第7話  トキメキ

東一局ユウキに凄まじい手が入った。筒子の二,三,五,六,七,八、とあとはバラバラだったが積もって来る牌が凄まじかった。九、一、九、一、と連続4回積もってきて一気通貫のできそうな、清一色の出来そうな勢いで四筒子でも出ればチーでもするかな?なんて考えていたがドラは七筒、筒子は結構高く、というよりドラ表示牌以外筒子は姿を見せない。2巡程無駄自摸をしたあと、九、一、とまた持ってきた。九蓮宝燈の一向聴である。筒子は何を持ってきても九蓮宝燈の聴牌だ。もう鳴くことなど微塵も考えられない。一向聴から2巡後、四筒子を持ってきた。それから時間の経過は長かった、流局間近あと自摸2回だなと思ったその時、上家の親から4枚目の一筒がきられた。九蓮宝燈の完成だった。常連客の中年男性がドボン、樋口さんが2着、メンバーが九蓮宝燈の和了を雀荘内に告げたもんだから、人々が集まってきた。しかしユウキは振り込んだ中年男性を見て、あまり騒ぐ気にはなれなかった。その後中年男性は出ていき、メンツが変わったが、卓割れするまでの数回ではあったが、ユウキは全てトップを取り続けた。樋口さんがラス半コールを告げたのでそれに習ってユウキもラス半していた。例の如く左胸のポケットは札でパンパンになっており、出すのも入れるのも困難な状態になっていた。樋口さんと一緒にエレベーターに乗ったときユウキは初めて彼女に話しかけた。

「九蓮宝燈の厄払いにお食事付き合ってもらえませんか?」 一生に一度出来るか出来ないかと云われているこの役満は、雀士の中ではお祓いをしなくてはいけないと云われていた。けどユウキはもうこの役満を3度も成就しているがなんともない。ただ樋口さんともう少し一緒にいたくて、そう言っただけだった。始めて彼女に口を開いたから彼女はびっくりした顔を向けたが、

「居酒屋でも行きましょうか」 と言ってくれた。無視されると思っていただけにユウキも驚いたが、彼女はユウキを見て微笑んでくれた。ユウキは近くの居酒屋の名前をいうと、彼女もそこでいいという。日付も変わりそうな時間帯ではあったが店は活気に溢れていた。奥の席に座り生ビールを注文し、乾杯した。

「九蓮宝燈おめでとう」と彼女が言ってくれた。

「ありがとうございます」 とユウキは返した。お互いに好きなものを注文し、30分程が経過した頃、それまで麻雀の事しか話してなかったのに、彼女が急に少し胸をはだけて

「このタトウー気になるでしょう?!」 と聞いてきた。ユウキは関心が無いように、

「いえ、あまり」 と言った。でも彼女がまだ何か言いたそうだったので、

「いつ頃入れたんですか」 と聞いてみた。

「二十歳の頃」 と彼女は言ったがユウキはそれ以上聞くべきか迷っていると、

「私、愛人だったのある偉い親分さんの」

と明るく言うので、彼女の中では黒歴史じゃあなかったんだろう。

「もう10年以上関係を持っていたけれど2年前に死んで今は一人、お金もたくさんもらったわ」 昼間はオーダーメードでスーツを

作っており、店には一般客の他に以前親分に関係のあった人々がオーダーしてくれ、年商は1億は下らないと言った。経営と言っても服を作る技術は無く営業に気を配っているだけ、それでも彼女の収入は毎月100万円はあるという事だった。なるほど麻雀で負けていてもその身なりには納得がいく。ユウキが話を変えて

「樋口さんのボタンの押し方面白いネ」と言った。彼女は爪が長くて、指の腹でボタンを押せなくて、人差し指の第二関節でいつも押していた。

「こればっかりはね、爪が剥がれちゃうでしょ」と言って微笑む。淡いエメラルドグリーンでとても綺麗にしていた。他愛もない話をして最後の日本酒が飲み干されたとき彼女が

「そろそろ帰りましょうか」 と言ってきた。 ユウキも、

「そうですね」 と返し勘定をする為レジヘ向かった。左胸のポケットから札を取り出すのに力が入り、クチャクチャになった札がレジカウンターの下に散乱した。1万円札、五千円札、そして千円札が数十枚、紙くずの様に床に散らばった。それを彼女と二人でかき集めた時彼女が、

「いつもこんな感じなの?」 と彼女がいうので、

「いえ、たまたまです」 とユウキは答えた。彼女の中に羨望の様な、嫉妬の様な感情が生まれ、ユウキに対する気持ちが新たに作られて行った。表に出てもう少し一緒に居たかったが、これ以上話題が浮かんで来なかった。少し散歩でもと言いかけたが、言葉を呑み込んでしまった。そして彼女はタクシーを呼んでもらい帰って行った。ユウキはまた非常階段を上がり、携帯の灯りを頼りに布団の中に潜り込んだ。彼女との食事は彼女への憧れを増幅させ、幼い頃に出会った初恋の感情を思い出させてくれた。なんの欲もない幼き少年の頃の、純粋な気持ちを蘇らせてくれる様な、そんな女性だった。“彼女が夢の中に出て来ないかな〜”

なんて思いながらビールケースの上の布団で眠りに就いた。

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