第2話
毎日を辺境伯はロボットのように過ごしていました。
起床して食事をとり、公務以外をただ外を見て時間を過ごし、夜になれば眠る。
そんな決まったことだけをして過ごす辺境伯を彼は見ていました。
辺境伯は壊れてしまったと、メイド2人はくすくすと笑っていました。
表情もなく、言葉もなく過ごす辺境伯にある時、彼は辺境伯を外に誘ってみました。
辺境伯は首を横に振って彼の言葉を拒絶しました。
彼は悲痛な面持ちで辺境伯を見つめますが、辺境伯の目は何処か遠く、ただ青いガラス玉がふたつはまっただけの無機質な目と視線が合うことはありませんでした。
辺境伯は彼がみている間に精巧な美しい人形となっていたのです。
その日も辺境伯は外を見ていました。
そんな辺境伯を彼は見つめていました。
「あ」
マッチをすりおろした音が部屋に小さく響きました。
彼は辺境伯の声だとわかるのにずいぶんと時間がかかりました。
彼の耳に入った音が、人の声だとはわからなかったのです。
長らく話さなかった辺境伯のカナリアに似た声が、いつの間にか枯葉となっていました。
驚いたままの彼の横を辺境伯がゆっくりと通り過ぎていきました。
何かに反応をした辺境伯を長らく彼は見つめていました。
長らく歩いていなかったからか、ぎこちなく手と足とが同時にでる不恰好な足取りを、彼は後ろからついていきながら見ていました。
辺境伯は屋敷の外に出ると木の前で止まりました。
何もないそこに何があるのだろうと、彼の興味心が顔を出しましたが、彼は我慢をして辺境伯を見ていました。
辺境伯が、その場に座り込み木の根から何かを拾いました。
それはガタガタな刺繍の入ったハンカチでした。
「ずいぶん不器用な刺繍ですね」
彼はつい声を出して辺境伯に声をかけていました。
辺境伯は彼の声に暫くしてから頷きました。
彼は目を見開いて瞬きを繰り返しました。
辺境伯が自分の意思を見せたのは、彼を庭に誘ってから初めてのことだったのです。
とたとた、と小鳥のような足跡が聞こえたのはすぐの事でした。
「あっ!」
鈴の音がして彼はそちらを向きました。
座り込んだままの辺境伯はハンカチを持ったまま動かずにただそこに居ました。
「あの…」
意を決したように、彼女は辺境伯に声をかけました。
しゃがんだ辺境伯と彼女の目線はそう変わらない高さで、彼は2人の目が合ったのをみていました。
「それ、わたしのなの。拾ってくれたの、お兄ちゃん?」
辺境伯はじっと彼女を見ていました。
長い沈黙の末、彼は口を開こうとして、口を閉ざしました。
「上手だ」
辺境伯が、しゃがれた声で刺繍の跡をそっと撫で、彼女に差し出しました。
「うそよ!ぜんぜんだめよ!いつもおこられるの、へたっぴなのよ!」
なぜ褒めたのに怒られているのか、辺境伯は腕を差し出したまま難しい顔をしてそれから彼をちらっと見上げました。
『助けてほしい』言葉にしなくても切実な辺境伯の表情に、彼は吹き出して声を出して笑いました。
その日の翌日から辺境伯は外を見るのをやめました。
辺境伯は朝食の後、決まった木の傍に腰を下ろして、本を読んだり、居眠りをしたりするようになったのです。
本は一度も捲られる事はないし、居眠りしたはずの瞼はピクピクと、震えてるのを彼は見ていました。
「シュラ!」
待ち人の声に辺境伯は顔を上げ、素早く身支度を整えてから、坐禅を組んで手を広げました。
彼女はその腕にすぐさま飛びついて歌うようにくふくふと、笑います。
「どうした?」
辺境伯の声はすっかり、枯葉から青葉へと生え変わっていました。
「だって、シュラってばおひさまの香りがするんだもの」
そう言って彼女は、すぅと、辺境伯の腹を吸いました。
「それならスティは、はちみつの香りだ」
辺境伯は彼女の柔らかくウェーブした髪をそっと撫でてぎこちない仕草で彼女の髪にひとつ口付けを落としました。
「やだわ!朝食のハチミツの匂いじゃない!」
辺境伯を汚さないようにと身体を離そうとした彼女を抱き込んで辺境伯は声を出して笑いました。
そんな2人の穏やかな姿を、彼は見ていました。
眩しくて見ていることしか出来なかったのです。
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