第34話 悪魔の王
「…………ほう。生きていたか」
立ち上る炎の中から現れたのは3メートルを超えそうな巨大な悪魔だった。
大きな体躯に似合う巨大な漆黒の翼と全身に刻まれた呪術的な紋様。
背後に複数の悪魔を引き連れていることからも今までの悪魔より格が高いことが伺える。
「……並みの人間なら消し飛んでいるのだがな。ラビルの奴を倒したのは貴様らだろう?」
「そうだよ。そういうあなたは悪魔たちの親玉さんってことでいいのかな?」
メロアが悪魔からの質問に素直に答えつつも問いを返すと、その悪魔は誇らしげに名を告げる。
「いかにも! 我こそが悪魔の王・ベルゼだ」
「「っ」」
まさか……とは思わない。
状況証拠的にも半分くらい予想はついていた。
だけど、こんなに早く対面することにはなるとはね。
「どうりで佇まいが他の悪魔たちとは違う訳だわ」
「ふはは。褒めても何も出んぞ。貴様らはラビルの奴を打ち取った仇敵。となれば……死で償わせるしかあるまい」
上機嫌から一転、低い声音に代わったベルゼは殺気と共に魔力を解き放った。
「っ!?」
正対しただけでわかる圧倒的な魔力量。
向けられるプレッシャーに思わず、冷や汗が流れる。
こんなのは今まで一度だってなかったのに。
「……まずいわね」
認めたくないけど私の本能が全力で叫んでいる。
こいつと戦ってはいけないと。
「でも……それがどうしたっていうのよ」
氷夜はもっと絶望的な状況でも正幸に立ち向かっていったんだ。
私も負けてはいられない。
「――メロア、私が時間を稼ぐからあんたは腕の治癒に専念して」
「うん。小春も気を付けて」
「ええ」
私は怪我を負ったメロアを庇うように前に出つつ、ベルゼから視線を逸らさずに素早く詠唱を始める。
「ライトニングクリエイション……」
相手の出方は未知数だが、近距離は明らかにこちらが不利。
ここは何としても距離を取りつつ、時間を稼ぐ!
「バレッドス――」
手始めに一番馴染みのある魔法を唱えようとしたその時、
「――どうした? 来ないのであればこちらから行くぞ?」
目の前にいたはずの悪魔の声が隣からした。
「しまっ!?」
「――遅い」
無防備に晒された脇腹に繰り出される左フック。
咄嗟に打ち出すはずだった槍を持ち換えて拳を受け止めるも、威力を殺しきれない。
「きゃあっ!?」
私は容易く側面の壁に叩きつけられた。
「っ〜〜!?」
なんて速さ。
そしてなんて重い一撃。
受け止めた衝撃で槍が折られてしまった。
「……やってくれるわねっ」
もちろん、やられっぱなしで黙っている私ではない。
仕返しとばかりに私は折れた槍から取り出した魔力をベルゼに向かってぶっ放す。
「ライトニングバレット!」
打ちだされたそれは何の成形もしていないただの魔力の塊だ。
ベルゼには通じるわけもなく、両腕でガードされてしまうが、私は構わず魔力の塊を打ち放つ。
「ライトニングバレット! ライトニングバレット!」
何度も何度も。
メロアの前にポジションを戻しつつ、ベルゼが近づいて来れないように魔力の塊を放ち続ける。
「ちっ」
絶え間なく降り注ぐ光の弾幕が鬱陶しかったのか、ベルゼは一度後方に退いた。
その隙にメロアが私の方に駆け寄って来た。
「小春っ! 大丈夫?」
「ええ、なんとかね。あんたも腕は大丈夫なの?」
「うん。ばっちりだよ」
そう言って朗らかな笑顔で焼かれた腕を掲げるメロア。
見ればその腕はすっかり元通りになっている。
これで条件はイーブンになったと思いたいけど、
「――まだ油断しちゃだめだよ」
「わかってるわ」
二人して視線を前に戻す。
光の弾幕を浴び続けていたのにベルゼには傷一つない。
つまりはベルゼには強力な魔法以外効かないということだろう。
でもその隙をベルゼが与えてくれるとは思えない。
大技を使おうものならラビル以上の超スピードで接近されて、簡単に殺されてしまうだろう。
となればやることは1つ。
あいつの動きを封じてしまえばいい。
「――メロア」
こちらの意図を伝えるために目配せすると、メロアも同じことを考えていたのか、すぐに察してくれた。
「ん、了解だよ。小春、最後は任せるね」
「ありがとう……恩に着るわ」
私はメロアに礼を言いつつ、背中に隠すようにして密かに槍を作り出す。
「「「…………」」」
メロアを警戒してかベルゼさえも言葉を発そうとしない。
首元に剣を突き付けられているような緊張感だけが場を占めている。
そんな永遠にも思える一瞬の静寂の後、私たちは動き出した。
「バレッドスピアー!」
最初に仕掛けたのは私だった。
ベルゼとメロアが詠唱を始めるよりも早く、まずは挨拶代わりに隠し持っていた槍を投擲する。
相手は悪魔たちの王・ベルゼ。
ラビルにも通じなかったことから考えて、このままでは有効打にはならないことはわかっていた。
――だから今度は収束させた魔力を一気に拡散させるイメージで、
「シャイニングマイン!」
ベルゼに着弾する直前、私は光の槍を爆発させた。
「小癪なっ!」
咄嗟に腕をクロスして爆風をガードするベルゼ。
有効打にはならないまでも、これで奴のガードを上げさせた。
無謀に晒したベルゼの腹にメロアの魔法が炸裂する。
「デア・ベルシュガット!」
「ぬおっ!?」
背後から現れた剣が悪魔の腹を突き破り、ベルゼを地面に縫い付けた。
「今だよっ小春!」
「ええ、任せなさい!」
二人で生み出した千載一遇の好機を逃すわけにはいかない。
メロアのお膳立てに報いるべく、私は己の幻想の名を叫ぶ。
「ライトニングクリエイション……」
唱えるのはもちろん私の最強の魔法。
魔力から生み出した光の柱を宙に並べていく。
でも前と同じでは駄目だ。
それでは足りない。
骸骨竜の時よりも重く、強く、そしてスピーディに!
「デスパレイドレイン!」
詠唱と同時に100を超える光の柱を一気に掃射する。
「ぐおおおっ!?」
鈍い悲鳴と共にベルゼは土埃の中に埋もれていった。
「はぁはぁ…………ざまあみなさい」
私の全ての魔力を込めたデスパレイドレインだ。
悪魔の王だろうが無事で済むわけが…………
「…………今のは危なかったぞ」
「嘘っ!?」
効いてない!?
そんなことありえるの?
混乱する私の脳内とは裏腹にベルゼはそこに立っている。
「一体どうやって……」
その事実を受け止めきれないでいた私はメロアが吐き捨てた言葉で我に返った。
「…………自分の家臣たちを盾にするなんて最低の王様だね」
「っ!?」
慌ててベルゼの周囲を見渡すと、背後にいた部下が全員いなくなっていた。
「ほう。よく気付いたな。悪魔の魂を贄とした防御魔法だ。まさか下僕の魂を全て使うことになるとは思ってもみなかったぞ」
自分の部下を犠牲にしたことを悪びれずに語るベルゼ。
だがそうしていたのもつかの間、何かに気付いたのか不意に声を漏らした。
「……しかし先ほどの件といい、貴様は随分と察しが良いな。もしや貴様のその目に秘密があるのか?」
「…………」
ベルゼの言葉にもメロアは無視で答える。
すると、そんなメロアの塩対応が逆に気に入ったのか、ベルゼは大きく腹を抱えて笑い出した。
「くくく…………なんとも業腹な女よ! いいだろう! 久しぶりに我が本気で相手をしてやる」
そう言って腹に突き刺さった剣をようやく引き抜くと、ベルゼは上空を指さしてメロアに提案する。
「我についてこい。地上では周囲を気にしてやりづらかろう? どうせもう何もできないだろうが、豪華な技を見せて貰った例だ。横の女も来たければ来ても構わんぞ?」
「な、舐めんじゃないわよ。私はまだ……」
「――小春、ここはメロアに任せてくれないかな?」
戦えると言いかけたその時、メロアが私の前に割って入った。
「え? な、何言ってるのよ? 私、足手まといにはならないわよ!」
思わず動揺する私にメロアは申し訳なさそうに告げる。
「うん、わかってるよ…………でも小春はさっきので結構魔力を消費しちゃったよね? 頑張ってくれてたから今は休んでてほしいんだ」
「っ……」
……確かにメロアの言う通りだ。
完全に勝負を決める気で魔力を大量に消費してしまったせいで、しばらくは大技を撃てそうにない。
こんな状態ではメロアの役には立てないだろう。
それこそ私に気を取られた隙にメロアが……なんてことになったら洒落にならない。
「……わかった。あいつの相手はあんたに任せるわね。私はここで大人しく見ておくわ」
「うん、ありがとう。それじゃあ行ってくるね」
「ええ…………無茶だけはするんじゃないわよ」
別れ際、餞別の代わりにメロアにエールを送ると、
「大丈夫だよ。メロア負けないから」
メロアは飛翔魔法でベルゼのところへ飛んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます