第2話
彼はずっとシュラウドを見てきました。
記録係として、シュラウドが生まれた瞬間からずっと、シュラウドのことを見守ってきたのです。
シュラウドが王子として生れ落ちてからも、辺境伯となってからも彼はずっとシュラウドの傍に居ました。
彼はシュラウドの事を全て記録していました。
シュラウドの初恋がヘスティアであった瞬間を見たのは彼だけでした。
心に小さな矢が刺さった痛みを受けたシュラウドの表情は、彼が見てきた中で一等甘く、優しい表情でした。
そのヘスティアがアレク王太子の婚約者に選ばれたのはすぐでした。
シュラウドと結ばれる事がないと気が付いた時も彼はそばで静かに見守っていました。
シュラウドに巻き起こる様々な事柄を全て彼は一緒に経験していました。
記録係に感情は必要ありません。
それは、彼の仕事をするうえで一番大切な物でした。
観察する対象に感情移入をしてしまえば、それは記録ではないからです。
例えどれほどシュラウドが助けを求めているとわかっていても、彼はシュラウドを見ているだけでした。
朝から晩まで彼が眠りにつく時間はシュラウドが眠りにつく時間でした。
しかし、そんな彼でも心を動かされる時は来るものです。
彼はシュラウドの境遇に心を痛め、シュラウドと心を交わす機会がありました。
「毎日一輪の花を贈ろうかと思う」と、相談された時のことでした。
諦められない初恋を引きずっているシュラウドに聞かれて彼は言葉に詰まりました。
シュラウドから話しかけられることなど今までなかったのです。
「お前はどう思う?」
「……お立場を考えるならおやめになるべきかと」
シュラウドの問いに、彼は言葉を選んで当たり障りのない返事をしました。
下手な事を言ってシュラウドを使って良からぬ事を企んでいると言われてはかないません。
王族に楯突いたと処罰されないように彼は、下手なことを言って処罰されてはかなわないと本音を包み隠して王族の僕としての返事を返しました。
ヘスティアには王位継承権を正当に受けた王太子という婚約者が居ました。
いくら辺境伯と言えど、王太子には適いません。
シュラウドの立場と、ヘスティアの事を考えれば彼が言える事は一つだけでした。
「ひとりの男として聞いている。貴方もどうか、私を愚かな恋をする男の友人だと思って答えて欲しい」
侮っていたはずのシュラウドの瞳は彼が思うよりもずっと澄み渡っていました。
全てを見透かすブルーアイに射貫かれたと気付くまで彼は暫く動けませんでした。
シュラウドの言葉に彼はシュラウドが伯を賜ってから日が浅い子供だと侮っていた自分を恥じました。
射貫かれて初めて、シュラウドに誤魔化しなど通用しなかったと、彼は気がついたのです。
子供だと侮っていたシュラウドの真剣な眼差しに、彼は初めて友として言葉を交わす事を決めました。
筆を置き、窓の外を見つめるシュラウドに近付いた彼は、声を潜めてシュラウドに進言しました。
「殿下のお心のままに行動なさっては?」
その言葉こそ、彼の本心でした。
彼は、シュラウドにヘスティアを諦めて欲しくなかったのです。
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