第33話 悪魔襲来

 目指すはこの街最大の繁華街にある大通り。

 裏路地を抜けて戦闘音が響く方へと足を踏み出すと、事態はさらに悪化していた。


「っ!?」


 辺りに連なる一部が欠損した建物。

 いくつかの建物は完全に倒壊してしまっており、戦闘の激しさを物語っている。

 メロアが見た光景では怪我人がいたはずだが、ここからでは確認できない。

 既に避難しているのだろうかと思案していると、


「小春さん! メロアさん!」


「ジャック!」


 大通りの方からジャックが人を担いで走って来た。


「どうしたの? 一体何があったのよ!?」


「それが……俺にもよく分からないんす。俺が駆けつけた時には既に恵さんが魔物たちと戦ってて、それで俺は恵さんから住民の避難誘導を頼まれたんですど…………」


 そこまで言ってジャックは背中に担いだ人を見る。


「この方は自力で避難するのはもちろん、傷が深いせいで転移魔法で逃がすこともできなくて」


「つまりこの人の傷を治して城まで送ってあげればいいんだね?」


「はいっす! この方で最後なんでそれさえ終われば住人の避難も完了っす」


「わかった。じゃあさっそく治しちゃおっか。小春は先に行ってて」


「了解よ。メロア、また後でね」


 一時的にメロアに別れを告げて私は単独で大通りにある大広場と向かう。

 そこでは案の定、恵が魔物の集団に囲まれていて、


「行くわよっ!」


 後輩の危機を察して私は本能的に詠唱を開始した。


「ライトニングクリエイション…………」


 繰り出すのは兜花に奪われて以来、使ってこなかった私の十八番。

 氷夜が兜花を倒してくれたおかげで使えるようにはなったけど、実戦で使うのは久しぶりになる。

 上手くやれるかしら?


「っ!?」


 何考えてんのよ私は。

 やれるかじゃない……やるのよ! 


「バレットスピアー!」


 走る勢いそのままに光の槍をぶっ放す。

 放たれた槍は綺麗に恵を避けて周囲の魔物たちだけを吹き飛ばした。


「間一髪だったわね恵」


 地面に膝をつく彼女に颯爽と手を差し伸べる。

 恵は私の手を取って立ち上がった。


「ありがとうございます鈴崎先輩。おかげで助かりました」


「何言ってんのよ。後輩を助けるのは先輩の務めでしょ?」


 当然のことをしたまでだ。

 御礼を言われるほどのことではない。

 今はそれよりもやることがある。


「まだいるのはわかってるのよ。さっさと出てきなさい!」


 虚空に向かってそう叫ぶと、近くの建物の上から笑い声が降ってきた。


「ふぉっふぉっふぉ。よく気が付きましたね」


「当たり前でしょ。誰だって気が付くわよ」


 固有魔法が戦闘向きではないとはいえ、曲がりなりにも恵は転移者である。

 バレッドスピアーで簡単に終わるような連中に苦戦するはずがない。


「ほら、もうバレてるんだからさっさと姿を見せたらどうなの?」


 まぁ、出てこなくても見つけ出して倒すだけなんだけど…………


「――こんにちは」


「っ!?」


 背後から声がして咄嗟に振り向く。

 するとそこには漆黒の翼が生えた異形の怪人が立っていた。


「おっと驚かせちゃいましたかね。これは失礼」


 詫びる怪人の頭部には羊の角。

 全身は黒い体毛に覆われており、臀部からは先端がフォークのように別れた尻尾が生えている。

 この感じからしてこいつは…………


「あ、悪魔っ!?」


「ええ、いかにも」 


 にやりと笑うと異形の怪人はわざとらしくお辞儀をしてみせた。


「あっしは偉大なる悪魔の王ベルゼ様の忠実なる下僕の一人、名をラビルと申します。ベルゼ様の命によりこの国を滅ぼしに参りました」


「へぇ…………随分と親切に事情を語ってくれるのね」


「これでも紳士ですので。淑女レディには優しくしませんと」


 妙にぎざったらしいセリフをラビルが吐く中、恵がそっと耳打ちをしてくる。


「気をつけてください。彼の実力は先ほどの魔物の比ではありません。それにどうやら他の世界から召喚されているみたいです」


「…………どういうこと?」


「私もどうしてそうなっているのかわからないんですが、コレクターズアイにはそのように表示されています。とにかく気を付けてください」


「ええ。わかったわ」


 この世界の住人じゃないってのは少し気になるけど、倒してしまえば問題はないはずよ。


「待たせたわね」


 私はラビルの方に向き直って言った。


「さっそくで悪いけどこのまま出て行ってくれないかしら? 紳士なら私の言う事も聞いてくれるわよね?」

 

「ふむ、困りましたねぇ。淑女レディのお願いなら叶えてあげたいのですが……私めはベルゼ様に忠誠を誓った身。主の命に背くことは…………」


「――じゃあ遠慮はいらないわねっ!」


 交渉したくらいでラビルが引かないことはわかっていた。

 私は悪魔の言葉が終わるよりも早く、事前に溜めていた魔力を解放する。


「バレッドスピアー!」


 至近距離から光の槍を悪魔の左肩に目掛けて突き立てる。

 少なくはない被害が出てるんだ。

 こいつにかけている時間はない。

 すぐに無力化する!


「はぁっ!」


 至近距離から放たれた光がラビルに迫り、


「せっかちはいけませんよ?」


「っ!?」


 慌てて振った槍は空を切る。

 どこに行ったのかとあたりを見渡すと、ラビルは街灯の上に立っていた。


「言い忘れていましたね。我が異名は俊足。亀のように遅い攻撃では傷一つつけることはできません」


「じゃあこれはどう? ツインバレッドスピアー!」


 今度は光槍を連続して打ち出す。

 だが当たらない。


「いけないですねぇ。あまり暴れられては街が壊れてしまいますよ?」


「そんなの言われなくたってわかってんのよ! あんたが大人しくやられれば済む話でしょ!」


「やれやれ困ったお嬢さんだ。しかしそれでは…………」


「――デア・イグナージョ」


 私の態度に肩をすくめたその刹那、突如として現れた業火がラビルの右腕を消し飛ばした。


「ぐおおおおっ!?」


 さっきまでの余裕はどこにいったのか。

 苦悶の表情を浮かべて大きく後退するラビル。

 業火を放った当の本人であるメロアはその隙を逃さず、すぐさま詠唱を始める。

 

「デア・ボルデスタ!」


 つんざく雷鳴。

 雷神の振り下ろす斧のような一撃が悪魔の頭上から降り注ぐ。


「っ…………ぐおおおおっ!」


 身を捻って躱そうとしたラビルであったが、避けきれずに雷撃をもろに浴びて地面に膝をついた。


「く…………くくく。この国には厄介な魔法使いがいると聞いていましたが、まさかあなたのことだったとは。可愛い顔をしているのでついつい油断してしまいました」


「悪魔に褒められてもメロアは嬉しくないかな」


 ラビルの戯言をメロアは冷淡に切り捨てる。

 その表情にはいつもの朗らかな彼女の面影はない。


「…………デア・ボルテスタ」


 再びメロアが容赦なく雷撃を振り落とすと、


「ぐおおおっ!?」


 ラビルは黒焦げになって地面に倒れ込んだ。

 

「もはや…………これまでか」


 既に限界が来ているのだろう。

 ラビルの体は次第に綺麗な光となって消えていく。

 なんてことない侵略者の当然の末路。

 だと言えばその通りなのだけど、私はなんだか無性に言葉をかけてやりたくなって、


「次は……こんなことじゃなくて観光で来なさいよね」


「ふふっ面白いお嬢さんだ」


 最後にそう言葉を返してラビルは完全に消滅した。


「…………駄目ね」


 話が通じる相手だとどうしても分かり合う道はなかったのかと考えてしまう。

 言語化できない後味の悪さから、少しセンチな気持ちになっていると、不意に肩を叩かれた。


「もう……駄目だよ小春。完全に油断してたでしょ?」


「え?」


「上級の悪魔は死ぬ直前まで魔法を行使できるの。下手したら小春も道連れにされてたかもしれないよ。それにまだ悪魔の残党がいるかもしれないし……」

 

「ご、ごめん」


 メロアの言う通りだ。

 感傷に浸ってる場合ではなかった。

 深く頭を下げる私にメロアは優しい声音で言う。


「謝らなくて大丈夫だよ。次から気をつけてね」


「ええ」


 ……もう油断はしないわ。

 なんて頬っぺたを叩いて気を引き締めたその時、遠くの方で爆発音がした。


「何事っ!」


 慌てて視線を上げると東地区の方から煙が上がっている。

 やはりまだ残党がいたということだろうか。

 それにしては何かが引っかかる気が…………


「ってちょっと待って。あっちの方角って」


「孤児院のある方ですね」


「やっぱりっ!?」


 まずい。

 アシュリンが氷夜のお守りをしている今、子どもたちの面倒を見ているのはネイロさんだけだ。

 ネイロさんがどれだけ強いかは知らないけど、例え凄く強かったとしても子どもたちを守りながらだと話は違う訳で、


「早く助けに……」


「――そちらは私に任せてください」


「っ!?」


 不意に聞き覚えのある声がして立ち止る。

 視線を下げると、私の肩にぬめっとした物体が纏わりついていた。


「ひゃああ!? どうしてここにムチャ様の触手が!?」


 びっくりして思わず叫んだ私にアシュリンが答える。


「今、ムチャ様の触手を介して小春様にだけ伝わるように話しかけています。これは緊急事態用の処置なのであまり長くは持ちません。心して聞いてください」


「ええ、わかったわ」


 告げるアシュリンの雰囲気はいつになく真剣だ。

 私は大人しくアシュリンの言葉を待った。


「先ほどネイロから孤児院が悪魔に襲撃されていると緊急の連絡を受けました。現在、私は急いで孤児院へと向かっています」


「じゃあ氷夜は今……」


「はい。一応結界を張ってはいますが、氷夜様を屋敷に置いてきました。謝罪で済む問題ではないことは重々承知していますがそれでも……」


 アシュリンの言葉の続きを察して、私は口を挟む。


「ちょっと謝らないでよ。あんたは子供たちを守ろうとしたんでしょ?」


「ですが………」


「きっと氷夜だって同じことを言うわよ。『あるかもわからない俺くんのピンチよりも子どもたちの方を助けに行ってくれ』ってね」


「…………小春様」


「ともかくそういう訳だから、あんたはちゃちゃっと子どもたちを救ってきなさいよね。氷夜のことなら私たちに任せなさい」


 アシュリンが屋敷を離れたのなら私たちが急いで戻って氷夜を守ってればいいだけの話だ。 

 

「だいたい氷夜のことを気遣って謝るなんてあんたらしくないわ。あんたはもっと余裕ぶってればいいのよ」


 なんて冗談めかして言うと、アシュリンは小さく笑った。


「ふふっ…………そうでしたね。それでは私はヒーローになって来るとします。小春様もご武運を」


 その言葉を最後にムチャ様の触手は消滅し、アシュリンの声は聞こえなくなった。

 すると背後で一部始終を見ていたメロアが声をかけてくる。


「小春、今のは誰から?」


「アシュリンからよ。子どもたちを助けに向かったって」


「そっか。じゃあ私たちも急いで戻らないとね」


「ええ」

 

 氷夜を守っているのはアシュリンの張った結界のみ。

 ムチャ様という神の存在から考えて、おそらく結界の強度は相当のものなんだろうけど、ラビルのような悪魔が出現している以上、安全とは言い切れない。


「ごめん恵、悪いけど私とメロアは大事な用があるから急いでこの場を離れるわ。あんたは安全なところに避難してて」


「……わかりました。お二人も気を付けてくださいね」


 私の意図することを察したのか寂しそうな表情を浮かべると、恵はすぐに飛行魔法エアスランでどこかへと飛んで行ってしまった。


「…………気を遣わせちゃったわね」


「大丈夫だよ。全部終わったら事情を説明してあげよ?」


「そうね。あんたの言う通りだわ」


 その時は氷夜にも一緒に説明させよう。

 きっとそれがいい。

 そうすればあの馬鹿もどれだけの人が心配してたか、わかるだろうから。


「小春、手を」


「ええ」


 私は転移魔法を起動しようとするメロアの手を取る。

 迷宮攻略の日以来の転移魔法。

 つい最近のことだと言うのになんだか随分と昔のことのように感じる。

 そう。

 思えばあの日、氷夜は…………


「小春危ない!」


 物思いに耽っていたのもつかの間、唐突にメロアに突き飛ばされる。


「え?」


 声を漏らした次の瞬間、漆黒の火球が私が立っていた場所に降り注いだ。


「っ!?」


 着弾と同時に爆ぜる火球。

 爆発と共にそこに込められていた膨大な魔力が溢れ出し、大きな炎柱を作り上げる。

 その衝撃を食らってメロアは大きく吹き飛ばされた。


「メロアっ!?」


 慌てて駆け寄ると、メロアは右腕を抑えてその場にうずくまっていた。


「だい…………じょうぶだよ。ちょっと抑えきれなかっただけ」


 何でもないとばかりに手を振ってみせるメロア。

 実際はどうかと言うと、彼女の自慢の魔女服の袖は完全に燃え尽きていて、肌は若干焼け爛れている。

 確かにあれだけの魔法をもろに食らったにしては被害は少ない。

 おそらくは私を突き飛ばしてから着弾までの僅かな時間で防御系の魔法を展開してダメージを軽減させたのだろう。

 逆に言えばそうしなければ今頃メロアはやられていたということだ。


「気を付けて小春。今度の相手はさっきの悪魔とは比較にならないから」


 魔法で右腕を治しながらメロアは元居た場所を見据える。

 私もつられてそこへ視線をやると、炎の柱の中から大量の従者を引き連れた悪魔が現れた。




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