第4話
「では、彼女の悪名を知っている者はいますか?」
辺境伯の静かな問いかけに誰も手を挙げようとはしませんでした。
王太子は声を上げて1人の令嬢を指差しました。
令嬢は彼女の血の繋がらない妹でした。
その令嬢を彼は見たことがありました。
不意によろめいてきて花を落としたことがあるからでした。
『ヘスティア様は殿方から送られた花を踏みにじり、使いの者を怒鳴りつけていた』
指名された義妹は挙動不審だったが、誰も助けてくれないと知ると諦めたように口を開きました。
「ティア、身に覚えはあるか?」
聞かれて彼女は首を振って否定しました。
「そうか、ではこの状況をよく知っているの者に話をしてもらおうと思います」
そう言って辺境伯は彼を呼びました。
「彼は私の記録係です。私の従者でもなければ友でもない。彼は王家に誓って真実だけを話すことを誓って働いています。」
確認するような眼差しを辺境伯から受け、慌てて彼は口を開きました。
「殿下の仰る通りでございます!私はこの噂が根も葉もない事を証明することが出来ます。そして真実だけを話す事を家名にかけて誓います。」
彼はそう言い置いてから話を始めました。
「その噂の花を渡した従者とは私のことだと思います。私は毎日シュラウド殿下からのお花をお嬢様にお届けしておりました。彼女は一度たりとも花を踏み躙った事はございません。ただ、一度だけ誤って私が花を落としてしまい、お嬢様が踏んでしまった事があります。」
「っ!…それだけでは怒鳴りつけた事を否定出来ないじゃないか!!」
王子は彼に反論するように声を荒げました。
「怒鳴られたことに見覚えはありません。お嬢様は毎日お花に喜んでおいででした。時折、お花ばかりでなく私に会いにきて欲しいと、癇癪を起こされておりましたが…」
彼が言葉を切りました。
「つまり、花を踏み躙ったのではなく花を謝って踏んでしまった。怒鳴ったのではなく、シュラウドに言えない不満をぶつけていたという事か」
陛下はそう言って彼女を見つめる辺境伯に問いかけました。
陛下が噂と真実を聞き、出した結論には誰も口を出せませんでした。
悔しそうな顔をして彼女を睨んだ男爵令嬢の顔を彼は偶然にもまた、みてしまいました。
次に王子に呼ばれた令嬢は彼女よりも男爵令嬢の方が王妃に近いと考えて彼女を裏切り、悪口を言い触らす令嬢でした。
『婚約者が居ながら他の殿方を思わせるドレスを身にまとうだけでなくお揃いの仕立ての物を着ていた』
「ティアこれは?」
問われて彼女は首肯しました。
チラリと辺境伯を伺ってどう話したらいいのか迷うそぶりをみせました。
それもそうだろうと彼は思い、口を開きました。
「こちらの件も私が証言できます。彼女にドレスを送っていたのはシュラウド殿下です。しかし彼女はそのドレスを着る事はしませんでした。」
「嘘をつくな!私はみたぞ、他のものも知っている筈だ」
王子の声に皆が私もみた、僕もみたことがある、と口を揃えたように騒めき始めます。
彼が辺境伯を横目でみやると、大きく頷かれて仕方なくまた口を開きました。
「彼女はシュラウド殿下とゲームをして、勝った方の言う事を聞く約束をしていました。彼女が負けた時は『私が送ったドレスで次の招待先に行く事』で、仕方なく彼女はそのドレスを着用していたのです」
肩を抱いていた手から抜け出した彼女をエスコートする辺境伯は白魚の手をそっと取り、脇に抱きました。
「会えもしないのにどうやってゲームをするんだ!」
王太子が吠えるように叫びます。
「彼に毎日花を送って貰っていたのはゲームの伝言をしてもらうためです。嘘だと思うなら記録を出させましょう。彼は私とティアの勝敗も駒の動きも全て知っている筈です」
言われて彼は慌て頷きました。
誦じては言えませんが勝敗ならばすぐに言えます。
何故なら一度も辺境伯は負けなかったのですから。
「つまり、チェスの罰ゲームで着ることを強要されていたということだな。それに王太子がドレスを送ってやっていれば辺境伯であるシュラウドのドレスは着なくてもよかったと」
「陛下がご聡明で嬉しく思います」
辺境伯はうやうやしくお辞儀をしました。
「待ってください!私が虐められたのは事実です!」
男爵令嬢が声を張り上げて王家の会話に横槍を入れました。
その目はうるうると涙で潤っています。
「では貴方の受けたいじめを説明して頂けますか?」
辺境伯はアルカイックスマイルで、男爵令嬢に問いかけました。
彼は知っている。
あの笑顔をする時の辺境伯は、恐ろしく怒っている時だと彼だけが知っていたのです。
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