第26話

「ひぃ!なんとおぞましい!」

「いやぁあああ!!!?!」


宙を舞って落ちてきたそれらは皆、霰もない格好をした男爵令嬢の姿でした。

数えきれないほどの下品な絵を見た令嬢を中心に悲鳴があがりました。

隠し見て興奮を慰めたり、ひとりで密かに楽しむ絵に男性たちは興奮した様子でその絵をよく見ようと次々に手を伸ばします。

兵士たちが騒ぎを鎮めようとしますが、パニック状態になった城内は収まる所を知りません。


彼は近くに落ちている1枚の絵を拾い上げました。

相手は、下卑た顔の者、見目がいい男、婚約者がいる者、愛妻家の者などと見たことがある男たちとまぐあい、時にはあらぬ所を見せつける。

そんなみるも悍ましい買春絵でした。


「シヴァ!どういう事なんだ!私だけだと……私に初めてを捧げてくれると言っていただろう?!」


王太子は驚いた様子で声を上げました。

ずっと守るように男爵令嬢へ回っていたその手はついに男爵令嬢から離れ、口は新たな火種を生んだことに気が付いていないようでした。


結婚をしていない相手と馬鍬う事はこの国に置いて許されない事でした。

例えそれが婚約者であろうと、家同士の誓いを交わす前にベッドを共にするなどあってはならない事です。

男爵令嬢は急いでその紙を集めようとしますが、誰もが争うようにそのスケッチ絵を奪い合ったり、パニック状態になったりと上手く回収することが出来ません。


「嘘よ!!私じゃないわ!勝手にこの男が描いたのよ」


必死に言い募る男爵令嬢を中心に騒動は大きく大きくなっていきました。

誰もが止められない好奇心と恐怖に打ち震え、城内は一気に新たな喜劇に振り回されます。

男爵令嬢が自分の痴態が描かれた絵を破り捨てる勢いで集めている間、王太子は愕然としていました。

言い訳をいくら男爵令嬢がしたとしても、絵に描かれた姿は全て嫌らしく微笑み、描かれることを良しとしている表情です。

男爵令嬢の慌てぶりを見れば、彼女が絵師と通じ合い絵を描かせていた事は事実だと認めているようなものでした。


「君が描かせたんだろう!貴族共を脅して財産を巻き上げる快楽に身をゆだねる君は何と美しかったか……!」


絵師は狂ったように笑いながら男爵令嬢の悪事を会場に響かせました。

男爵令嬢は自分の身体を使って金持ちの男を誑かし、自分に貢がせる転生の悪女だったのです。

絵師はそんな男爵令嬢と共謀してターゲットの男達と男爵令嬢の痴態を描いて脅す片棒を担いでいました。

男爵令嬢と一度でも不貞をしたものは、肉がなくなり骨を全て食べつくすまで男爵令嬢に貪りつくされ事実は闇に葬られてしまっていたのでしょう。


「違うわ!違う!!私は……王太子の婚約者なのよ!!」


髪を振り乱して絵をかき集める男爵令嬢は自分の立場にしがみ付こうと必死でした。

自分の名誉を守る為に散らばった絵を腹に抱き泣きわめく男爵令嬢はどれほど自分が無様を晒しているのかわかっていない様子で泣き叫びます。


「殿下、アレク様……!」


名前を呼ばれて王太子は男爵令嬢から一歩距離を置きました。

自分が愛した女性が非難の渦にいると知っていながら、王太子は男爵令嬢を助けようとはしませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る