第22話

「待ってください!私が虐められたのは事実です!」


男爵令嬢が声を張り上げて纏まりつつあった話に横槍を入れました。

その目は、うるうると涙で潤っています。

一粒でも涙を零せば、余程の事がない限り殆どの男性は男爵令嬢が零したその雫一粒で従ってしまいそうな悲壮な訴えかけでした。

艶のある鼻にかかった声も相まって泣き崩れそうな男爵令嬢に、王太子を始めとする男性陣が息を飲みました。


「では貴方の受けたいじめを説明して頂けますか?」


そんな男性陣とは違い、シュラウドは一人アルカイックスマイルを浮かべたまま世間話をするような軽い調子で男爵令嬢に問いかけました。


彼は知っていました。

あの態度のシュラウドは、実は恐ろしいほど怒っている時だと。

それはシュラウドを見てきた彼だけが知っていたのです。


「2人っきりで呼び出されて、王太子に話かけるなとヘスティア様に言われてしまいました」

「どんなことを言われたんだ、シヴァ嬢」

「私と二人きりになるとヘスティア様は……下品なドレスを着て殿下に付きまとわないで欲しいと言われたり、他の男に媚びへつらう尻がる女と罵倒されました」


男爵令嬢は王太子に肩を抱かれながら、小動物のように震えながら口にしました。

涙ながらにその場にいる人々に彼女に言われた言葉を詳細に語ります。

傷ついた可憐な少女を演じ、王太子だけでなくその場にいる全員の同情を誘う表情が偽物だと知っているのは彼とシュラウドだけのようでした。

あれだけ厳格だった陛下も、男爵令嬢が嗚咽交じりに訴える言葉を疑っていないようでした。


「ティア、どうなんだ?」


陛下に代わってシュラウドは腕の中に捕らえたままの彼女に覗き込むようにして問いかけました。

男爵令嬢に突然悪者にされて、彼女は見るからに動揺していました。


「私は……」

「大丈夫だ、落ちついて話してみなさい」


シュラウドは言葉を探す彼女に声をかけました。

彼女が男爵令嬢を乏したり、恐喝めいた事をする事がないと確信している優しい声でした。

シュラウドに話しかけられて彼女は心を落ち着かせることが出来た様子に、彼は安堵の吐息を漏らしました。


「私がシヴァ嬢に忠告したのは本当でございます」


彼女は、シュラウドの腕から抜け出し陛下を見つめて答えました。

その声は男爵令嬢とは違って震える音を抑え込み、感情を抑えた静かで美しい声でした。


「私に近付くシヴァに嫉妬をして侮辱したと認めるのか!」

「いいえ、それは全くの勘違いです殿下。私がシヴァ嬢に訴えかけたのは、王族の方に許可を頂かずにお声掛けし、あまつさえ腕を組んでお話を始められるのは彼女が恥をかくので控えるようにとお伝えしたのです」


背筋を伸ばして王太子の非難を真っ向から受け止め、反撃をした彼女は射貫くような強い瞳を携えて答えました。

話すにつれて自信を取り戻した彼女は本来の姿を取り戻したのでしょう。

その姿は内側から英明さを知らしめるように輝き、淑女然とした魅力を秘めていました。

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