第13話 デートwithゴースト

「――でその迷宮とやらに来たわけだけど……なんで迷宮がお化け屋敷になってるのよ!?」


「何か問題でも?」


 したり顔で答えると、小春はヒステリックに叫ぶ。


「大有りよ! 迷宮って言ったら普通は命がけで財宝を掴み取る神秘と冒険の象徴でしょ? それがどうして家族連れで楽しめるような良い感じの施設になってるわけ?」


「まぁ普通はそうだよね。一応言うと……この迷宮も昔はそうだったんだよ」


 迷宮・クラッシュベルト。

 通称は第一の迷宮。

 王都グランツブルグの大通りの一画に位置するこの迷宮の歴史は古く、ちょうど今から500年前、歴代屈指の賢王とされたコスモニア王の治世にまで遡る。


 当時、街中に街中に突如として迷宮が現れたとあってそれはもう大騒ぎになったらしい。

 事態を重く見たコスモニア王の鶴の一声で、国中からあらゆる英傑が集められ、迷宮を攻略。街中にある迷宮ということで何徹底的に調べ上げられたことで迷宮は完全に丸裸となり、迷宮としての性質をほとんど喪失してしまったそうだ。


 それからは街の観光名所として機能していたのだが、10年ほどの前に当時の王の提案でお化け屋敷型テーマパークとして生まれ変わったんだとか。


「何か釈然としないわね」


「でも意外と悪くないっしょ?」


「ええ。まさか異世界に来てまでお化け屋敷に入ることになるとは思っても見なかったけど中々クオリティは高いわ。特に出てくるお化けの迫力と言ったら……まるで本物だわ」


「そりゃそうだよ。本物のゴーストなんだし」


「え?」


「仮にも元は迷宮。本物のゴーストくらい出るよ」


「氷夜! そういう大事なことは早く言いなさいよね!? 危うく払いのけようとして触れちゃうところだったわよ!?」


「心配しなくても大丈夫だって。子どもでも倒せるような強さのゴーストしか出ないんで。物理攻撃は効かないけどゲームよろしく聖水でも振りかければイチコロさ」


「そ、そう。だったら安心……とは言えない気がするんですけど」


「まぁ……この世界の基準だと安心ってことなんだと思うよ」


「先輩方っ! 話はそこまでです! そろそろ退治しないとゴーストたちが襲ってきますよ?」


「おっとと。そうだった。全く……せっかちは嫌われるだけなのに」


 俺はやれやれと肩をすくめてからゴーストたちに向き直った。

 敵は2体。

 この数なら俺でもどうにか出来る。


「よっと」


 受付で貰った聖水を懐から取り出し、ゴーストたちに向かって振りまくと彼らは静かに浄化されていった。


「ほら案外簡単に倒せるっしょ?」


「はぁ……そういう問題じゃないのよ。言っておくけど私は別に怖がってない。ただ本物の幽霊が相手なら警戒せざるを得ないってだけで……」


「またまたぁ〜小春ってば強がらなくてもいいのに。いざとなれば俺くんが守るからさ。俺くんはお化けとか全く怖くないし?」


「はいはい。どうしようもなくなった時はあんたに頼るわ。ところで氷夜。あんたの後ろになんかいるみたいだけど?」


「だからそういうのは効かないって…………」


 振り返るとそこにはゴーストが、


「ってひいいやあああああ!」


 怖い怖い怖い!

半狂乱になりながら聖水を辺り一面に振りまきまくると、ゴーストたちは消滅していった。

 とそんな一部始終を見ていた二人が呆れたように溜息を吐く。


「…………高白先輩」


「……あんたって本当に恰好が付かないわよね」


「余計なお世話だい!」


 それからというと俺たちは全力でデートを満喫した。

 お化け屋敷にもう一回入ったり、近くにあった射的屋で遊んだり。


「完成された孤高の所業マスターオブディード!」


 景品を打ち落とすためにわざわざ固有魔法を使って弾を正確に誘導した際には、


「…………最低ね」


「……………そこまでしますか?」


 二人からゴミを見るかのような視線を向けられたりした。

 もちろん明日の準備だって欠かせない。

 雑貨屋でロープや手袋、その他迷宮探索に必要な物一式を買いそろえた。

 そうして散々遊び、気付いた頃にはすっかり日が暮れていたのだった。


「では皆さん、私はここで失礼しますね」


「ええ。今日はありがとね。あんたがいてくれて助かったわ」


「はい! 私もご一緒出来て楽しかったです。高白先輩、鈴崎先輩をちゃんと送ってあげてくださいね?」


「え? ちょ!」


 最後にとんでもない爆弾を落として、恵ちゃんは来た道を引き返して行った。


「――行くわよ氷夜」


「あ、うん」


 小春は何も気にしてないのだろうか。

 ふと疑問が浮かんだが、考える暇はない。

 カトレアさんの宿までの少しの間、俺は小春と連れ添って歩く。


「ねえ氷夜、あんたはこの世界が好き?」


「どうしたんだよ。藪からスティックに」


「……別にただ気になっただけよ。それでどうなの?」


「まぁ……それなりには気に入ってるよ」


 この世界に来てから早一年。

 彼女もチートもないけど、なんだかんだ安定した生活を送れるようにはなってきたからな。


「そう。実は私も結構気に入ってるんだ」


 ……へぇ。


「意外だな。てっきり一刻も早くおさらばしたいのかと思ってたよ」


「確かに初めの頃はさっさと日本に帰りたかったわ。でもこっちで過ごしている内に少しずつだけど愛着が湧いてきちゃったのよ」


「だから迷宮の攻略をわざわざ明日に早めたのか」


「そうよ。好きになればなるほど別れがつらくなる……なんてふざけた理由でね」


 まるで小学生みたいだわと、らしくもない自嘲をする小春。

 そんな小春が見ていられなくて、俺はついつい余計なことを口走ってしまう。


「だ、大丈夫だって! 今生の別れってわけじゃないんだよ。時空石さえ手に入ればいつでも向こうとこっちを往来できるようになるんだし……」


「そもそもその時空石が手に入れられるかで不安になってるんですけど?」


「あっ!?」


 しまった。

 よりにもよって地雷を踏み抜いてどうする!?


「いや、えっと…………違くて、そういうつもりじゃ……」


 必死に誤魔化そうとするが、俺のちっぽけな脳みそでは解決策を生み出せない。

 何もできないまま、ごにょごにょと言葉にもならない言葉を捻り出していると、小春はどっと笑いだした。


「ふ、ふふふふふ……ふふふ、あっはははは! 何よそれ。慰めるのが下手くそにも程があるわよっ!?」


「…………笑いすぎだよ」


「ごめんごめん。なんかあんたを見てたらどうでも良くなってきたわ。ありがと。おかげで緊張もほぐれたわ」


「は?」


 イミガワカラナイ。

 アリガトウ?

 ナンデ?


 俺はむしろ小春の不安を煽っただけだ。

 なのにどうして小春は俺に感謝するんだ?

 アリエナイ、アッテハナラナイ。

 …………気色が悪い。


「氷夜、氷夜!」


「あ、ああ」


 変な考えごとをしていたせいか、カトレアおばさんの宿に着いていることに気付いていなかった。


「もうちゃんとしなさいよね」


「ごめん」


「はぁ……私の見送りはここまででいいから、今日は早く寝て明日に備えなさい」


 お母さんみたいなことを言ってから、小春は宿の中へ消えていく。


「……わかってるよ」


 その後ろ姿を見ながら俺は大きく溜息を吐いた。


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