第12話 知らせは突然に

「ふぁ〜もう朝か」


 暖かな日差しを浴びて、ベッドから起き上がる。

 昨日は柄にもなく過去のことを思いだしたせいか、全然眠れなかった。

 一体、俺くんはどうしてしまったのだろうか。

 自他ともに認める中二病患者の氷夜くんと言えど、昔を思い出しただけで鬱になるような性格はしてなかったはずなのに。


「って考えてもしょうがないよな」


 氷夜くんの十八番の一つ。

 難しいことに直面したらまず逃げるだ。

 どうせ考えたって答えは出ない。


「よっし」


 気分を切り替えるべく、いつもの用意を始めると、机に置かれた水晶が光り出した。


「ん? 珍しいな」


 こいつは城から支給された連絡用の水晶で、魔力を流し込むと念話が可能となる電話のような存在だ。

 とはいえアキトくんから休みを貰ってるから仕事用の連絡は来ないはずなんだけどな。

 疑問に思いつつも水晶に魔力を流し込むと、メロアちゃんの声が聞こえてきた。


「おっはよ〜う! ひよよん朝ごはんまだ?」


「……メロアちゃんは朝から元気だね。俺くんはまだ食べてないよ」


「そっかそっか。なんとね、今日はお城の一日三食限定のスイーツが食べられることになったの♪ マーカスが昨日頑張った私たちへのご褒美に用意しといてくれたんだって。ひよよんも来るよね?」


「もちろん行くよ」


「良かった♪ 小春も誘ってあるから心配しないでね」


「…………まぁ、そうでしょうね」


 てか小春をハブって俺たちだけが限定スイーツにありつくなんて筋が通らなすぎる。


「……何をどう心配するって言うのさ?」


「ほら幼馴染の二人には積もる話もあると思うんだ。やっぱりひよよんも小春と一緒にいたいでしょ?」


「はぁ…………」


 全くメロアちゃんってば、ちっともわかってない。


「この際だから言っておくけど俺と小春は何も……」


「ああっ! もうこんな時間!? ごめんねひよよん。先に行ってるね」


「あ、ちょ」


 反論するよりも前に念話を切られてしまった。


「くそ……メロアちゃんめ」


 幼馴染という関係性に憧れているのはわかるけど、

 誰かの恋愛関係をすぐに共有したがる中学生じゃあるまいし、もう少しそういうのは控えてほしい。


「まぁ……俺くんもメロアちゃんのことをからかったりしてるから人のことは言えないんだけどさ」


 たぶん俺はやりすぎてしまったのだろう。

 これからはメロアちゃんをからかうのは控えめにしようか。

 心の中でそう誓って、俺はドアに手をかけた。


********************


 ヴァイスオール城にはいくつかの食堂がある。

 その中でも特に有名なのが大食堂。

 大食堂は城の西側、調理場が隣接する場所に位置しており、収容人数は驚異の300人。

 王国騎士団が丸々収用できる程の大きさを持つ、名実ともに王国一の食堂である。

 しかしまぁ俺たち三人が食事をするためだけにそんな馬鹿広い空間を使う必要はないわけで、

 俺たちの今日の会場はそんな大食堂の隣にひっそりと設けられた応接間であった。


「おう。よく来たな」


 俺たちが席に着くと、奥の方から我らが城の総料理長が現れた。


「俺はマーカス。この城の総料理長を任されてる男だ。お前さんが新しくこっちに来た転移者か」


「は、初めまして」


「おうおう。そんなかしこまらないでくれよ。今日は昨日のお礼をしたくて呼んだんだ。無礼講って奴で頼むぜ」


「は、はい!」


 料理人にしてはごつい見た目のマーカスさんに気圧されているのか、小春は緊張しているようだ。


「よし。腹も減ってるだろうしさっさと飯にするか。お前ら、あれを持ってきてくれ!」


「「かしこまりました」」


 マーカスさんが大声で呼びかけに応じ、奥から複数のメイドさんたちが料理を運んできた。

 今日の献立は茶碗一杯の白米、味噌汁、野菜の浅漬け、それから魚の塩焼き。

 そして本日のメインとも言うべき一日三食限定のデザートのわらび餅。

 いかにも和風の朝食といった感じだ。


「ささっ冷めないうちに食っちまってくれ」


「んじゃお言葉に甘えて。いただきま……」


「ちょ、ちょっと待って! なんであんたは平然とこの現実を受け入れてるのよ!?」


「なんでっていつものことだし……」


「もしかして嫌だったか?」


 マーカスさんが不安そうな顔をすると、小春は慌てて否定する。


「い、いえ、そうじゃないんです! ただ私の世界の献立がこっちの世界にあるのが信じられなくて……」


「はっはっは! そういうことか!」


 確かに氷夜も最初は驚いてたなと笑い飛ばすマーカスさん。


「我らズィルバークは異世界との交流を持つ大王国。あるのは魔法や化学だけじゃない! 食材だって全ての世界の物を取り揃えてるぜ」


「じゃあこれって……」


「ああ、和食ってやつだ。お前さん、氷夜と同じところから来たんだろ? やっぱり故郷のメシに勝るものはないよな。総料理長として味は保証するぜ?」


「そう……ですよね。いただきます」


 マーカスさんの言葉に動かされたのか、はたまた単にお腹が空いたのか、

 小春はようやく目の前の料理に手をつけた。


「美味しい!」


「だろ?」


「はい!」


 返事の良さそのままに白米をかきこんでいく小春。

 続けて俺も白米を口に放り込む。


 ……うん、うまい。それでいて懐かしい。

 味付けから食材まで細部に至るまで完全に再現している。

 デザートのわらび餅だってそうだ。

 スーパーで一般的に売られているタイプではなく、本わらび粉をふんだんに使用した本物のわらび餅。

 粘り気は強いが、口に入れるとすぐにとろけてしまう。

 上品な甘さとわらびの風味がマッチしていてあっさりと食べられてしまう。

 久しぶりの故郷の味に箸が止まらず、気づけば完食していた。


「あっという間だったな。足りたか?」


「朝食としては十分すぎるくらいですよ」


「おう、そいつは良かったぜ。クラムベールには少し足りなかったか」


「ううん。二人前も食べたんだもん。十分だよ」


「そうか? いつもならこの倍は……」


「マーカス!」


「おっと悪い悪い」


「へぇ……メロアって意外と食べるのね」


「そ、そんなことないよ! 今日は偶々食べすぎちゃっただけだから」


 顔を赤くして誤魔化すメロアちゃん。

 大食いなことなんて別にそんな恥ずかしがることではないと思うけど、本人はなぜか気にしている。


「ま、そんなのどっちでもいいことさ。俺くん的にはこの後の予定の方が大事ってわけよ」


 あんまり追求してほしくなさそうなので、俺は助け舟を出した。


「何よ氷夜。もったいぶった言い方しちゃって」


「いやさ。今日は早起きして朝ごはんも食べちゃったわけだし、これから暇じゃん? また魔物を倒しに行ってもいいし、今度は泳ぎに行くのもありなわけよ。メロアちゃんは今日も暇なんでしょ?」


「うん」


「じゃあ今日も三人で……」


「――悪いがその予定はキャンセルさせてもらおう」


 俺くんの言葉を遮って、アキトくんが応接間に入って来た。


「ア、アキトくん!」


「驚かせてすまない。お前たちに重要な話がある。マーカスは席を外してくれ」


「わかりました」


 アキトくんの様子からただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。

 マーカスさんはお辞儀をして、部屋から出て行った。


「それとメロ……クラムベール。人払いを頼めるか?」


「も、もちろんです殿下!」


 命じられるまま、メロアちゃんは部屋全体に紫色の帳を下ろしていく。

 おそらくは人払いと防音の魔法だろうか。

 やがてそれが部屋全体を覆いつくすと、ようやくアキトくんはその重い口を開いた。


「――まず結論から言うと迷宮が二つ同時に見つかった」


「え? 二つ?」


「ああ、そうだ。時空石があるとされている第四の迷宮の他に、第五の迷宮とも言うべき迷宮が見つかったんだ。それも第五の迷宮の方に至っては城壁の近くにな」


 迷宮から即座に魔物が溢れ出してくることはないだろうが、城壁の近くにある以上、放置しておくわけにもいかない。

 そのためメロアちゃんには第五の迷宮の方を担当してもらいたい、ということらしい。


「つまりは俺くんと小春だけで迷宮を攻略しなきゃならないってわけか」


「いや、二人だけでは不安だろう。俺の方で助っ人を呼んである。入ってくれ」


「はーい」


 扉の向こうから聞こえるソプラノの声。

 それから遅れることなく、恵ちゃんが入って来た。


「お久しぶりです。先輩方! 明日の晩飯亭の岩端恵です」


「おお! 恵ちゃん!」


「どうやら面識はあるようだな。今回は彼女に同行してもらうことになった」


「よっしゃ。恵ちゃんがいると百人力ですよ」


「私もあんたがいてくれると力強いわ。でも恵だけ? 他の二人は一緒じゃないの?」


 小春が心配そうに尋ねると、恵ちゃんは苦笑いを浮かべた。


「それが……たまたま手が空いているのが私しかいなかったんですよ。川戸先輩と南山先輩は城壁の外へ再びデ……じゃなかった調査に行ってしまったんです」


 もちろん恵ちゃんもついていくことはできたが、二人の邪魔をしてはいけないと思ってこの街に残ることにしたらしい。

 そしてやることがなくて暇していたところ、アキトくんから声がかかったんだとか。


「そうだったんだ。私たちとしてはあんたが来てくれるのは嬉しいけど、恵は良いの?」


「はい。皆さんの役に立てるならそれで良いんです。それに迷宮探索に関しては私の右に出る人はいませんから」


 誇らしげに胸を張る恵ちゃん。

 彼女の固有魔法は分析。

 読んで字のごとく、あらゆる物体の構造を分析することができるといった魔法だ。

 彼女の固有魔法があれば迷宮の攻略もスムーズに行えるだろう。


「……他にアキトくんから俺らに話しておくことはある?」


「そうだな。迷宮へはクラムベールの転移魔法で行くことになる。だから氷夜たちが迷宮に挑む日時はこちらでも把握しておきたいな。プレッシャーにはなるかもしれないが前もって日時を決めても大丈夫だろうか?」


「俺くんは良いけどさ……」


 答えつつ流し目で隣の彼女を見て己の愚かさを悟る。

 こういう時に何て言うかなんて決まり切っているからだ。


「――もちろん。何の問題もないわ」


「そうか。ではいつにするか。少し早い気もするが一週間後などはどうだ?」


「あの、そのことなんだけど……一週間後じゃなくて明日の朝でいいわよ。別に準備にそこまで時間はかからないもの」


「しかしだな。そうは言っても戦えるだけの力がなければ迷宮では……」


「戦えるだけの力ならあるわよ」


「……本当か?」


 訝しむようなアキトくんからの問いにメロアちゃんが答える。


「はい。アキト様。小春は既に固有魔法を習得しており、さらには骸骨竜を単独で撃破しています。戦力としては十分だと思います」


「そ、そうか。早いな」


 さすがのアキトくんも想定外だったのか、動揺が隠せていない。


「だが一応、期限内であればいつでもいいんだぞ? 本当に明日の朝でも大丈夫か?」


「ええ! 問題ないわ!」


「……わかった。そこまで言うなら明日の朝としよう。明日の早朝まで各自自由にして構わないぞ。俺の話はこれにて終了だ」


 アキトくんは話を終わらせると、傍に控えていたメロアちゃんに声をかける。


「クラムベールは俺と一緒に来てくれ」


「は、はい! みんなまたね!」


 どたどたと慌てふためくメロアちゃんを何も言わずに待った後、アキトくんはメロアちゃんと二人そろって部屋を出て行った。


「……こりゃまた随分と凄いことになりましたな」


 まさかこんなに早く迷宮探索の段取りが済むとは。

 これがRTAだったらワールドレコードなレベルだって。


「あれ? 小春さん、どうかした?」


 ふと様子を伺ってみると、小春が神妙な表情を浮かべまま黙りこくっている。

 元の世界に帰る算段が付いたことで嬉しくって飛び出したいくらいのはずなのに。


「……しよう」


「え?」


「……どうしよう。つい勢いで明日って言っちゃったわ!」


 いやいやいや。


「今更何言ってんのさ。あんだけ強く啖呵を切ってたじゃん」


「仕方ないでしょう!? 日本に帰れるって聞いたらテンションが上がっちゃったのよ! でも冷静に考えてみたら魔物との戦闘経験は骸骨竜だけで、しかもあの時はメロアがいてくれたから気兼ねなく魔法をぶっ放せたけど当日はいないし……」


 小学生のような言い訳を早口で述べる小春。


「……はぁ」


 全く見てられない。

 うじうじしてるなんて小春らしくない。

 なんて思ってしまったからだろうか。


「じゃあ今日は氷夜くんとデートでもしようよ」


 俺はらしくないことを口にしていた。


「は? 意味わかんないんだけど」


「ほ、ほら、ここで馬鹿みたいに考えてても時間がもったいないしさ。俺くんとデートでもしてた方がまだ有意義かなって」


 やばいやばい。

 唐突にデートに誘ったのはいいものの、何も考えてなかった。

 何かいいプランは……


「そうだ! せっかくなら迷宮に行ってみようよ。市街地に一つ既に攻略された迷宮があるんだよ。どうせならそこを探索しようと思ってさ。明日の予行練習にぴったりっしょ?」


「確かに前もって迷宮がどんなものか知っておくのはありかもね……」


「でしょでしょ。恵ちゃんもどうかな?」


「いいですね! ぜひともお供させてください!」


「本気!? あ、あんたもそれでいいの? 氷夜はデートって言ってるのよ?」


「はい。どうせ一緒に迷宮探索するんですし、黒歴史が一つ増えたところで何ともないですよ」


 辛辣ぅ!

 氷夜くんはナチュラルに黒歴史扱いですか。


「……本気で嫌だったら俺抜きで行ってきてもいいんだよ?」


「はぁ……言い出しっぺが投げ出さないでください。先輩は阿保ですか?」


「すぴばぜん」


 後輩からの痛烈な一言に危うく泣きそうになってしまった。

 ぴえん。

 まぁ……恵ちゃんが乗り気ならそれでいいか。


「というわけで今日は三人でデートだぁ!」


「ど、どういうわけよぉ!?」


「よいではないか〜よいではないか〜」


「ちょっと恵、あんたまで! ちゃんと説明しなさいよねぇ〜!」


 俺と恵ちゃんは渋る小春の手を引いて市街地へと繰り出した。

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