第21話 決意の夜

「……いつまで寝てんのよ馬鹿氷夜」


 病室のベットに横たわる氷夜を前に私は一人呟く。

 あれから色んなことがあった。

 まず時空石の奪取を目論んだ兜花たちは殺人と国家反逆罪の容疑で牢屋に放り込まれた。

 今はお城の憲兵さんたちが尋問を行っているみたいだけど、

 氷夜のことについては眉唾物の話しか出てこない。

 半殺しにしたはずの氷夜に訳も分からないまま蹂躙されたなんて信じられる?

 挙句の果てには「あいつは危険だ。今すぐ殺せ」だなんて意味不明な主張をしてるんだとか。

 ……まさかあの兜花正幸がそんな風な誤魔化し方をするなんてね。

 もしかしたら氷夜が指摘したように兜花も案外弱い人間だったのかもしれない。


 一方で肝心の氷夜と言うと、


「……………」


 あれから既に三日が過ぎたが、まだ意識を取り戻していない。

 お医者様が言うには助かったのが奇跡という状況だったらしい。

 それでもこうして一命をとりとめたのはひとえにメロアのおかげだ。

 メロアは血だまりに伏している氷夜を見つけるなり、即座に止血を施し、壊れた体を修復していった。

 私はそれを傍らで見ていることしかできなかった。


「……ほんと、嫌になるわね」


 小さい頃の私は氷夜に助けられてばかりの人間だった。

 そんな自分を変えたかった。

 助けられるだけじゃなくて、誰かを助けられる人間になろうと思った。

 だというのに、


「これじゃあまるで……」


 あの時のままだと口にしようとしたその時、唐突にドアがノックされた。


「失礼する」


 声の主はアキトだった。


「……俺も隣にいいか」


「ええ。構わないわよ」

 

 私はざっと長椅子の端に移動して一人分のスペースを空ける。

 するとアキトは丁寧に扉を閉めて、そこに腰を下ろした。


「……氷夜の調子はどうだ?」


「何も変わってないわ。昨日からずっとこのまま。白雪姫みたいに眠ってる」


「そうか。すぐに目覚めるといいな」


「ええ」


 こんな時どんな顔をして話せばいいだろう。

 上手く話題が切り出せない。


「…………」


「…………」


 重苦しい雰囲気に気圧されて俯いていると、それを打ち破るようにアキトが神妙な面持ちで口を開いた。


「こんな時で悪いが……話がある。時空石を手に入れたことでついに異世界へと繋がるゲートが使用可能になった」


「ってことは……」


「ああ、これでいつでも他の世界と行き来することができるようになったというわけだ。元の世界に戻りたい時はいつでも言ってくれ」


「ありがと……氷夜が目覚めたらまた考えるわ」


「そうだな。だが小春もあまり思いつめないようにな。氷夜の怪我は治っている。目覚めないと言っても死ぬわけじゃない。いつかはきっと目覚めるだろう」


 アキトは私を気遣ってそう言ったのだろう。

 それくらい私でもわかっていた。

 でも卑屈になった私は負の感情を抑えられずに、アキトに抱え込んでいたものをぶちまけてしまう。


「いつかって……いつよ?」


 ああ駄目だ。

 止まらない。


「気にするな……なんて無理に決まってるでしょ。私のせいで氷夜がこんな目に遭ったのに」


「…………小春」


「私が甘かったから、私の不注意のせいで氷夜が残らなくちゃいけなくなった! 氷夜だって怖かったはずなのに!」


 私、嫌な子だ。

 慰めようとしてくれているのに、私の口からは卑屈な言葉ばかりが溢れてくる。

 きっと兜花の言う通りだ。

 私は…………


「――小春。それは違うぞ」


 アキトははっきりとした口調で言った。


「氷夜は自分の意思で正幸たちに挑むことを選んだはずだ」


「え?」

 

 なんでそんなことが言えるの?


「それは……氷夜にとって小春が特別だからだ」


「私が特別?」


「ああ、氷夜は言動こそふざけていて陽気な印象を受けるが、実際は他人と距離を取りたがる奴だ。俺はもちろんメロアや城のメイドたちとも必要以上に関わろうとしない」


「嘘でしょ。私といる時はそんな素振りなんて……」


「見せなかっただろ?」


「っ…………」


「そんなあいつが小春に対してだけは自分から関わることを厭わなかった。それが答えなんじゃないか?」


「……いくら氷夜でも昔の恋をいつまでもひきずってるわけないわよ」


「確かにそうかもな。だが他の人よりかは大切に思っているはずだ。だからこそ氷夜は普段だったら決して挑まないような戦いを仕掛けたんだろう。少なくとも俺はそう思う」


「…………そっか。私、あいつに大事にされてたのね」


 知らなかった。

 幼馴染だったから氷夜のことは全て知った気でいた。

 氷夜はふざけてるだけの阿呆になったんだと思っていた。


「でもあいつのこと全然わかってなかった。氷夜のことを知ろうともしてなかった」 


 変わったと思ったけどやっぱりは氷夜の根っこは変わってなかった。

 だったらどうして氷夜はあんな態度を取るようになったんだろう。


「……ねえアキト、氷夜を目覚めさせることはできないの?」


「確実な方法があればとっくに試している。気休め程度ならないこともないが……」


「あるの? だったら教えて!」


 ほとんど反射的に私はアキトに詰め寄っていた。


「落ち着いてくれ。あくまでも気休め程度の話だ。絶対に効果があるとは限らない。それにさっきも言ったが氷夜がこうなったのは氷夜の行動の結果だ。小春が気にする必要はない」


「……確かにそうかもね」


 このまま待ってたら氷夜はいつか目覚めるかもしれない。

 氷夜が意識を取り戻さないのは私の責任ではないかもしれない。


「でも待ってるだけなのは嫌なの! 氷夜が私のために動いてくれたみたいに私も氷夜の役に立ちたい! じゃなきゃ私は胸を張って氷夜と向き合えない!」


 みっともないけど偽らざる私の本音。

 アキトはそれを笑いもせず、真剣に聞いてくれていた。 


「……街の東側の森に触れた者を癒す効果があるロクサムという花が生えている。それがあったところで氷夜が目覚める保証はないが、気休めにはなるだろう。それと……」


 言葉を一旦止めて、アキトは懐から一枚の紙を取り出した。


「森の中に孤児院があってな。そこに森に詳しい奴がいる。これは俺からの紹介状だ。そいつに見せれば話は聞いてもらえるはずだ」


「っ! ありがとねっアキト!」


「礼には及ばんさ。これくらいは当然のことだろう」


 謙遜しながら、爽やかな笑みを浮かべる国王陛下。

 威張らず、さっぱりしているところがなんともアキトらしい。

 ……メロアが夢中になるのもわからくないわね。


「では俺はここらで失礼する。氷夜のことは頼んだぞ」


「ええ! 任せてちょうだい!」


 なんて元気よく返事を返すと、アキトは爽やかに病室から出て行った。


「ふぅ」


 そうしていつも通り私は氷夜と二人きりになる。

 ただいつもと違うのはあまりにも静かなことだ。


「孤児院に行くのは……今日はもう遅いわね」


 氷夜を助けるためとはいえ、さすがに孤児院の人たちに迷惑をかけるわけにはいかない。

 今日は大人しく過ごすことにして、私は相も変わらず眠っている氷夜の頭を撫でる。


「待ってなさいよ氷夜」 


 氷夜にはずっと助けられてきた。

 ……だから今度は私が氷夜を助ける番だ。

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