第35話 メロア・クラムベール①

「デス・ボルケス!」


「デア・イグニス!」


 王国一の魔法使いと悪魔の王。

 両者の魔法が王都の上空で激突する。

 奇しくも込められた魔力は完全に互角だ。

 メロアの打ち出した神聖な炎が悪魔の漆黒の火球を包み込み、何事もなかったかのように対消滅した。


「やはりこの程度では効かぬか。ではこれはどうだ?」


 ベルゼはさらに一際大きな漆黒の火球を放つと、メロアもすぐさま炎魔法を唱えて相殺する。


「次はこいつだ!」


「――無駄だよ」


 今度もすかさずベルゼの生み出した風の弾丸を打ち落とすメロア。

 その後もベルゼが唱えた魔法を悉く打ち落としていく。


「ちっ……ならばこれはどうだ?」

 

 ただの魔法の打ち合いでは分が悪いと判断したのか、ベルゼはここに来て攻撃のボルテージを一気に上げた。

 地獄の業火、漆黒の稲妻、そして高密度の魔力を帯びた風の砲撃。

 これらの強力な魔法を数秒にも満たない時間の間に繰り出していく。

 だがメロアも負けていない。

 急速にテンポを増していくベルゼの攻撃を冷静に捌いている。

 そうして似たような攻防を100回は繰り返しただろうか。

 ついに痺れを切らしたのか、ベルゼは不愉快そうに口を開いた。


「……貴様、わざとだな? 先ほどからあえて我の魔法と同程度の魔法を出しているだろう?」


「……」


 ベルゼからの問いにメロアが答えることはない。

 だが事実としてはそうだ。

 ベルゼの闇属性を含んだ魔法に対し、メロアはそれと同レベルかつ正反対の神聖属性を含んだ魔法で相殺している。

 これは街に被害が及ばないようにとのメロアの配慮なのだが、それをメロアからの挑発と受け取ったベルゼはついに怒りを爆発させた。


「いいだろう! 貴様がそこまで意地を張るのであれば我も考えを改めるとしよう!」


 王としての余裕も傲慢不遜な態度もどこへやら。

 咆哮と共に翼を大きく展開すると、全身に刻まれていた紋様が怪しく光り出した。


「魔法陣による詠唱の簡略化……まさかそれが魔法陣だったなんてね」


 零すようなメロアの呟きにベルゼが笑みを見せる。


「くくく……気付いたところでどうにもできまい。貴様に時間は残されていないのだからな!」


 ベルゼは一呼吸の後に詠唱を完了させた。


「……デスギガ・テンプレスト」


 ズガガガッ。

 空を切り裂くような雷鳴と共に、王都の上空に無数の隕石が顕現する。

 そんなこの世の終わりのような光景を背にベルゼは勝ち誇ったように告げた。


「1つ1つが必殺の威力を誇る流星群だ! せいぜい街を救って見せろ魔法使い!」


 撃ち落そうにも生半可な魔法ではかえって被害を増やすだけだ。

 かといって撃ち落せるだけの強力な魔法を準備するにはあまりにも時間がない。

 ――数十秒後には王国ごと消し飛ぶぞ。

 などと己の勝利を確信し、ベルゼが高笑いをした次の瞬間、


「……ディスペル」


 メロアが小さく杖を振ると、そこにあったはずの隕石が


「馬鹿な。そんなことが……」


 驚きつつも、ベルゼは悪魔の王としての知見で何が起ったかを理解した。

 今のは魔法の相殺、ではなく魔法の消滅であると。

 これは相手の唱えた魔法に干渉し、発動までのプロセスと逆の手順を踏むことで魔法を消滅するという現象である。

 しかしそれはあくまでも理論上ではできるという程度の話で、到底できる人間などいないと考えられていた。

 その不可能をメロアは可能にしてみせたのだ。


「少し時間はかかったけど、あなたの使う魔法の種類も威力もだいたい理解できたよ」


「減らず愚痴をっ!?」


 抱いたのは怒りか、己の想像を超える怪物に対する畏怖か。

 ベルゼは己の感情を誤魔化すようにメロアに殴りかかる。

 だがそんな単調な攻撃がメロアに通じるわけもない。


「デアルタ・ベルシュガット」


 メロアは振り下ろされた拳をあっさりと躱すと、無防備になったベルゼの腹に6本の剣を突き刺した。


「ぬおっ!?」


 身動きが取れず苦しむベルゼにメロアは告げる。

 

「大丈夫だよ。もう楽にしてあげるから」


「き、貴様ぁ! どこまでも吾輩を……っ!」


 メロアの物言いに激昂しかけたベルゼは不自然な風の流れを感じて言葉を止めた。

 否、これは風ではない。

 一度誤解しかけてベルゼはすぐに悟る。

 まるで世界がメロアに従属しているかのように周囲の魔力がメロアに引き込まれているのだ。


「このまま我がやられるとでも……っ!?」


 メロアの準備が整う前に反撃に転じようとするベルゼだが体に突き刺さった剣の拘束から抜けない。

 そうしている間にも魔力の密度は増していき、やがてそれは臨界点を迎えた。


「――ディスレイズ」


 詠唱と同時に紫の極光がベルゼを貫いた。



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