ、い、あああぁっ!」
悲鳴をあげながら、両目を抑えてスコーディアが苦しみ始める。そういったことが出来ただけ、彼女はマシだったかもしれない。
その目が捉えていた少女には、悲鳴をあげる時間もなかった。
まず起こったのは吐血、何が起こったのか理解する前に……恐らく嘔吐反射が彼女を襲った。
血に混じって吐き出されたのは、到底口の中に飲み込めるわけが無い刃物の類と瓦礫片。
困惑した表情のまま、彼女は蹲りながら意識を失い──。
そこには、困惑したままの私だけが残されてしまった。痛みに悶えていたスコーディアは、知らない間に意識を遠くに飛ばしている。
倒れた2人の星座持ちと、毒霧塗れの空間。大量の血痕に何故か口から吐き出された刃物と瓦礫、スコーディアは何をしたのか、何故突然気絶したのか──。
考えることに対して情報があまりに少ない状況で、私はひとまず2人を抱えあげる。
……少女は、まあ隣のビルの屋上にでも置いとけばいいだろうか。どこかしら切断されてしまっていたら分からないが、内側の傷でも星素の修復力なら自然に治る……はずだ、多分。
それで、スコーディアの方は。
「……全部、羽場切に聞いた方が早いな」
そんな風に結論づけて。
……その実、急に増えた未知のことに心を弾ませながら、私は初仕事を終えて会社に帰るのだった。
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