一度全てを諦めた王が全てを手に入れる話
甘糖むい
第1話
………月日は流れ、シュラウド辺境伯は王として即位した。多くの国民から慕われた王は、ヘスティアをただ一人の妃とし、3人の子にも恵まれた。王は生涯彼女を愛し続けたという。
彼はそこまで書き綴り、筆を置きました。
前を向けば、婚約破棄をされて断罪にまで至った令嬢、ヘスティアが第二王子の生誕祭に沸く民衆に穏やかに手を振って笑っています。
腕には生まれたばかりの我が子を抱き、隣に立つ辺境伯と時折言葉を交わします。
辺境伯の目はずっと、ヘスティアを宝物のように見つめていました。
美しい光景だ。
思わず眦を下げて彼はその一枚絵の聖母像のような光景に感嘆しました。
辺境伯はふと、彼に目をやりました。
口先だけで何かを告げて彼は晴れやかに笑いました。
『お前のおかげだ、礼をいう』
_______
彼はずっと幼い頃から辺境伯を見てきました。
記録係として、彼が生まれた瞬間からずっと、彼のことを見守ってきたのです。
彼の初恋がヘスティアであることも、そのヘスティアが王太子の婚約者となり、彼と結ばれる事がないとわかって諦めてしまったことも彼は傍で見てきました。
お可哀想にと、彼は一度辺境伯を慰めたことがあります。
「毎日一輪の花を贈るのを止めようかと思う。」
と、相談された時のことでした。
「お前はどう思う?」
辺境伯の問いに、彼は言葉を選んで当たり障りのない返事をしました。
「お立場を考えるならおやめになるべきかと」
彼は辺境伯を、まだ伯を賜ってから日が浅い子供だと侮っていたのです。
彼は下手なことを言って処罰されてはかなわないと本音を包み隠して王族の僕としての返事を返していたのです。
「ひとりの男として聞いている。貴方もどうか、私を愚かな恋をする男の友人だと思って答えて欲しい」
辺境伯に誤魔化しなど通用しなかったと、彼は気がつきました。
子供だと侮っていた辺境伯の真剣な眼差しに、彼は初めて友として言葉を交わしました。
「殿下のお心のままに行動なさっては?」
その言葉は彼の本心でした。
_______
思えば、生まれた時から辺境伯は曖昧な立場を強いられ早くから全てを諦めるように堕落的に過ごすようになったのを彼は見ていました。
幼い頃から辺境伯は大人を凌ぐ明瞭な子供だったのです。
1を聞けば10を答え、容姿は愛妾の中で一番の母に似た容貌の優れた顔は誰しもを虜にしました。
誰にでも分け隔てなく言葉を交わし、剣術も大人顔負けの腕前をしていた辺境伯は口にしなくても皆が次の王だと認める力を持っていたのです。
父である王は、次の王は妾妃の中で一番可愛がっていた女の息子である辺境伯を王太子にと望み、
対して継母である王妃は、自分の息子である第一王子を王に望む。そんな火種が徐々に辺境伯を蝕み始めました。
辺境伯が武勇を重ねるごとに辺境伯を殺そうとする者が増えたのです。
食事には毒がもられ、辺境伯は料理を食べられなくなりました。
夜は武器を持った男が押し入り、辺境伯は眠られなくなり、悪夢に魘される日々を送りました。
辺境伯が7歳になると、とうとう妾妃は命を断ったと、知らせが走りました。
命と引き換えに息子の継承権を抹消してほしいと言葉を残して。
母を失ってから辺境伯の生活が一変しました。
父は母だけを愛していて、辺境伯の事など、母の機嫌を取るためだけの人形と扱っていたのです。
王宮から部屋を移され、離宮のまた端にメイドを2人、護衛もなしで追い立てるように辺境伯は寂しい生活をはじめました。
メイドは王妃の息がかかった者から選ばれ、食事には時々、死なない程度の毒が混ぜられており、辺境伯は彼以外が用意したもの以外口にしなくなりました。
辺境的は身体が弱いと聞けば辺境伯を未だに王へと望むものが諦めるだろうという王妃の差し金だったのだと、彼が気づいた頃には辺境伯の立場は王家にほとんど残っていませんでした。
少しずつ辺境伯を邪険に扱うものが増えました。
昨日まで朗らかに言葉を交わした貴族や、顔馴染みの友人まで日に日に人は辺境伯を居ないものと扱いました。
ある日、辺境伯は教育を受けるのをやめました。
王にならないものに教育など不要だろうと、
次の日、辺境伯は剣を捨てました。
王にならないものに武力があっては不安だろうと、
毎日ひとつ。
辺境伯は大切にしていた物から、好きなもの、持ちうる限りを捨てて、自虐的に笑って心を閉ざしていきました。
彼は何もできないまま、辺境伯を見ていました。
ただ傍にいることしか出来なかったのです。
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