第4話 王様イベント発生!?
視界が暗転し、再び目を開けると景色は一変していた。
辺りをざっと見渡せば、豪華な装飾が目に入る。
天井から照らすシャンデリアにまっすぐ敷き詰められた赤い絨毯。
この空間に漂う厳かな雰囲気が先ほどまでいた場所とは異なることを暗示していた。
「――着いたよ。二人とも酔ったりしてない?」
「俺くんは平気も平気。小春は?」
「私もなんとか……」
「良かった。転移酔いすることもあるから心配だったの。特に小春はこういう体験は初めてだから」
「ええ。ほんと、びっくりしたわ。これが魔法の力ってわけ?」
「うん。転移魔法の一種だよ。セキュリティの問題で陛下の下へ直接行くことは出来ないけど、メロアは特別に城の中への転移が許されているの」
説明を終えると、メロアちゃんは神妙な面持ちで俺たちに向き直った。
「今から陛下の所へ二人を連れて行くから、くれぐれも失礼のないようにね」
「ういっす」
メロアちゃんに率いられ、俺たちは城の中を真っすぐ歩き始めた。
ここはジルハルド王国最大を誇る城の中。
当然、さっきまでいた裏路地とは違って賑わいがある。
何人もの執事やメイドとすれ違いながらも、俺たちは一列になって進んでいく。
「……そう言えばさ氷夜。あんた随分と馴染んでるみたいだけど、いつからこっちにいるのよ?」
「え? ああ、ざっと一年くらいだよ。トラックとの事故がきっかけでこっちに来てから、あとはずっと」
「そっか。じゃああんたは転移じゃなくて転生……」
「あ、違う違う。氷夜くん死んでないから。奇跡的にぶつかる直前に来てるから。だから可哀そうな目で見るのやめてっ!?」
「はいはい」
たわいない世間話を挟みながら歩くこと数分、
小さなドアの前に来て俺たちは歩みを止める。
「……ふぅ」
緊張しているのかメロアちゃんは大きく深呼吸してから、ドアを優しくノックした。
「メロア・クラムベールただいま戻りました。ご客人をお連れしてもよろしいでしょうか?」
「――ああ、構わん」
向こうから聞こえてくるのはいつも通りの冷淡な声。
「失礼します」
「――失礼します。ほら小春も……」
「う、うん。失礼します」
メロアちゃんから順番に俺たちはドアの向こうへ足を踏み入れた。
***
「よく来たな」
俺たちを出迎えたのは一人の青年だった。
王族の特徴とも言える光り輝く銀髪と白金色の瞳。
180センチを超える体躯は日々の鍛錬によって鍛え上げられており、ダビデ像をも思わせる。
そして何よりも顔が良い。
表情豊かなタイプではないのに様になっているとすら感じてしまう。
「初めまして小春。俺はジルハルド王国の王、アキト・ヴァイスオールだ」
そんなクール系高身長イケメンこと、アキトくんは簡潔に自己紹介を済ませると、小春に爽やかに握手を求めた。
「事情は既にクラムベールから聞いている。我が国に来たのは本意ではないだろうが、こうして会えたのも何かの縁だ。以後よろしく頼む」
「こひ、こちらこそよろしくお願いします!」
小春もその圧倒的なオーラに気圧されたのか、珍しく噛んでいる。
「そうだ、最初に一つだけ言っておこう。俺のことは変に敬わなくていい。俺は王だが今の小春は客人なんだ。普通に接してくれて構わない」
「――っはい! アキト殿下」
あれ?
なんか俺の時とは態度が違いすぎませんかね?
これが持つ者と持たざる者の違いという奴か。
別に悲しくなんかないんだからね!
「クラムベールに氷夜も、二人ともご苦労だったな。おかげで今日中の書類を仕上げることが出来た。本当に感謝している」
「いえいえ。俺がしたことなんて大したことないですよ」
良かった。
別に怒るために俺を呼びつけたわけではなかったらしい。
「メ、メロアも殿下のお役に立てたなら何よりです!」
「……クラムベール、何度も悪いがこれを頼んでもいいか?」
「もちろんです!」
メロアちゃんはメロアちゃんで相変わらず殿下へリスペクトが凄い。
いや、メロアちゃんのはどっちかと言うとラブだろうか。
「失礼します!」
メロアちゃんはアキトくんから書類を受け取ると、意気揚々と部屋を出て行った。
「……ところで殿下。俺たちはいつまで仕事モードでいればいいんですか? 堅苦しいのは疲れるんですけど」
「そうだな。もう楽にしていいぞ」
「うっしゃ! 自由だああああ! なあアキト、焼きそばパン買ってこ……ぶふぅ!?」
調子に乗ったのもつかの間、脛にアキトくんの蹴りが直撃して、たまらず座り込む。
「……別に俺を敬う必要はないが人として最低限の礼儀は守れ」
「す、すびばせん。もう二度としません」
痛みに悶絶しながらも平謝りすると、小春が小声でそっと耳打ちしてきた。
「氷夜、王様にそんなことして大丈夫なの? 火あぶりにされたりしない?」
「そんなにひそひそしなくても平気だって。アキトくんさんは寛大だからね? 多少のオイタは許してくれるんだよ。だよねアキトくん?」
「お前の言い方では語弊があるがそうだな。俺にとって民は守るべき存在なんだ。それが例え氷夜のような愚か者であっても多少の無礼ではどうこうしようという気はない」
呆れ半分諦め半分といった感じで語りながらも、アキトくんは俺にジト目を向けてきた。
「……とはいえ氷夜。お前のはやりすぎだがな」
「てへぺろっ!」
「はぁ……お前に言っても無駄だったな」
頭痛でもするのかこめかみを押さえるアキトくん。
だがそれも一瞬のことで急に声のトーンが変わった。
「さてさっそくだが本題に入ろう。率直に言うと元の世界に帰る方法のことだ」
「っ!?」
元の世界に戻る方法と聞いて隣にいた小春が身構える。
「小春は氷夜から何か聞いているか?」
「い、いえ。氷夜からはここが異世界のジルハルド王国だってことぐらいしか……」
「そうか。ではまずは結論から話そう」
などと前置きをしてからアキトくんは語り出した。
「元の世界に帰ることは技術的には可能だ。なぜなら我がジルハルド王国は古くから他の世界との貿易で栄えてきた国だからな」
アキトくんの言う他の世界とは他の国や未開の地という意味ではない。
文字通りの異世界、すなわち異世界だ。
「要はこのジルハルド王国では異世界転移が移動手段の一つとして確立していると思って貰ってもいい。いや、確立していたと言った方がいいか」
「していた、ですか?」
「…………ああ、今からちょうど二年前に大きな内乱があってな。俺たちは戦火が他の世界に伝播することを防ぐため、転移先の座標を特定するために必要な時空石という鉱石を破壊してしまったんだ」
「そんなっ!?」
「もちろん時空石を新たに手に入れることさえできれば、今ある設備を利用して元の世界に戻ることだって可能なはずだ。しかし時空石があるのは迷宮の中でな。先人たちが時空石を守るために設置した罠や住み着いてしまったモンスターたちと戦うリスクだってある」
本来なら異世界転移技術の核となる時空石の回収は国の仕事であるが、内乱の影響でこの城がある都市以外は壊滅状態。
そんな状況では緊急性がそこまで高くない時空石の回収に回す余力はない。
アキトくんの話の概要はそんなところだった。
「……つまり帰るためには危険な所にある時空石を自分で手に入れなきゃいけないってことですね」
「そういうことだ」
「っ!?」
厳しい条件を突き付けられて下を向く小春に、アキトくんはさらなる追い打ちをかける。
「……ここまで話したところで率直に聞きたい。そこまでのリスクを冒してまで、小春は元の世界に帰りたいのか?」
時空石を手に入れるにはどうしたって危険が付きまとう。
別に無理をする必要はない。
現に俺がそうであったようにここで生きていくことも十分可能である。
だが小春の答えは既に決まっていた。
「――りたい!帰りたいです! べ、別にこの国が嫌だってわけじゃないです。でも向こうには大切な人たちがいるからその……」
「わかっている。今のは覚悟を試しただけだ。小春が元の世界に戻りたいというのなら俺たちも力を貸そう」
なんて頼もしいことを言いつつ、なぜかアキトくんは俺の方を見た。
「え?」
なんで俺?
「小春とは幼馴染なんだろう? しばらくの間、この街での生活に不慣れな小春のサポートをしてやってくれないか?」
「あー俺としては力になりたいんだけど……」
小春を横目で見て俺は悟る。
うん……全力で嫌だって顔ですね、これは。
「なんだ氷夜。不満なのか?」
「いやいや不満てか氷夜くん忙しいんでね。これ以上他の女の子と仲良くなるとみんなが嫉妬しちゃうかも……」
「そんなはずがないだろ。いいからやれ。それとも何か他に理由でもあるのか?」
「……雑用係としての仕事はどうするんですか?」
「しばらく休みとする。その旨は俺から他の者たちにも伝えておこう。他に理由はあるか?」
「ないです」
「決まりだな。まずはこの街の案内をしてやれ。聞いた感じではまともに観光出来ていないようだし、少しでも土地を知っておいた方が良いだろう。それにお前は宿の事情についても詳しかったはずだ。そちらの紹介も頼む」
「了解でーす」
……最悪だ。
空気の読めない王様のせいで小春が俺と組むはめに。
嫌味を込めて大げさにお辞儀をしてみせたが、鈍感な王様には何の効果もなかった。
とはいえ決まってしまった以上は仕方がないのだろうけど。
「……さて話が纏まった所で、こちらの生活で必要となる物を渡しておこう。これが我が国における小春の身分証と少しばかりの小金貨だ」
アキトくんから金貨の入った袋を受け取った後、小春がふと声をあげた。
「……なんでだろう。知らない言葉なのに読める」
「すまない。一つ言い忘れていたな。小春には言語がわかるように翻訳魔法をかけておいたんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。翻訳魔法って言ったって私たち普通に話してたじゃないですか?」
「そりゃ俺もアキトくんも日本語で話してたからね。ほらアキトくんも言ってたじゃない? 異世界との交易で栄えた国だってさ」
異世界との交易で栄えた国ならば当然、人の流入もある。
そして人の流入があるならば言語も同様に入って来るのは自明の理。
遠い祖先に日本人をルーツに持つアキトくんは偶然にも日本語を習得していたというわけだ。
メロアちゃんに関しては自らのルーツと関係なく日本語を習得していたらしい。
「じゃあもしかして憲兵の人と話が通じなかったのは……話している言語が違ったから?」
「ああ、おそらくはそういうことだろう。街へ行けばその効力をより実感するはずだ。試しに冒険者ギルドにでも行ってみたらいい。あそこはこの街で生計を立てる上でも役に立つからな」
「わかりました。行ってみますね」
アキトくんの助言もあって今後の指針が立つ。
そんなタイミング良いところでちょうど鐘の音が鳴った。
「……おっと。そろそろ時間だな。悪いが俺は職務があるのでな。後のことは任せるぞ氷夜」
「アイアイサー」
俺は適当に敬礼をしてアキトくんに背を向ける。
「ほら行くよ小春」
「う、うん。ありがとうございました」
最後に軽くお辞儀をしてから、小春と共に俺は部屋を出る。
扉が完全にしまったことを確認すると小春は深く息を吐いた。
「ふぅ…………緊張した。もっとちゃんと話をしたかったのにアキト様のオーラに圧倒されっぱなしだったわ」
いきなり異世界の王様と対面させられてかなり気を遣ったのだろう。
表情も心なしかぐったりとしている。
「……でもアキト様、凄い忙しそうだったわよね? アキト様っていっつもあんな感じなの?」
「ああ、あんな感じさ。アキトくんさんてば真面目だからね。『俺に出来ることなら全てやる』って言って働きっぱなしなのさ」
「そうだったのね。そんな忙しいのにわざわざ時間を取らせちゃってなんだか申し訳ないわ」
「いやいやいや。あれは仕事の一環なんだから良いんだよ。小春が気にすることは一つもナッシング」
むしろこき使っちゃえ!と大袈裟にぼけると、小春はようやく笑顔を見せた。
「そっか。じゃあ気にしないことにする。その代わり今度会ったらお礼を言っておかないとね。あと……言い忘れてたけどあんたにも」
「え? 俺?」
「さっき助けてくれたでしょ? ありがとね。あんたのおかげで助かった」
「っ……」
――違う。
そんなのどう考えても釣り合っていない。
俺はただ人として当然のことをしただけだ。
呼吸をしただけで感謝をされるなんてあるか。
だいたいそんなのは……
「話はこれでおしまい!」
「え、ちょ」
「ほらっ! いつまでも突っ立ってない! 冒険者ギルドへ行くんでしょ!」
気恥ずかしかったのか小春は逃げるように先へ行ってしまった。
「……まったく小春の奴」
律儀というか、難儀というか。
そういう不器用な所は昔と変わりがない。
それに比べて俺は……
「何してんの氷夜? 早くしないと置いていくわよー?」
「はいはーい。わかってますって」
野暮な口答えはせず、遥かに前方を行く彼女を速足で追いかける。
そうして彼女に肩を並べた所で俺は告げた。
「……出口は反対側だよ?」
「それ早く言いなさいよ!」
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