第9話 少女
その日の雀荘には樋口さんはいなくて、なぜかユウキはホッとした。浅田氏が一番手前で打っている。ポンリーのお兄さん達も激しい麻雀を打っていた。浅田氏の卓に入り半荘が終わりメンバーが入れ替えのとき、さり気なく聞いてみた。
「あのポンリーには紹介が無いと入れないそうですが、僕なんかも入れたりしますか?」
浅田氏は少し笑って
「入りたいのなら紹介してあげるよ」と言ってさらに
「紹介出来るのは5千円までのポンリーで、見せ金がいるよ」 と言ってきた。ユウキが
「いくら入りますか」 と尋ねると
「3百万円」 と浅田氏が答えた。やっている場所も日時も不規則だから先の事はわからないと言った。
「試しに500円のポンリーやるんなら言ってあげようか?」 と奥でやっているポンリーを顎で指した。ユウキは
「お金が出来たら」 と言ってはぐらかした。お金なら十分過ぎるくらいあったが、今現状でうまく行っているんだからそんな危ない橋を渡らなくてもいいとも思った。
「やるのも雀荘貸し切りにしてやるし、オーナーとも顔見知りじゃなゃきゃ出来ない。何せポンリーは麻雀連盟や組合から御法度されているしね、警察からも」
「へ〜そうなんですか」 とユウキは言った。そう言えばよその雀荘ではポンリーは見たことが無かった。半年に1度くらい貸し切りの日があって昼間からカーテンを締め切っている事があったな〜とユウキは思い出した。”5万円なら一晩2千万円か” やってみたい気もあったが、怖い気も半々だった。
5万円のポンリーには社長やビルのオーナー、財閥の当主、政治家、華僑の大物と社会的に地位の高い人物の集まりらしい。中には博徒と呼ばれる怪物の様な輩(やから)がいて、億単位の金を攫(さら)って行くとも言っていた。そんな事を聞いて興味を持っていく自分に、恐怖心さえ覚えていったのであった。5千円のポンリーでは現金を扱うし警察の手入れには気を付けなければいけないが、5万円のポンリーでは全てチップのやり取りだから、みんな警察の方は心配しないで打っている。5万円の方でも勝てばその場で現金が渡される仕組みになっており、終わり頃にはいつの間にか現金が用意されている。
「一千万円位なら区分けしてポケットに入るしね」と浅田氏が事も無げにそんな事を笑いながら言ってきた。このシステムこそが今まで続けて来れた証なんだろうとユウキは思った。夜12時から始めて朝6時にキッチリ終わる。ポンリーは和了った人が親になるルールで、親の連チャンでその場の最低の賭け金を上澄みして行く。だからいつでも終われるのだ。次の親でラストです、の声が掛かるとあと一局。5卓立ったとして
80万円×6時間=480万円 ×5卓=2400万円
毎回主催者側にそれくらいのお金がゲーム代として入るのだ。この中で凌いでいくのは並大抵の事じゃない。社長や政治家と言っても腕に自身のあるものばかり。雀荘代に一晩百万円の貸し切り料を払うのも口止め料込か。飲み物、酒、タバコ
何でも無料、勝って帰った者は天国にいるような気分になれるだろう。
その日の麻雀はあまりついていなくて、それでも1万円程勝って雀荘を出た。喫茶店の前に行くと容子が既に待っていた。
「待たせたかい?」
「今終わったとこよ」 と軽い会話を交わし10分程の歩いた所にある中華料理店ヘ入った。この店もまだ結構お客さんがいて賑やかだった。生ビールで乾杯し容子が
「なんの乾杯?」 と言うので
「初デートに」 と言うと彼女は笑ってくれた。お互い身の上話はしなかったが、喫茶店のオーナーの話になった時、もう60歳を超えているんだそうだが、孫娘が二人いるんだとか。一人は16歳で今度美少女コンテストに出るらしい。
「美人だから一度くらい見ておいたほうが、話のネタにいいわよ」 と容子が言った。毎日夕方4時過ぎに帰ってくると言う。そんな話をして2時間も経った頃、店を出た。容子は赤い自転車で駅の方へ帰って行った。
次の日夕方4時頃に喫茶店に入った。秋の夕映えがとても綺麗で、吸い込まれて行きそうな、そんな日だった。容子が笑って近付いて来た。
「颯紀(さつき)ちゃん、もうすぐ帰ってくるよ」 美少女コンテストに出る子は颯紀と言うらしい。その舌の根も乾かないうちに少女は帰ってきた。その姿を見た途端ユウキは言葉を失った。フランス人形の様な顔立ち、少女マンガから出て来た様な大きな目、程よいくらいの高い鼻、小さな口、手入れされていないのにきれいな眉、長いまつ毛、ちょっと金色にかかった髪の毛、世界100選の美人に、確実に入るだろうと思った。
颯紀が“ただいま” と母親とオーナーのおじいさんに挨拶すると同時に、お店のお客さんにも“いらっしゃいませ”と笑顔を振りまいた。みんなにこやかに挨拶する者や、手を振って挨拶する者、様々だった。みんな颯紀の顔を見ようとして来ているんだなとユウキは思った。その証拠に颯紀が奥へ引っ込むと、みんな勘定を済ませて帰って行った。道を歩いていても顔くらいなら見れそうだが、笑顔を振りまいてくれるのは店の中だけだし、外では伊達メガネとマスクをしているのでみんな気づかないのだった。聞けば颯紀のパパがニュージーランドの出身で、映画スターの様に男前で母親も美人だった。それからしばらくして喫茶店の前に行列が出来ていた。店には張り紙がしてあり““先着30名様モーニングセット無料””と張り出していた。
“何かめでたい事でもあったのかな” そう思い最後尾の人に聞いてみた。
「お孫さんが何かのコンテストで優勝したらしいよ」 と教えてくれた。ユウキは
「颯紀が美少女コンテストで優勝したんだな」 と咄嗟(とっさ)に思った。そのお祝いで一人20分間のモーニングセットが時間限定でサービスされているんだとか。その最後尾の若者の整理券が28番、29番の整理券を見たことのない少年から貰い並んでいると、そこへ仲本が通りかかったので手招きし30番の整理券を貰った。券を配り終えると張り紙は剝がされ、店の外部ネオンは消された。颯紀に会えるのかと思ったのは一瞬で、店のカウンターに優勝時の写真が飾ってあった。頭にはティアラが載せられ、赤いマントを羽織り女王様の様だった。世界 100選どころか10選でも誰も文句は無いだろうと思った。仲本も
「こんな子いたんですね」 と言うので
「普段はメガネにマスクだってさ、気付く事なんか無いよ」とユウキが言うと
「そりゃ変装なしで道を歩けば毎日大変でしょうね、変な虫がいっぱい付いて」と仲本が頷いた。29番と30番の彼らが出ようとした時、計ったように表に車が2台止まった。スポーツ新聞社と雑誌社の車だった。恰幅のいい紳士と初老の婦人が入って来た。決して記者の類(たぐ)いでは無かった。これから颯紀達親族との契約の話があると言う。ユウキ達が外へ出るとカーテンが敷かれ、中は見れなかった。それからユウキと仲本は勝負をやりに向かいのビルへ行くのだった。
「ユウキさん、世の中激しく動いてますね」
と仲本がポツンと寂しく呟く。
“俺は何がしたいんだろうか” とユウキは思った。ビルでも建ててサウナでも経営してやろうかなとは思ったが、口にするでもなく、また雀卓の前に座っている。仲本は始めはユウキと打っていたが、調子が悪く途中で50円の卓ヘ移動し、朝の9時頃スロットを打ちに行くと言って帰って行った。ユウキも喫茶店に行こうと表に出ると、本日臨時休業の張り紙、中では親類らしき人達が楽しそうに集まって騒いでいた。他の店に行く気もなくなり、そのまま非常階段を上がって、プレハブの中の布団に横たわった。明日にでも颯紀ちゃんがどうなったか容子に聞こうと思った。
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