第14話 出発の朝、意外な出会い

 僕は優しい人間になりたかった。

 優しくない僕に価値なんてないから。

 だからどんな理不尽だって耐えた。

 耐えて、耐えて、耐えて、耐えて耐えて耐えて?

 

「もう耐えられないよ!」


 痛いよ。苦しいよ。

 辛いよ。

 なんで俺が耐えなきゃいけないんだよ?


「みんな平気な顔して俺を傷つける。やめてって言っても聞いてくれない!」


 俺はただ優しくなりたかった。

 だって優しくない俺に価値なんてない。

 優しくなければ、誰も俺を必要としてくれない。

 だから優しくなった。

 なのに人はどんどん離れていく。

 皆は俺を嫌いになっていく。

 だったらいっそ、


「全部、否定しちゃえば?」


***



「…………またかよ」


 おかしな夢を見るのにもいい加減慣れてきた。

 考えてる時間がもったいないので俺は即座に思考を切り替える。

 なんたって今日はいよいよ迷宮に乗り込む日だ。


「……完璧だな」


 いつも通りの服装に着替え、俺は部屋を出た。





***



 王都の中心に位置するヴァイスオール城。

 そのまた中心部にあるのが王座の間だ。


「失礼します」


 玉座の間へと繋がる大扉をゆっくりと開けると、みんなが俺を待ち受けていた。


「遅いわよ氷夜」


「ごみんごみん。これでも早く来たつもりだったんだけどな」


 小春の冷たい視線を躱しながら、俺は皆の下へ駆けつける。

 全員が揃ったのを確認すると、アキトくんは話を始めた。


「三人を迷宮へと転送する前に俺から二つほど話がある。まずは迷宮内で発見したアイテムの取り扱いについてだが、持ち帰ったアイテムについては全て報告して俺に提出してくれ」


「そのまま自分の物に……ってわけにはいかないのね」


「ああ、万が一他の世界に持ち出されると困るからな。もちろん提出したアイテムに見合った報酬を出す予定だ。報酬に不満があればある程度は相談に乗ろう。ただし、もし仮に迷宮のアイテムを申告せずに隠し持っていた場合には、我が国の法律に則って厳格に処罰することになる。必ず提出してくれ」


「わかったわ。時空石も同じ扱いでいいのよね?」


「ああ、そうしてくれ……氷夜もわかってるな?」


 ……えええっ!? なんで俺くんを見るんですか!?


「いやいや、ネコババなんかしないって。てかアキトくんに嘘が通用するとも思えないし」


「……悪い、冗談だ。お前にそんな度胸がないことは俺が一番知っているとも。さて話を戻して、最後に俺からのアドバイスだ」


 先程の表情から一転、アキトくんはいつになく真剣な眼差しで言った。


「迷宮の中は危険が待ち受けている。どんな強者とて油断は出来ない。必要とあれば撤退も視野に入れるように。そして心してかかってくれ」


「「「了解!」」」


 さすがは現役の王様。

 一連の流れが勇者を送り出すイベントのようにも思えて、俄然気持ちが引き締まる。

 ――と。


「……アキト殿下、からもよろしいでしょうか」


「ああ、構わない」


「では失礼します」


 メロアちゃんは断りを入れてからアキトくんの前を横切り、俺の前にやって来た。


「メロアからはひよよんにプレゼント。小春と恵がいるから大丈夫だとは思うけど万が一のこともあると思うの。だから……」


「これって?」


「緊急用の転移魔法が込められた水晶だよ。何かあったらそれを使って迷宮から脱出して。それを使うと私に通知が行くようになってるの。私はもう一つの迷宮の調査の準備をしてるから駆けつけられないかもしれないけど、必ず誰かを助けに向かわせるから」


「ありがとメロアちゃん。大事に使わせてもらいまっせ」


 受け取った水晶をポケットに入れると、メロアちゃんはアキトくんの下へ戻っていった。


「もういいのか?」


「はい。渡したい物は渡せました」


「そうか。では迷宮に送り出すとしよう。全員、準備はいいな」


「ええ」


「もちのろん!」


「私も大丈夫です」


 全員が返事を返すと、メロアちゃんが魔法陣を描き出す。


「三人とも無事で帰って来てね」


 優し気な紫の魔眼が光った次の瞬間、視界がぐにゃりとねじ曲がった。



***


「っと」


 気が付くと開けた場所に着いていた。

 辺りに広がる荒野とは対照的に生い茂る草花。

 そして風情を感じさせる謎の建造物が一つ。

 話を聞くところによるとここがこれほどまでに緑化したのは謎の建造物が確認されてからのことらしい。

 状況証拠的に考えて迷宮はあれで間違いないだろう。


「……さて行こうか」


「ええ」


 浮つきそうになる心を静めつつ、迷宮の中へと足を踏み入れようとしたその時、


「あっ……」


「ちっ……」


 偶然にもその場に居合わせた正幸くんと目があった。


「き、奇遇だね正幸くん。それに皆も。今日はどうしてここにいるのさ?」


「見りゃわかんだろ。お前ら同様に俺様たちも迷宮の攻略に来たんだよ」


「へぇ……あんたたちもね」


「おっと誰かと思えば俺様の魔力にブルってたクソザコじゃねえか。大人しく街中に引っ込んでなくていいのか?」


「そういうあんたこそ。魔法を覚えたばっかりの私に負けて後悔しても知らないわよ?」


「ほう、言うじゃねえか。いいぜ。やってみろよ」


 不穏な空気を感じ取って、俺はすかさず二人の間に入る。


「まぁまぁ二人とも落ち着いて! こうして出会ったのも何かの縁だしさ。いがみ合ってないで協力して行こうよ」


「高白先輩の言う通りです。ここで争っても無駄に体力を使うだけですよ。皆さんもそう思いませんか?」


「「…………」」


 俺の言葉はともかく、恵ちゃんの言葉には一聴の価値があると思ったのだろう。

 ここに来て正幸くんたちの態度が少し柔らかくなる。


「……正幸。他の二人はともかく恵は信用できる」


ハーレムの一人、リリーちゃんがそう促すと、正幸くんはがしがしと頭を掻いた。


「はぁ……仕方ねえ。確かにそいつの力は役に立つからな。癪だがお前らと手を組んでやるよ」


「よっし! ありがとう正幸くん!」


「はぁ? ちょっと何言ってんのよ。私は別に……むぐっ」


「こ、小春も賛成だってさ」


 危ない危ない。

 せっかく纏まりかけた話が台無しになるところだった。

 俺が小春の口を塞いでいる間に恵ちゃんが正幸くんたちの視線を逸らす。


「さ、さぁ。時間ももったないですし皆さん行きましょう!」


「おー!」


 こうして俺たちは迷宮の攻略に乗り出したのだった。

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