第3話 しばしの休息
メンバーが窓のカーテンを開けた。眩しい朝日が目に飛び込んでくる。もう朝の9時を回っていた。半荘15回は打っただろうか、ユウキのシャツの左のポケットには、千円札が二つ折りにたたまれて入っており、パンパンになっていた。感触では5万円くらいの感じか?二つ折りの為100枚の厚みになる。これ以上やっているとフーセンガムの様に割れて減っていく事が多かった。メンバーにラス半の意向を告げ、その半荘トップを競りながらオーラスノーテンで2着、いい潮時と思いながら雀荘を後にした。道路を渡り向かいの喫茶店に入った。容子は既に出勤しており爽やかな笑顔を見せてくれる。
「昨日はどうだったの?!」と容子が聞いてきた。
「触っていいよ」とユウキが左胸のポケットを軽く突き出すと、容子も軽くタッチする。
ユウキは勝ち金の計算をするのは自分のベッドの上と決めていた、だから幾ら勝ったのかは現状ではハッキリわからなかった。たまに一万円札や五千円札が混じっている事があるが、今日のはすべて千円札だったように記憶している。シャツの上からだと札の種類はわからないので、容子がちょっと驚いた様子で
「これ幾ら入っているの?」と聞いてきた。
「わかんねえや、数えてないから」と素っ気なく答えた。
「バイト終わったら晩ごはんでも行こうか?」とまた誘ってみた。
「博打打ちは嫌いよ」と容子がいつもの様にユウキに言うのだった。それっきり二人は会話をしなくなったが、二人の顔には少し微笑みが漏れていた。450円のモーニングセットを注文した。ブレンドコーヒーとゆで卵、トースト、少しのサラダ、ベーコン2枚、この辺りで気に入っている飲食店の一つだった。モーニングセットをたいらげ外部階段で屋上へ行き、一応鍵らしき南京錠を外して、プレハブの中に入り、布団に滑り込む。寝ようとはするがさっき迄の闘牌で、神経が高ぶり思うように寝つけない。今日は土曜日、たぶん10卓は稼動するだろう。40人くらいの客の中にはヘボも相当数いるので、勝って帰るのは容易(たやす)かった。10卓動くと大体一半荘40分として2500円×10で25000円、2時間で75000円、土日だけでも180万円くらいのゲーム代が客の中から吸い取られていく。これくらいの店の規模になると、最低でも月1000万円程の売上が無いと潰れると云うのを聞いたことがある。テナント料、水道、電気代、オール電化でガス代は無かったが、マスクに歯ブラシ、髭剃り、メンバーの給料、ジュース代、オシボリいろんな雑費も含めて結構お金が出て行く。今までに登録された客の数が3000人を超えたらしい。常時来る客が1000人だとすると、毎月一人1万円くらいのゲーム代を払っている勘定になるのか、みんなそれぞれしっかりとした仕事を持っており、軽い気持ちでゲームに没頭していた。お客達はただ単に暇つぶしに麻雀を打ったり、趣味を楽しんでいるのではなかった。彼らは、女性もたまにいるが、普段社会の中で遭遇し味わう事の出来ない、非日常を求めてやってくるのだ。理不尽の如くお金が入ったり出たりするスリルに興奮、納得してお金を払って行く。点100円のゲームでは3割の客が勝って帰っていく、が、50円のゲームでは1割も勝って帰る者は居ないだろう。全てゲーム代として消えて行くんだ。土曜日は21時迄には出勤したかった。少々荒稼ぎしても客が入れ替わり立ち替わりして目立たないし、恨みも買わない。だから土曜日の昼は早く寝たかった。100円ショップで買った温度計が25℃を指している。秋の日差しが爽やかで、昼間から寝れるのが幸せだった。季節の替わり目にはまだ早く、一年中こんな日だったらなあ~と思いながらおんぼろプレハブの中で眠りに就く。でも天井には雨漏りのシミがあって色んな図柄にみえてくる。いつまでこんな生活が続くのかと思うと少し情けなくて、涙が出そうになる。屋上にはバスタブがむき出しで置かれており、雨水を貯めてプランターに水をやっていたのだろうか、でも今は植物は何も無く、雑草も生えていなかった。ユウキは時々そこへおにぎりのご飯粒を置いたりしていた。野鳥がそれを見てよく食べに来る。ものの数分で集まって来るのには感心していた。昔、レース用のハトを飼っていた友人の言っていたのを思い出していた。彼の言うには、ハト達は1km先の5円玉の穴を認識出来るんだと自慢していた。鳥に聞いた訳でもないんだし、そんな事が本当かなんて定かではないんだが。ユウキはその鳥たちがご飯粒を食べているのを見ている時が、心の安らぐひと時だった。この殺風景な屋上にもほんの少しだけ、賑わいを取り入れたかった。それを眺めていると、吸い込まれて行くように眠れるのだった。
この生活の終焉が見えぬまま、だらけた生活を送っている自分にもどかしさを感じながら、虚しい日々を送っていた。
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