第11話  転機

東京に来る前はほんの少しの間、大阪でボロアパートに住んでいた。風呂は無く、トイレは共同、テレビも置いていなかった。ただ寝るだけの空間だった。冷蔵庫は前の住人が置いていってくれたものをそのまま使っている。部屋の中には来た時からついていた蛍光灯と、こっちで買った布団と片手鍋、カップ麺を食べるときだけガスを使っていた。ガスの消費量が少なすぎて2ヶ月毎の請求だった。生活に必要なものはそれだけで、着替えらしいモノはスポーツバックで事足りる、そんな生活だった。時々NHKの集金人が契約して欲しいとやって来る。その時は部屋の中を見せると納得して帰って行った。3ヶ月毎に来るが、いつも人物が違うのでその都度、部屋の中を見せているのだった。そのアパートは商店街のアーケードより少し離れた場所にあった。一歩外へ出ると人々の往来で賑やかだった。そこは一般庶民の生活に欠かせないものが揃っていて、便利だった。自分の部屋は殺風景で何もないが、寂しくなれば表へ出て馴染みの喫茶店や食堂ヘ行けば気が晴れる。中でも気にいったパン屋さんがあって、店内でモーニングセットを出している。小柄な女性が一人で頑張っていて、言葉遣いがとても丁寧で、一度来た人はまた来たくなる。いつもマスクをしているから美人かどうかはわからないが、マスクから見える瞳は惹き込まれそうな魅力的な目で、髪の毛は綺麗な黒髪だった。テーブルが3つしかなく、10人も入れば満席になる様な小さい店だった。店の中は乙女チックな装飾品で飾られており、時折かわいい少女達も食事を楽しんでいた。いつ行ってもお客さんがいて、でもあまり沢山は居なくて、繁盛しているのか、いないのかわからないそんな店だった。パン屋さんだけあってトーストの焼き加減が絶妙で、ゆで卵を細かく切ってポテトサラダにし、ベーコンを添えエスプレッソの様なブレンドコーヒーを出してくれる。

そこは一軒家で一階を店舗にしていたが、誰が住んでいるのか、わからなかった。ユウキは敢えてそれは聞かなかった。結婚もして子供も居るなんて判れば夢が壊れそうで怖かったから。独身らしき若者が一人でいる事が時たまあるが、みんなそんな感情を抱いているようにも見える。ユウキは自分の様に孤独な人種も結構いる様に思えるのだった。   そのボロアパートにほど近い場所にサウナはある。友達のピンチヒッターで入ったサウナのバイトが居心地良く、そのままだらけた生活を送っているのだった。賄いも出して貰えたし、洗濯機なんかは自由に使える。今のユウキにはピッタリのバイトだった。金曜日と土曜日のオールナイト営業の日以外は24時で仕事は終わり、浴槽の清掃を兼ねて皆で風呂に入る。そして深夜1時くらいから恒例の麻雀が始まる。10人以上メンバーはいたが雀卓は2台しかなく、いつも8人が朝9時頃まで興じていた。大阪では順位は関係なく、25000点持ちの30000点返しで、30000点を割っている時だけ1000円の罰金が付く100円麻雀だった。

ユウキはその麻雀でも月トータルで負けた事がなく、10歳も年の離れた主任さんと集計表で争っていた。給料日に集金するのはいつもユウキで、その主任さんとユウキの他2、3人の勝ち金を集めて廻っていた。場所代が掛からず安い麻雀でも結構金になっていた。その一年くらいは給料に手を付けずに暮らせているんだった。給料日に

”ちょっとまってくれ” だなんてふざけた事を言い出す者がいて、

「給料日に払わんかったら、いつ払えるん」

と言っていた事を思い出していた。

雀荘よりも安いから、と言うよりタダだから、4人連れのお客さんもよく麻雀をやりに来る。ユウキは仕事をサボってよく見ていた。常連の中でも変わった麻雀をするグループがあって、ドラを殆ど切らないメンツばかりで、12枚筒子の中に赤五万1枚持って単騎待ちでリーチを掛けたりと、とにかく変わっていた。給料日の精算時に10万円を超える払いをするものが出て、前借りをし、生活に破綻をきたす者が出てくると、それまで黙認していた社長が

「麻雀は週一回だけにする事」 だなんて事を言い出したもんだから、面白くなくて東京ヘ出て来たのだった。毎月給料と同じ位勝っていたのだから、仲間からの視線も冷たかった。従業員の中には一日の日当以上負ける者もおり、腕の差があり過ぎて、健全にゲームを楽しむ次元ではなくなっていった。仲間内でするギャンブルには限界があって、よく続いて2年くらいか、高額になればなるほど消滅は早かった。サウナでの麻雀は高額では無かったが、みんな給料が安くて、いつも負けている者は生活が苦しくなっていったのだ。

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