第21話 夢の続き
親子3人の生活も充実している中、颯紀と莉彩が時々マンションにやって来る。颯紀はモデルの他にも、詩織のマネージャーと通訳を兼ねており、夜遅くなった時にはよく泊まりに来ていた。彼女らが来ると息子は大はしゃぎで、とても嬉しそうにする。いつでも来れる様に彼女らの布団を用意して、部屋も専用に空けていた。その頃カズオーナーは、80歳近くになりそろそろ引退する事をユウキに打診していた。グループの全てを継承し、全従業員の生活の安定に尽力するよう、お願いされた。詩織も代表取締役になっており、年商は20億円を超えていた。お互いに歳を取ったが、詩織の気品は少しも衰える事は無い。ユウキはそんな彼女を見るたび、まるで京都の古いお寺の綺麗な庭園を観ている様に、気持ちが穏やかになり、心が安らいでいくのだった。以前詩織に、
「貴方にとって、僕は相応(ふさわ)しい男でいられていますか?」 と聞いたことがあった。
「あなたは私にとって唯一無二の存在よ、心から愛しているわ」 と詩織が答えてくれた時、胸が詰まり言葉が出なくなって、涙が流れていった事を今でもよく思い出す。田舎から大阪、東京へと出て来た時には、ほんの一時的な放浪のつもりだったから、こんな人生があるとは想像もしていなかった。今想うとあの九蓮宝燈の成就が全ての事の始まりだった様に思える。詩織を食事に誘う勇気を与えてくれたのだと、想わずにはいられなかった。大阪での社長の鶴の一声が東京に出てくるきっかけになり、カズオーナーとの偶然の出会いが人生の大きな分岐点となった。詩織との恋が生きる希望、楽しさと、人生の豊かさを与えてくれた。彼女が日本を離れ、もう帰って来ないと言って、朝日の射し込む玄関のドアーから出て行った時、
"ああ、こんな女性と一生を共に生き、暮らしていけるのなら、いつでもそばに居て、触れていられる距離に居てくれるのなら、ほかにはなにも要らない” と気付いたのが後(あと)の祭りだと知った時には自分の愚かさに絶望した。しかし詩織と息子がそんな愚かさから救ってくれ、人生の後悔から引き揚げてくれた。巡り会えたこの二人は、命に代えても絶対に守って行こうと心に誓うのだった。
人生のターニングポイントをいくつも経験し、その方向を間違わずに進んで来れたのだろうか?まだまだこれから先、色んな分かれ道がある様に思える。今は麻雀牌を握る事さえ無くなったが、あの頃の事がとても懐かしく時々夢に出て来る。あのビルの3階にはもう何年も行ってない。あの頃一緒に打っていた雀友達は元気にしているんだろうか?
”私の事などとっくに忘れ去られているだろうな" とユウキは想うのだった。人の姿も変わって行くのは世の流れなんだろう。
今では全く会わなくなった彼女達は元気に暮らしているんだろうか?詩織達が家を空け一人になった時、故郷の友と重なりふと考える事がある。みんな嫌いで離れていった訳ではないから、もし不幸な境遇に晒(さら)されていたならと考えては、心を乱す事がたまにある。何度か食事をして少しデートしたくらいで、彼女だと想われている彼女達にしてみれば、迷惑な話しなのかも知れないけれど。それでも彼女達は優しくて綺麗で、ユウキにすれば掛け替えのない人達だった。時が過ぎても決して色褪(あ)せる事はない、そんな存在だった。ユウキの心の中にいつまでも素敵な女性像として永遠に刻まれて行くだろう。
詩織は颯紀達と共に相変わらず世界中を飛び周る忙しい日々。
「あなた、ニューヨークには10日間の滞在よ」 と詩織が3日前に言っていた。明日からは3人でニューヨークへ行くと言うのに、夜遅く迄打ち合わせで、帰って来たら荷物をスーツケースに詰めるのに颯紀と莉彩もが忙しそうだった。
あの日、颯紀が美少女コンテストで優勝して喫茶店が賑わっていたあの日、詩織はとっくに来ていて、颯紀とも挨拶を交わしていたんだと言っていた。その時に莉彩にも会い、この姉妹に自分のデザインした服を着て、ランウェイを歩いて貰う事を夢に、頑張っていく事を心に刻んだと後から聞いた。颯紀も莉彩も英語は堪能で、颯紀に至ってはフランス語、スペイン語、ニュージーランドの現地のマオリ語という言語まで話す。莉彩はインターナショナルスクールを主席で卒業し、海外の大学からの招待も沢山あったが、この業界を選んでくれたのだと、詩織が言っていた。二人共、頭脳明晰、容姿端麗でどの分野でも成功者となりうる素質を兼ね備えており、烈しく輝かんとする未来を待っている。
二人がこの先魅せてくれるであろう色んな景色を、心待ちにしているユウキと詩織だった。彼女達が久しぶりに来て、遊び疲れたのか、息子の拓実はご飯を食べた後、体を洗ってお風呂に入っている時に、湯舟で寝てしまった。詩織に浴室まで迎えに来てもらい、バスタオルに包まれている時には、もうすっかり夢ん中。ユウキが圧力鍋で作った牛スジカレーを3人共美味しそうに食べてくれた。玉ねぎ🧅なんかは細かく刻んで完全に溶けている。スジ肉もトロトロだった。じゃがいも🥔やニンジン🥕も歯で噛まなくても食べれた程だし、りんご🍎も小さく刻み殆ど消えていた。
「あなたの作るカレーは世界一美味しいわ」
と世界中の料理を知っている詩織が言うと、本当に聞こえてくる。
ニューヨークでは莉彩がデビューする。姉妹揃ってのランウェイを、両親もおじいさんも心待ちにしているだろう。颯紀は外国へ旅立つ前の夜には、必ずおじいさんに行ってきますの電話をするのだった。
「じいじ、明日からニューヨークなの、莉彩と一緒にランウェイを歩くのよ、頑張って来るね」 そう言って颯紀が電話すると、電話の向こうでおじいさんは泣いている様だった。ユウキも彼女らの活躍を見るたび、胸躍る気分になれる。いつも会えないのは寂しいけれど、彼女の、彼女達の華やかな世界での躍動と笑顔を見ると、あの若い頃の自分に戻って新鮮な気持ちが蘇り、生きる希望が湧いてくるのであった。この心のトキメキと喜びは何にも代え難いものだった。優しく穏やかに時が流れる事を、そしていつまでもこの幸せが続きますようにと、願うユウキだった。ユウキはまだ夢の途中。この夢の続きを誰に託そうか、不安よりも、期待と楽しみの方が心を多く占領しているのだった。
完
和山(かずさ)
ギャンブルと彼女 和山(かずさ) @ya776612
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