第26話 新たな出会い

「アシュリン、待ちなさいよ!」


 アシュリンの背中を目掛けて城の廊下をただ走る。


「待ちなさいってば!」

 

 必死に声をかけるが効果はない。

 脚力の差も歴然で、私の足では追いつけそうにもない。


「くっ……」

 

 悔しさを噛み締めながら角を曲がると、アシュリンの姿は消えていた。

 

「どこ行ったのよ、アシュリン」


 曲がり角の少し先には階段があって、これではアシュリンが上と下のどちらかに向かったのか判断がつかない。

 直感を信じて追いかけてみる?

 ううん、もし道を間違ったらそれでおしまいだ。

 今度こそアシュリンに追いつけなくなる。


「でもやるしかないでしょ」


 悩んでいても結果は同じだ。

 私はいざ決心をして階段を一段上る。

 すると上の階から鎧を纏った童顔の憲兵が降りてきた。


「あ、あの!」


 これ幸いとばかりに、私はその憲兵さんに詰め寄る。


「すみません今アシュ……メイドさんとすれ違いませんでしたか?」


「ええと……なんていうか…………まぁ一応は会ったっすね」


「本当ですか!?」


「はい。でも追いかけるのはやめた方が良いと思うっす。あの状態のアシュリンさんはそっとしておくのが一番ですから」


 アシュリンを小馬鹿にしたような憲兵さんの言葉に、思わずむっとして私は反論してしまう。


「そうは言ってもあんな状態の人を放っておけるわけないでしょ?」


「まぁ普通はそうなんですけどあの人の場合は違うんすよ。こうトラブルメーカーというか地雷が多いというか昔から厄介な人でして。あの状態のアシュリンさんにはネイロ姉さんすら近づかないようにしてるんすよ」


 だから放っておくのが一番なんすよと語る憲兵さん。

 口ぶりからしてアシュリンのことは昔から知っているようだけど、その言葉を鵜呑みにしていいか判断が付かない。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、物陰から触手が生えてきた。


「さっきはごめんなさいねぇ」


「ムチャ様!?」


 突然現れたムチャ様は私の顔を見るなり、申し訳なさそうにひょこひょことうねる。


「アシュリンちゃんからから伝言を預かってるわよぉ。『しばらく一人にさせてほしいです、今日の埋め合わせは明日にします』ですって」


「…………アシュリン」


「心配しないでも大丈夫よぉ。時間が経てばあの子も元通りになるしぃ。だから今はそっとしといて頂戴」


「……わかったわ」


 アシュリンの一番の理解者であるムチャ様が「大丈夫」というならきっとそうなのだろう。

 私だってそっとしておくことが一つの解決策になることはよくわかっている。

 

「それじゃ、アシュリンには『埋め合わせなんかいらないから氷夜の見舞いの品を持ってこなさい』って伝えといて」


「もちろんよぉ。またねん小春ちゃん」


「ええ。また明日」


 元気よく挨拶を返すと、ムチャ様は影の中に消えていった。


「さてと…………」


 アシュリンのことは明日まで保留にしておくにしても、私にはやらなきゃいけないことがある。


「ふぅ…………」


 深く息を吸って意地っ張りな自分を落ち着ける。

 そうした後、私は憲兵さんに向き直って深く頭を下げた。


「ごめんなさい! 私ってばとても失礼な態度を……」


「ちょ頭を上げてください! ご客人に気を遣わせたら憲兵として顔が立たないっすよ! あれくらいなんてことないっすから」


「そうは言っても……」


「本当に気にしてませんから! 謝ることなんて何もないっすよ。むしろ気を遣わないでほしいっす」


 にかっと爽やかな笑みで答える憲兵さん。

 本人は気にしてないとのことだから、私がこれ以上引きずるのも変よね。

 

「わかったわ。じゃあそうさせてもらうわね」


 私も笑顔で返すと、憲兵さんはさらっと衝撃的なことを口にした。


「はいっす。てかたぶん俺の方が年下っすよ?」


「そうなの?」


 童顔とはいえ背が高いから同い年か年上くらいに思ってたけど。


「たぶんそうっす。だって転移者の鈴崎小春さんっすよね?」


「ええ」


「やっぱり! 噂はアキト殿下から聞いていますよ!」


 合点がいったのかポンと手を叩いた後、憲兵さんは嬉しそうに握手を求めてくる。


「俺はジャック。年は小春さんの一個下っす。後輩って奴っすかね? 今後ともフランクに接してもらって大丈夫っすよ」


「了解よジャック。これからよろしくね」


 私も差し出された手をがっちりと握り返した。

 

「でも意外だったわ。先輩後輩みたいな文化ってこっちにもあるのね」


 後輩という単語がまさか異世界の人であるジャックから出てくるとは思わなかった。

 ふと疑問を漏らすと、ジャックは首をひねる。


「ないっすよ?」


「え?」


「氷夜さんが『先輩の命令は絶対』って言ってよく俺に雑用を押し付けようとしてきたので、てっきり小春さんもそういう価値観なのかと」


「あの馬鹿っ!」


 異世界に来てまで後輩をいびるとか、とんだ恥さらしじゃない。

 ううっ…………頭が痛くなってきたわ。


「ごめんなさい。うちの馬鹿がご迷惑を」


「あ、それは大丈夫っす。あの人はヘタレなんで普通に断ったらそれ以上は言ってこなかったっす」


「…………氷夜」


 呆れすらも通り越して氷夜が可哀そうに思えてきた。

 後輩にイキり散らかすこともできないなんて、三下にも程があるでしょ。

 昔はそんなキャラじゃなかったのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。

 ほんと、昔はもっとかっこよくて…………


「――小春さん?」


「な、ななな何でもない! ひ、氷夜のことでなんか困ったことがあったらいつでも相談するのよ!」


「はいっす!」


 苦し紛れの私の言葉にも元気よく答えるジャック。

 だが思い当たる節でもあったのか、しばらくしてから遠慮がちに口を開く。


「あの…………氷夜さんのことじゃないんですけど、相談してもいいっすか?」


「それはいいけど……何の相談かしら?」


「れ、恋愛相談っす!」


「へぇ…………あんたがね」


 まさか恋に悩むタイプとは思ってなかったから意外だわ。

 とはいえ恋バナなら大歓迎よ。


「それじゃあジャック。聞かせてもらえるかしら」


 浮つく気持ちを隠し切れず、にまにまとした顔を向けると、ジャックは歯切れ悪くも語り出した。


「実は俺、付き合ってる子がいるんですけど…………最近その子と上手くいってないんすよ」


「……上手くいってないって具体的には?」


「ふ、雰囲気っす。いつもなら太陽のような笑みで俺を出迎えてくれるのになんかよそよそしくて。昨日なんか一緒にご飯を食べる約束をしてたのにドタキャンされちゃって……ははっ俺嫌われちゃったっすかね?」


 よほどショックだったのか、この世の終わりかのように語るジャック。

 私にはそこまで深刻な事態には見えない。

 むしろ惚気のようにも聞こえるが、本人は真剣に悩んでいるのだろうし。


「とどのつまりあんたはどうしたいの?」


 問いを投げかけると、ジャックは思いの丈を口にした。


「な、仲直りしたいっす! きっと俺が気付かないうちにナンシーに嫌なことしちゃったんだと思うっす。だから謝りたくて……でも何に謝って良いかもわからなくて。そんな状態じゃ顔も合わせずらくて」


「…………そうね」


 大切だから踏み込めない。

 相手に対する負い目で上手く接することができない。

 ジャックの気持ちは痛いほどよくわかった。

 だってそれは昔の私、そして今の私と同じだったから。


「でも悩んでるだけじゃ何も変わらないのよ」


 時間は問題を風化させるだけだ。

 解決してくれるわけじゃない。


「わからないならわからないなりにぶつかってみなさい。少なくともあんたはその子と付き合ってるんでしょ。だったら多少は踏み込んでみてもいいんじゃないの?」


「…………っ」


 私の言葉に思うところがあったのかジャックは下を向く。

 私もちょっと偉そうにしすぎたかしら。

 なんて反省しかけたのもつかの間、ジャックは顔を上げた。


「そうっすね。その通りっす! 今度彼女と話し合ってみるっす!」


「いいじゃない。その意気よ」


 話が纏まってきたところで、私はジャックにさらなる提案をする。


「さぁ……そうと決まったらさっそく彼女さんのところへ行くわよ」


「ちょ、急すぎませんか?」


「善は急げって言うでしょ? それとも何? 私がいると恥ずかしいの?」


「そ、そうじゃなくて。この時間は俺の彼女も仕事してるんすよ。てか俺も憲兵としての仕事がありますし」


「ごめん……そうだったわね」


 …………すっかり忘れてた。

 私よりも年下だけど立派な憲兵さんなのよね。

 どうせならジャックたちの問題が完全に解決するところまで見たかったけど……


「あ、でも、もしかしたら行けるかもしれないっす!」


「え?」


「俺の彼女……ナンシーは正幸さんの監視をやってるんです。小春さんを正幸さんのところへお送りするっていう体なら会いに行けるかもっす。小春さんも正幸さんと氷夜さんについて話をしてみたくはないっすか?」


「っ!?」


 目覚めない氷夜の面倒を見ることに精一杯になっててそこまで意識がいっていなかった。

 兜花正幸は氷夜の最後の姿を知っている人物。

 氷夜が目覚めない理由について知っていてもおかしくはない。


「まぁ……俺らが尋問してもまともな情報が出てこなかったんで無駄足になるかもしれないっすけど」


「ううん。そうでもないかも」


 兜花は私に何かと因縁をつけてきた。

 つまりは良くも悪くも意識はされているということ。

 加えて囚われているという今の状況はプライドの高いあいつには耐えがたいはずだ。

 そんな中で私という相性最悪の女が現れたらあいつもぼろを出すかもしれない。

 ……そうともなれば選択肢は一つよ。


「悪いけどジャック。兜花の所まで連れて行ってくれないかしら?」


「いいんすか?」


「ええ、あんたの彼女にも会ってみたいもの」


「り、了解っす!」


 ジャックの悩みも氷夜のこともまとめて解決する。

 こんなチャンスをみすみす逃がすわけにもいかない。

 そう判断した私はジャックを連れて兜花の牢獄へと向かった。

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