第44話 高白氷夜③
「ああ、思いだせたよ」
いつもの笑みを貼り付けながら、俺は立ち上がる。
俺は間違えだらけの人生を送ってきた。
弱い自分を誤魔化すために虚飾を張り付けて、大事なものを取りこぼしてきた。
そうして最後には何もかもダメにしてしまった。
でも全部が嘘だったわけじゃない。
最後には壊れてなくなってしまったけれど、
俺がぶっ壊してしまったけれど、
あの日過ごした時間は紛れもない宝物だった。
だったらまだ戦える。
頑張れる。
俺は紛い物にすらなれはしなかったけど、あの時間だけは否定させやしない。
「まだ……負けてないからな」
覚悟を胸に視線を前にやると、極夜はやれやれと肩をすくめた。
「……目が覚めたのか。可哀そうに。これで終わりにしてあげるよ」
俺がもうまともに動けないと思ったのか、極夜は大振りのパンチを繰り出す。
俺はそれを紙一重で回避してカウンター気味に極夜の顎を打ち抜いた。
「ぐっ……君ってやつは!」
即座に反撃に転じる極夜。
だがここで屈するわけにはいかない。
「この……ままっ…………やられるかよっ!」
俺は殴られながらも殴り返す。
「っ……うざいんだよ!」
その必死の抵抗が功を奏したのか、極夜は回し蹴りを放って俺から一度大きく距離を取った。
「なぜまだ僕に歯向かおうとする!? 僕に勝ったところで君には何も残らない。君は王を殺そうとした。君に待っているのは死だけだ!」
「そうだな」
いかに寛大なアキトくんといえど俺を見逃したりはしないだろう。
というか俺は罰を受けなければならないし、受けるべきだ。
俺はアキトくんの……みんなの尊厳を傷つけ、弄んだ。
何より
処分はおそらく絞首刑、最低でもどこかの世界かに島流しにはされるだろう。
アキトくんたちと過ごした楽しい時間はもう二度と手に入らない。
「――でもな、弱くても、情けなくても、みっともなくても、それでも生きてる限り、少しでも前を向かなきゃいけないんだよ」
俺は自身を指さしながら
「だって俺は高白氷夜だからな。
「減らず口を!?」
俺を黙らそうと飛びかかってくる極夜。
もちろん俺は一歩も動かない。
極夜の繰り出してきた拳を食らいつつ、想いを拳に乗せていく。
「それが虚飾だとなぜ気づかない? そんなくだらないもののために、また君は自分の尊厳を売り渡すのかい!?」
「別に今までだってそうだったろ? だったら死ぬまで虚飾を張り続けるだけだよ!それにな!」
俺は助走をつけて極夜の顔面を思い切り殴りつける。
「どうせ死ぬからって自分の後始末を他人に押し付けるようなダサい男を小春ちゃんは好きになったわけじゃないんだよ!」
「ぐっ……それが何になる!? そうしたって小春ちゃんは君の物にはならない。君には何も残らない! でも僕は違う。僕なら小春ちゃんを無理やりにでも手に入れられる!」
カウンターで俺の鳩尾に一撃をかます極夜。
「んぐっ!?」
俺は一瞬、呼吸が止まりながらも即座に殴り返す。
「そんなの……俺が求めてるものじゃないんだよ! 力で従わせるなんて妥協の産物じゃなくて、俺は一口で血糖値が爆上がりしそうな甘ったるいハッピーエンドをご所望なのさ!」
怖いから従ってるとか、利用価値があるからそのフリをするとか。
それでは何も残せなかった今までと変わらない。
そもそも、
「無理矢理従わせて手に入れた関係に俺が耐えられるわけないだろ! 俺は……弱いんだから!」
想いを込めた拳を叩き込むと、極夜は発狂した。
「――僕は弱くない!」
「うぐっ!?」
俺の脇腹を蹴り上げながら、極夜はがむしゃらにパンチを繰り出す。
「罪悪感がどうした!? 僕なら耐えられる。僕にそんな想いをさせるなら否定してしまえばいい!」
先ほど俺の心を降り砕いたように、
「僕にはそれだけの力がある! 君と違って僕は強い!」
重く鋭く、
「僕は最強なんだ! 最強なんだぁあああああ!」
猛烈なラッシュを叩き込んでくる。
だがそんなものは今の俺には何の脅威でもなかった。
「――お前のどこが最強なんだよ」
極夜が大きく振りかぶった拳を俺は額で受け止めた。
「ひいっ」
小さく悲鳴を漏らした極夜の顔面をぶん殴る。
「お前は自分の弱さをふざけた力で誤魔化してるだけだろうが!」
ああ、ずっとムカついていたんだ。
この際、はっきり言ってやろう。
「人様に向かって勝手なことばかり言いやがって! 人を殺したことがあるやつに説教されたくない? そうせざるを得なかったアキトくんとお前が一緒なはずないだろ!」
正幸くんに対してもそうだ。
「借り物の力でイキがっていただけのカスだぁ!? それはお前も同じだろうが! 能力を使わなきゃ満足に論破もできないガキの癖に!」
決して最強なんかじゃない。
こいつは人の過去を勝手に覗き見て、後ろめたいところがあったら、それをほじくり返すだけの陰湿で最低な野郎だ。
「――だいたい、お前は他人を否定して弱くしているだけで、お前自身は強くなったりはしていない。お前は俺と同じでずっと弱いままだよ」
あいつが……俺がずっと避けてきた事実を指摘すると極夜は激昂した。
「高白氷夜ぁああああああああああ!!!!!!」
恥も外聞もかなぐり捨て、絶叫しながら拳を振りかぶる極夜。
対する俺もこれまでの想いを全て載せて叫ぶ。
「極夜ぁあああああああああああああああああああああああ!!!」
その刹那、拳が交錯する。
数秒の空白の後、最後に立っていたのは俺のほうだった。
「認めるよ。僕の負けさ」
極夜は地面に突っ伏しながらも、僅かに視線を上げて俺を睨みつける。
「でも勝ったところで君の人生は詰んでいる。せいぜい残り僅かの命を楽しむことだね」
「言われなくてもそうするさ」
その負け惜しみを淡々と受け流すと、
「ちっ……君は最後まで不快だね」
極夜は毒を吐いて消えていった。
「さてと」
俺の問題は片付いた。
でもまだ俺にはやらなきゃいけないことが残っている。
「え、えーと……お見苦しいところをお見せしちゃいましたなぁ」
ずっと待たせていた小春に向き直ったその時、精神世界が音を立てて崩れ始めた。
「どどど、どういうこと!? もう氷夜くん処刑されちゃったとか?」
情けなく慌てる俺に小春は冷静にツッコミを入れる。
「たぶん違うわよ。魔法の効果が切れたんだと思う。私の
「…………そっか。終わったんだな」
「ええ、きれいさっぱりとね」
何がとは聞かなかった。
そんな野暮なことを聞かなくても俺たちにはわかっていた。
だから本当なら別の話をするべきだったのだろう。
みんなに迷惑をかけたことへの謝罪とか、俺が処刑された後のこととか、話さなくてはならないことはたくさんあった。
でもそれは許しを得たいだけな気がして、
カッコつけたがりな俺は同じ話題を擦る。
「いやーお互い随分と拗らせましたなぁ」
「全くだわ。おかげさまで青春を半分も無駄にしちゃったわ」
「ほんとほんと俺くんもおかげさまで冴えない毎日を……」
「あんたのは自業自得でしょ」
「ひ、ひどい!?」
このやり取りが懐かしくて二人して笑いあった。
この時間が続けばいい。
そう願いたいけれど、もう残っている時間は少ないみたいだ。
「……俺くんがもっと早く動いてたら変わったかな?」
ごめんと吐き出したい気持ちを抑えて俺は最後に情けないことを尋ねる。
「どうでしょうね。あんたより良い人なんてごろごろいると思うわよ」
「そっか。そりゃそうだよな……」
まごうことなき正論だ。
おかげで俺も本当の意味で吹っ切ることができた。
ありがとうと礼を言おうとして小春の目を見ると、小春はにこやかに笑って言った。
「……でもね氷夜、私ね。初めて好きになった人があんたでよかった!」
それは俺にとっては十分すぎる程の言葉で、
「ああ、俺もだよ小春ちゃん」
崩壊する世界の中、俺は一つの春の終わりを感じながら目を閉じたのだった。
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