第5話 雀友
土曜日の麻雀も3万円程の勝ちを納め、左胸のポケットの膨らみも上々、朝の7時くらいに雀荘を出た。向かいの喫茶店に入る時丁度容子が出勤して来た。モーニングセットを食べた後サウナに行く予定だった。赤い自転車を降りて店に入る途中で、左胸のポケットをポンと叩き、いつもの仕草をしたけど反応なし。容子は少し笑って店の中に入った。ユウキも続けて入りモーニングセットを注文すると、容子がオシボリとお冷を持ってきてくれた。彼女は左胸のポケットを少しだけ見たけど何も言わなかった。早く真面目に堅実な仕事を見つけて働いて欲しい様な、曇った顔をユウキに見せたのだった。ただのお客さんだったらそんな顔はしないだろう。ユウキは彼女が少しは気にかけてくれているのを感じていた。50mほど離れたところにあるサウナに行った。朝の1時間だけなら 1000円で入れるのだが、今日は夕方までいて、食事を済ませてから出勤しようと思っていた。サウナでの睡眠は昼間ならいいんだが、夜ともなれば寝られたもんじゃない。イビキに歯ぎしり、寝言、病気になりそうだった。その階の上にカプセルホテルがあるのだが、少し割高で予約制というのもユウキを遠避けているんだった。サウナで夕方まで休養し、ロースカツ丼を食べて気分爽快で雀荘ヘ向かうのだった。テレビも新聞もほとんど見ないので、携帯電話なんかも見ないで麻雀に耽(ふけ)っていると、いったい今日が何曜日なのか全くわからない事がたまにある。そんな時は負けが込んでいて、30時間もやっている時だ。なんとか負けを取り返し、イーブンに持っていこうとそれを目指し、達成出来た時は勝って帰るよりも、嬉しくなったりしたものだった。気分爽快で来たはずなのにその日もそんな日だった。意識が混濁し、眠気で朦朧としている所に客が交代し、例の彼女が入ってきた。眠気は一瞬で吹き飛び、神経が活性化し、力が漲(みなぎ)る。今日はピンク色のスーツに白いブラウス、いつもの時計とシャネルのバッグ、そんな身なりだった。二十歳くらいの学生だろうか?彼女が入ってくると急に喋りだした。どうやら飲みに誘っているようだった。1局2局終わるたびにしつこく話している。聞いているコッチも気分が悪くなる。 オーラスの前に彼女が席を立ちトイレから帰ってくるとスーツの上着を既に脱ぎ、薄手のブラウス姿になっていた。ボタンを2つ外しており、ブラの紐が例のものと一緒に見えていた。いつものブラウスとは違い薄かったのか、タトウーが浮き出ていた。それを見た学生らしき兄ちゃんは急に黙り込んだ。そして奴はその半荘で帰って行った。彼女の”発”を鳴いただけの隠れ大三元に振り込み、ドボンのおまけ付きで。ユウキは対面だったのでその絵柄がよく見えた。何か紋章の様な物と男の名前らしきものが刻まれていた。こんなチンピラを振り払うのには都合がいいが、その男の手を逃れての新しい恋は難しいだろうなとユウキは思うのだった。
“ひどいことをしやがる”
ユウキはそう思った。彼女にではなくそれを刻ませた男に。そしてその半荘で彼女がトップを取った。メンバーが
「樋口さん、優勝おめでとうございます」と。彼女の名前は樋口だった。
次の半荘は樋口、メンバー、ユウキ、仲本の布陣。仲本とはちょっと前からの知り合で、何故かユウキをアニキと呼ぶんだった。
麻雀の腕はユウキには遥か及ばなく、連続満貫放銃ともなれば意気消沈し、大きな手を和了ッたりして
「やっと時代がきたな」
と声をかけると口もとが緩み、屈託のない笑顔を見せてくれくれる。その微笑んだ顔が愛くるしくて、絶対に嫌いになれないそんな青年だった。朝、勝負を終え一緒に雀荘を出て、向かいの喫茶店に行き、モーニングセットを食べるのが恒例となっていた。最もたまにしか来ないけれど。
いつかの半荘でユウキがラス目、仲本がトップで迎えたオーラス、場がかなり煮詰まり、ユウキは三色のくい仕掛けをした。ほぼラス牌であるが為仕方なかったが、その時のドラ表示牌が四万、ユウキは筒子と索子の345を晒しており聴牌っていた。二万で和了ればラスは回避出来たが、五万で和了ってもトップは取れない。しかしながらユウキは一つの可能性にかけていた。それは唯一の牌である 赤五万だった。脂っこい牌が切られたが誰も和了れず、流局間近赤五万を自摸った。断么九三色ドラ2で満貫。
その牌でユウキはラスから大まくりでトップ。そして5連勝。5連勝すると店側からユンケルドリンクと5000ポイントが貰える。このポイントは出前やタバコ等に使えてお金と一緒だった。ユンケルなんかはみんな飲み干さず、部屋を出るまで脇テーブルに置いているんだった。最も1日に一人出るか出ないか、そんな代物だった。それ以来仲本はユウキをアニキと呼び始めたのであった。
例の彼女はとっくに帰っており、長い時間打ちすぎたが、なんとかプラスに持っていき、8時頃ラス半コールをし、雀荘を出た。仲本と一緒に喫茶店に入ってモーニングセットを食べている時、急に仲本が話しだした。
彼は広島の出身で京都の大学を卒業して地元でカキ養殖の仕事をしていたが、何か物足りなくなって東京ヘ出てきたのだと言った。
居酒屋でバイトしながらスロットマシンで生計を立てているんだと言う。朝の10時にはパチンコ屋に並び、スロット祭りなんかの日には、運が良ければ20万円も勝てると言う事だった。いつもいつもうまく行かないが、3ヶ月に一度位そんな日があるという。ここから一駅離れた居酒屋でのバイトは遊びみたいなもので、賄いが目的で行っている様なもんだと言う。9時を過ぎた頃、今日はスロット祭りでは無いけれど並びに行くと行って喫茶店を後にした。ユウキも朝食を食べ終え非常階段を上がり、隙間風の吹き込むプレハブの中の自分の布団で眠りについた。
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