第4話 アウトローの世界の入口
目が覚めると20時を少し廻っていた。一階の喫茶店でドライカレーを容子に注文すると容子が、
「おはよう御座います。御出勤ですか?」と聞いてきた。それに答えるようにユウキは
「おはよう、明日バイト休みだろ、なにしてんの?」と、そして一緒にどこか遊びに行こうなことをやんわり言うと、
「明日は忙しいの」と優しくほほ笑みながら容子が返してくれた。その言い方がお淑(しと)やかで惚れっぽいユウキにしてみれば、気になる女性の一人になっているのは間違いなかった。二人の会話はそれ以上続かなかったが、彼女の笑顔にはいつも元気を貰っている。容子はスタイルは抜群で、触れてみたい気持ちは常にあったが、手さえも握った事が無かった。明日の朝はサウナに行き、サウナのコインランドリーで着ている物全てを洗濯し、夕方迄寝ようと思っていた。食事を済ませエレベーターで3階に行き、雀荘に入ると、もう既に8卓動いていた。中を見渡すと昨日打っていた浅田氏が同じ服でまだ打っている。
“ずっと通しで打っているんだな”とユウキは思って見ていると、そこの3人が抜け、そこに案内された。メンバーが、
「今空きが無くてツー入りになります」そして係員が全て着席するので、飲み物の注文を尋ねると、15人ほどが注文をいいだした。
“まだしばらく時間がかかるな”と思ったユウキは浅田氏に話しかけた。
「ずっと通しでしょう?!」
「ええ、まあ」
「60歳とかおっしゃってましたけど体力ありますね」
「ええ、会社も退職して、これだけが楽しみなもので」
「都内の方ですか?」
「ん、今は、でも出身は京都です」
「東京見物の合間にですか?」
「まあね、マンションを借りてしばらくこっちです」
「移住されて来られたんですか?」
「会社をね、親父から継いだ会社だったんですが、弟に全て任せて、受け継いだものは全部現金化し、今は気楽に遊んでます」
「浅田さんの腕なら遊んでいてもお金、増えるでしょ!」
「ええ、まあ、きのう今日は」
その時奥のセットの客の声が聞こえてきた。
「ポン、リーチ」 同じ人物の声の様な気がした。
「あの麻雀はポンしたあとにリーチするんですね」
「ええ、だからポンリーと呼ばれています」
「どんなルールなんですか?」
「私も以前やってたんですが、面前で聴牌すればそのままリーチ、ポンして聴牌すればリーチ、チーは出来ません、要するにリーチしないと和了れません。役は七対子と清一色しか無く、その役があってもリーチしないと和了れません。彼らのやっているのは500円のポンリーでしょうな」
「500円?」
「ポンして和了ると500円、面前で和了ると1000円、清一色と七対子は2000円といった具合いになります。ドラは最初っから捲らないんです。和了った次の牌がドラになります。例えば七対子のとき、和了った次の牌が4であったなら5が全てドラになります。5を全て対子にし、和了った時、次の牌が4だったなら台と合わせて14000円という事です。自摸れば14000円オールで42000円の収入がほんの2、3分で入って来ます。字牌を入れてないので勝負は早いですよ。500円のポンリーは言わば練習なんです。本番はその10倍、100倍のレートが行われます。あの中に京都で同卓したことのある人物がいますが、声はかけません。向こうもそうですしね。今は東京が主流と聴いています。近々大きな賭場が開かれるんじゃないですか、私なんかはお呼びは掛かりませんけどね」
それは闇の世界で行われる非合法の麻雀だった。浅田氏の話はまだ続く。
「見せ金は5万円のポンリーには必要なく、身元の調査と財力の確認と、これが一番大事なんですが紹介がないと入れません。使われるチップは⑤、⑩、⑳の3種類という事になります。それに0が4個付く。ゲーム代は一人一時間⑳チップを1枚。要するにゲーム代は一時間80万円という事になります。高いと思われるでしょうが、高い手の時には400万円がほんの2、3分で動くゲームでは誰も気に留めません。勝ち金は主催者が責任を持ってその場でキャッシュで払ってくれます。負けた者は小切手、翌日の銀行振込、現金を持ってくる者など一人もいない。このシステムこそが、今まで続けて来れた所以でしょうな」
その時奥のポンリーの兄さん達が勝負を終え席を立った。中の一人が見るからに一般人とは思えない程の顔立ちとその服装、長袖のカッターシャツの先から黒い模様が見え隠れする。ユウキは一瞬目を落としたが、その兄さんは浅田氏を見ると軽く会釈した。浅田氏もそれを返す。ユウキは想像を膨らまし全てを理解したような気分になった。
「私の場合は台が5000円だったけど6時間で200万円負けました。最初はコツがつかめなくて、なんでもリーチしてたんですが、単騎待ちのリーチを極力避ける様にしてから勝ちだしました。結局600万円程勝ち越したとき、主催者が警察に摘発されたんです。野球賭博や競馬競輪のノミ行為、本ビキからサイコロ博打、大概、負けた者が警察に密告するんです。警察もそんな事はずっと以前から知ってはいますが、通報があれば行かざるをえんでしょ。検挙によって京都の賭場は全滅したと聞いています。まあ5年もすれば復活するんでしょうけれど。結局勝って終われたのはラッキーだったのだと思います。あのポンリーに魅了されて財を築いた者はほんの一握りです。」
“俺のやっている麻雀なんてかわいいもんだな“ とユウキは思った。月一回行われる高レートの麻雀でもトップ6万円、2着3万円
のウマのリャンピンの麻雀でここ2年半程負けた事がなかった。街の雀荘でも一度として負けて雀荘を出た事はない。もう2年以上も。勝負の途中で勝った金を数えだす者が時々いるのをよく見る。がそれをやっている者が負けだして行くのを幾度となく見てき た。“勝ち負けは下駄を履くまで” とよく言われる。勝った勝ったと勝負の途中で喜び、有頂天になっている様な奴は、その場を離れる頃には勝った金は愚か、元金にまでも手をつけているだろう。今住んでいるビルのオーナーも少し勝ちだすとすぐに現金を数えだすのだ。開始早々連続トップを取ろうもんならニコニコ顔で愛想を振りまく。愛想を振るのはいいんだが“お金を数えるのはやめなよ”といつも言っているのにやめないんだった。そして終わった頃には、いつも負けている。お金持ちばかりだし、彼らにしてみれば高レートと言えど、ほんの小遣い程度のものなのだろうか、それでもユウキは毎月大卒サラリーマンの初任給くらいはこの高レートで勝っていた。
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