第5話 初めての冒険者ギルド
冒険者ギルド。
それは異世界版の職業斡旋所。
異世界が舞台の漫画やアニメでは定番中の定番とも呼べる施設だ。
しかし一口に職業斡旋上と言っても、お堅い日本のハロワとは全く異なる。
冒険者ギルドは荒くれ者の冒険者たちの憩いの場でもあるのだ。
時に酒を酌み交わしたり、対立したり、またある時には恋に落ちたり。
活気あふれるギルドの喧噪はもはや異世界の風物詩であるとも言っていい。
冒険者ギルドとは、そんな多くの夢が詰まった憧れの場なのだが、
「……なによこれ」
残念なことに我らがジルハルド王国では違った。
質素なテーブルと無人の受付。
冒険者なんて俺たちの他には誰もいない。
閑古鳥が鳴くとはまさにこのことだろう。
「ねえ氷夜。どういうことか説明しなさいよ」
「どうもこうも見た通りだよ」
冒険者が求められていたのは昔の話。
長いこと戦争もなく、魔物の脅威もなかったこの国では冒険者の需要が年々減っていった。
「んで、ただでさえやばいところにライバルとなる人材派遣サービス業者が台頭しちゃってさ。まともに対策を練ればよかったんだろうけど、怠ったせいで業績がおわたにえんってわけ」
曲がりなりにも由緒正しき施設ではあるため、国の援助を受けてなんとか生存はしている。
しかしそんな状態でかつてと同じだけの規模を保てるはずがない。
今では街の人々のちっちゃな依頼を第三者に仲介するだけの場所になってしまったのだ。
「…………冗談よね」
「さすがの氷夜くんさんだって、こんなしょうもない嘘はつかないって」
「…………」
よほどショックが大きいのか小春が絶句していると、奥のドアから受付の人が登場した。
「お待たせしてすみません。ようこそ冒険者ギルドへ!」
異世界モノでは定番のセリフと共に受付のお姉さんは営業スマイルを浮かべて言う。
「鈴崎小春さんですね。アキト殿下から話は聞いております。既にこちらで登録は済ませておきました。こちらが冒険者カードになります」
「ありがとうございます」
……なーんだ、やっぱり嘘じゃない。
とでも言いたげな顔で小春は俺を見る。
だが安心するのはまだ早い。
受付のお姉さんの説明は始まってすらいないからだ。
「それでは当ギルドについてお話させて頂きますね。当ギルドは冒険者である皆様に街の人々から寄せられた依頼を斡旋しています。中には危険なものもありますが、ここに来る依頼はネズミ退治や清掃などがほとんどですのでご安心ください! 小春様でも無理なく受けられますよ!」
「それなら安心ですね…ってちょっと待ってください! ネズミ退治ですか!? ドラゴン討伐とかではなくて!?」
「とんでもない。ドラゴンなんて危険な依頼はウチには回って来ませんよ。一番危険なものでもせいぜいが畑を荒らす魔物の退治くらいですね。残念ながら今日はそういった類の依頼は来ていませんが」
「…………そうですか。あは、あはははは……」
ハイライトの消えた目でがっくりと肩を落とす小春。
現実を受け止めきれないのか、縋りつくように受付のお姉さんに問いかける。
「ひとつだけ! ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「は、はい。なんでしょうか」
「い、いつもこんなに人が少ないんですか?」
「ええ。お恥ずかしながら。しかし今日は多い方ですよ。なんたってお二人も含めて9人もいらっしゃったのですから!」
「…………」
「あらら。完全に死んじゃったよ。だから言ったのに……ってあいだっ!?」
物理はずるいよ、物理は!
煽った俺が悪いとはいえ、何も弁慶の泣き所を蹴らなくても。
「ふん。せいぜい苦しんでなさい。でも…………まあいいわ。とりあえず冒険者ギルドの仕組みはわかったし、また今度来ればいいのよね」
うんうん。
切り替えの速さは小春の長所だと俺くんは思うよ。
「ほら、出直すわよ氷夜」
「ア、アイアイマム」
どこか不機嫌な小春に促されて俺も席を立つ。
「それじゃあ私たちはここらで失礼します」
そう言って小春がこの場を後にしようとしたその時、ギルドの入り口が勢いよく開かれた。
「邪魔するぜ」
閑散とするギルドに堂々と入って来たのは輝くような金髪のイケメンと三人の美少女たち。
可憐な少女たちを抱いたまま、ずかずかと受付の前まで来ると、金髪のイケメンこと正幸くんは懐から出した書類を乱暴に叩きつける。
「ほら、これで依頼は完了でいいだろう?」
「は、はい。もちろんです。こちらが報酬になります!」
机に置かれた金貨を数えて、囲いの一人、緑髪の女の子が不満を漏らした。
「えー? 金貨10枚? 正幸様にあんな雑用をやらせておいて10枚はひどくない?」
「すみません! ですが当ギルドの財政ではこれくらいが限度でして……」
「よせよセシリア。この世界のギルドのレベルが低いことはわかってたことだろ?」
「正幸様がいいならセシリアもいいんですけど……」
平謝りする受付のお姉さんを見かねたのか、正幸くんが注意すると、セシリアちゃんは大人しくなった。
「で、では今回の報酬はこちらでよろしいですか?」
「…………問題ない。正幸様もそう言ってる」
すっかり大人しくなったセシリアちゃんに代わって白髪の小さな女の子が金貨を受け取る。
「……正幸様の優しさに感謝するといい」
「ええ。リリーの言う通り、正幸様は寛大なお方ですからね」
リリーちゃんに同町しつつ、大人っぽい雰囲気のお姉さんが正幸くんに近づく。
……もにゅ。
「あー! マーガレットずる〜い。正幸様の左腕に抱き着くなんて! いいもん! 正幸様の右腕はセシリアのものだから!」
「…………なら正幸の胸板は私のもの」
「はぁ……これじゃあ一歩も動けないぜ。やれやれ。暑苦しいのは嫌いなんだがな」
両腕に花。
それどころか正面から美少女に抱き着かれているまである。
正幸くんも言葉とは裏腹に満足そうだ。
てか本当に嫌なら振りほどけばいい。
もしかして、これが新手のツンデレってやつかな?
べ、別に羨ましくなんてないんだからね!
なんてすっかり彼らの茶番劇に気を取られていると、隣の小春がそっと尋ねてきた。
「……ねえ氷夜。この人たちはなんなの?」
「ああ、そうだった。小春は会うのが初めてだったね。あの人は兜花正幸くん。俺たちと同じ他の世界からの転移者さ」
名前からわかるように俺らと同じ日本人である。
転移者は他にもいるが、その中でもかなりの実力者だ。
「んで正幸くんの右腕にくっついてる緑の子がセシリアちゃん。左腕を胸で挟んでるあの子がマーガレットちゃん。正面から抱き着いてる白髪の子がリリーちゃんだよ」
囲いの三人ともビジュアルはもちろん実力は折り紙付きだ。
そんな実力とビジュアルの両方を兼ね備えた正幸くんたちはこの街でもちょっとした有名人なのである。
「――誰かが噂をしていると思ったらてめえかよ」
こそこそと自分のことを話されたのが癪に障ったのか、正幸くんは絶対零度の視線を向けてきた。
「あ、どうもどうも」
「はぁ……やれやれ。気持ち悪いのは相変わらずだな。変に絡んでくるなと前に言ったよな?」
「もちろん。それは分かってますって。ただこの子がこっちに来たばっかでさ。正幸くんたちのこと紹介してたのよ」
「ほうほう。新たな転移者か」
しばらく舐めまわすようにして小春を見た後、正幸くんは口を開いた。
「……がっかりだな。まだ魔法の使い方も知らねえとは」
「っ!?」
「おい女。お前、どうせ元の世界に戻りたいんだろう? だったら俺様が迷宮で時空石を取って来るまで大人しくしておいた方がいいぜ? じゃねえと死ぬからな」
「……なんであんたにそこまで言われなきゃいけないの?」
「なんでって…………俺様は事実を述べたまでだ。魔法が使えないお前とそこの雑魚野郎じゃ迷宮を攻略するのは到底無理だからな。そもそもお前はこの街の周辺にどれだけの迷宮があるのか知ってるのか?」
「…………」
「――5つだ」
沈黙で答えた小春に正幸くんは掌を見せつけて言った。
「伝承によるとこの街の周辺には迷宮が5つあることになっている。だが現時点で見つかってるのは3つ。しかもその中のどれでも時空石は見つかってねえ。つまりは新たな迷宮が見つかるまでは時空石はお預けってことだ。時空石を手に入れたいのならこれくらいは知っておけ」
そんなことわかってますよーだ。
てか、後で俺くんが教えるつもりだったんだよ。
なんて言ってもただの負け惜しみなので黙るしかない。
すると正幸くんは何を勘違いしたのか、突飛な提案をしてきた。
「……そうだ! 俺様と一緒に来るか? そうすればてめえでも自力で迷宮を攻略した気になれるだろうよ。てめえは荷物持ちでもしておけばいい」
……言い方こそ辛辣だが正幸くんの言い分は理にかなってる。
俺と組むよりも圧倒的強者の正幸くんと組んだ方が、安全かつ効率的でもある。
正直なところ、俺には反論する材料がない。
このままだと小春は……
「……お断りするわ」
だが、俺の心配とは裏腹に春は正幸くんの申し出を断った。
「おい女。今、なんて言った?」
「あんたとは一緒に行かないって言ったのよ。聞こえてなかった?」
若干イラついた様子の正幸くんに、小春は極めて冷淡に返す。
「お前っ!? 調子に乗りやがって!」
「調子に乗ってるのはあんたでしょ!? だいたい、さっきから黙って聞いてりゃ何様なの? やけに『やれやれ。やれやれ』うるさいのよ。そんなに嫌なら最初からしなければいいじゃない?」
傲慢な正幸くんの物言いによっぽどストレスが溜まっていたのだろう。
小春の口からポップコーンのように皮肉が飛び出してくる。
「そうそう。そいつらに抱き着かれてた時のあんたの顔、傑作だったわ。人ってあんなキモイ顔できるのね。今まで氷夜が一番キモイって思ってたけど、あんたも同じくらいだわ」
「ちょ小春!」
周囲の空気が急激に冷えこんだのを察知し、慌てて小春を止めに入る。
――だが時すでに遅し。
正幸くんたちの方を恐る恐る見ると、般若のような形相でこちらを見ていた。
「お前ら、覚悟は出来てるんだろうな?」
「正幸様にあんなことを言うなんて……」
「正幸様への侮辱、許せません!」
「――正幸、こいつ殺していい?」
「ああ、あそこまで言われたからにはやるしかねえよ」
「っ!?」
――まずい。
睨まれただけでこの重圧。
周囲の魔力が俺たちに重くのしかかってきている!
魔法を使うことのできない小春では長くは持たないだろう。
俺が土下座すれば許してくれるだろうか?
――否。
そのまま殺されるのがオチだ。
こうなったら戦うしかない!
「マスターオブ……」
「――ま、ままま待ってください。ギルドの中で魔法を使われては困ります! それに転移者同士の殺し合いとなればアキト殿下が黙っていませんよ?」
「「「――っ!?」」」
受付のお姉さんの言葉を受けて、慌てて詠唱を中断する。
ふと見れば、正幸くんたちも動きを止めていた。
「ちっ。気にくわねえけど今日はここで勘弁しといてやるよ」
「いいんですか? 私なら八つ裂きにしてましたよ?」
「いいんだよマーガレット。ここは大人の対応をしようじゃねえか」
「ふ、ふん。偉そうなこと言っておいて逃げるのね?」
「ぶっはっはっは。よせよ女。ぶるってる癖にそんなこと言っても説得力はねえぜ?」
「っ……」
「さて最後に良いものも見れたし、気分も悪くない。いくぞリリー、セシリア、マーガレット」
「「はい。正幸様」」
耳障りな高笑いと共に正幸くんたちはギルドを去っていく。
俺たちはただその背中を見送ることしかできなかった。
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