アンタレス

「スコーディアの能力、なんだと思った?」


 ミルクココアの湯気越しに、羽場切はそう問いかけてきた。

 時刻は夜。気絶したスコーディアは彼がベッドまで運んで行ったので、今ここにいるのは私たち二人だけだ。


 質問に答えるより先に、ミルクココアに口を付ける。ちょうどいいくらいの甘さが口の中に拡がって、私は1つ息をついた。


「私の見たものを信じるなら……毒物の生成、作り出す毒の種類は自由が効くが、その度に体力を使う……普段は」

「隠すつもりはなかったんだけどね、もう知ってる事だったら二度手間になるかなって」

「君にも相手の思考がわからないことがあると?」

「買い被りすぎだよ、せいぜい人の欲しいものが分かる程度だから」


 言いながら、彼が何かを投げ渡す。

 その軌道を私は正確に捉えている。包装紙入りのクッキーだ、チョコチップ。確かにちょうど食べたかったところだが。


「なんでも出てくるな……まるで四次元ポケットだ」

「それそっちが言う?」


 貰い物のお礼になるものは……補給用の板チョコを閉まっていたはずだ。

 空間から取り出して手渡せば、彼は嬉しそうにそれを受け取る──人のことは言えないが、甘党なんだろうか。


「……で、教えて貰えるのかい?」

「じゃないと話題に挙げないよ」


 ぱき、と心地の良い音を立ててチョコを頬張りながら、彼は絵でも書くように指先で空をなぞる。

 その動作に反応して、数機のドローンが私の周りに集まってきた……確か、映像表示用のやつだったはずだ、多少弄られた跡があるが。


「毒物を作るっていうのは、多分イメージとして滲み出た部分だと思うんだよね。星素は願いに反応するものだから」


 ホログラムに映し出されたのは、スコーディアのデータだ。単なる身体構造に留まらず、運動能力などのわかりやすい所から精神的な分析まで事細かに記載されている。


「星座に適合しきれなかった……というより、適合する前に心が折れたって感じなのかな。スコーディアの能力は中途半端だ」


 でも、と一言前置きをすると、ドローンの1機が私の目の前に向かってくる。

 顔だ。髪の毛に隠れていない、薄い紫色の右目と……髪の毛を取り払った、濁ったような濃い紫の左。


「星素の多くが、彼女の左目に集まってる」

「それを使って、本来の蠍座の力を行使できる、か」

「うん、その通り」


 そう言って、羽場切は机の上に何かを広げた。

 私が持ち帰ってきた、あの蝿座の少女が吐き出した刃物だ。天井の明かりを反射するカミソリのようなそれは、机を引っ掻けば当然のように傷をつける。


「体力を使っての、物体の生成。それが本来の蠍座の能力だ──スコーディアはそれを、全身の激痛と引き換えに使うことが出来る」

「……まあ、そんなところだとは思っていたがね。難儀なものだな、気絶するほどの痛みとは」


 思い返す、悲鳴をあげて倒れる姿。

 今は眠っているが、起きたら全て忘れているというわけではないだろう。痛みへの恐怖はどれほどのものか、私には想像できないが。


「どうにかしてあげたいんだけどね、星座を手放すか、完成させるか……今のところ成長の目処は立ってない」

「その口ぶりだと、星座の力を手放すことは出来るように聞こえるが……それはしないのか」


 おかしなことでは無い、教団の技術には定着した星座能力を切り離す様なものもある。脳の切除を平気でやるようなやつなら、そのくらいたどり着いてる方が自然だろう。

 私が言葉を返すと、彼は少し残念そうに笑った。関わり深いわけではないが、珍しい表情だと感じる。


「僕にも、目的があるから。そのために……スコーディアには蠍座になってもらう必要がある」

「──それは、君が教団の知らない星座を持つことと……スコーディアが引き出せない蠍座の本来の力、それを全部知ってることにも関係が?」


 間を浮かんでいたドローンが退ける。ココアの湯気ももう消えて、彼とはっきり視線が合う。

 相変わらず、目から何を考えてるかは読み取れない。若干の硬直、口を開いたのは彼の方で。


「星素は良いよね。強く願えば、その分だけ願いのための力をくれる──単純でわかりやすい、みんな考えるような目的だよ」


 続けて、笑顔で。


「世界平和、それが僕の目的だ」


 質問の返事には1つとしてなっていない、子供のような言葉だった。

 詳しいことを話す気は無いのだろう。蠍座になって欲しい理由も、能力を知ってる理由も、自分が力を持つ理由も。


 それを、さらに追求することも出来るだろう。

 まあ、出来るだろうが。


「ん、ふふっ……それは、いい目的だ」


 笑ってしまった以上は、私の負けだ。

 人類を滅ぼす、なんて目標を持った組織から捨てられた失敗作が、世界平和を目的にする人に拾われてる。それは随分と、愉快なことのように感じられた。


「叶うといいな、被る範囲でなら協力するよ、ご主人様」

「……いや、何その呼び方」

「社員として、スコーディアと呼び方を統一するべきかと思ってね。君のいい反応も貰えると思って」


 頭を掻きながらため息をつく様子を見て、私は少し満足する。

 彼の言う世界平和が何を指しているのかは知らないが……敵対しないことをお祈りしよう。


「ああ、そうだった。仕事の報酬なんだけど……お金で貰っても微妙だよね?」

「まあ、教団から困らないだけのお金は入ってきてるからなぁ……別に無報酬でもいいが、本題は蠍座の監視なわけだからな」

「それは僕が立場的に困る──じゃあこうしよう、僕がストライブの欲しいものを当てて、それをあげる」


 そう言って、彼はじっとこちらを見つめてくる。

 そんな異常な脳の力をこんなことに使わないで欲しいと思いつつも、私は私で自分に問いかけてみる。


 欲しいもの……今欲しいものはなんだろうか。装飾品の類にはあまり興味を持っていないしなぁ……やはり本とかになってくるだろうか、そういえば最近新作が──。


「──ねぇ、ストライブ。かなり失礼なことを聞くんだけど」

「……なんだい、聞いてみるといい」


 そうして彼は次の一言を。


「もしかして、殴られたりするのが好きだったりする?」

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