第18話 弱者のプライド

「うそ……でしょ? ひょうや?」


 小春のかすれた声が響くほど静かな迷宮の中、

 俺は血だまりに立ち尽くしていた。


「ちっ……邪魔しやがって」


 俺の腹に槍をぶっ刺したまま、正幸くんはつまらなそうに俺を見る。

 ……良かった。

 その反応からしてどうやらこの槍は小春には達していないらしい。


「へへっ……ちょっとかっこつけてみたくなちゃってさ」


 なけなしの力で強がってみたものの、既に限界もいいところだ。

 手遅れになる前に俺は血にまみれた石を正幸くんに差し出した。


「まさ………ゆきくんの狙いは時空石のはずだ。これでいい……っしょ」


「話が早くて助かるぜ。そらっ今楽にしてやるよ」


「ぐふっ」


 正幸くんに急に槍を引き抜かれて、俺はたまらずその場に倒れ込む。

 痛い……なんてもんじゃない。

 小春がこの場にいなかったらみっともなく泣き叫んでいただろう。


「くそ………」


 なんとか自力で止血をしたいが、痛みのせいで手に思ったように力が入らない。


「めぐ……み……ちゃん。お、俺の……ポーチか……ら」


「わかってます! 包帯と回復ポーションですよね!」


 恵ちゃんは俺のポーチに手を突っ込むと、テキパキと処置に入る。

 その傍らでは小春がひどく取り乱していた。


「どうしようどうしよう。このままじゃ氷夜が……」


「だ、だい……じょ……ぐふっ」


「高白先輩は黙っててください。鈴崎先輩も大丈夫ですから落ち着いてください」


「……………ああ」


 くそ。

 小春を安心させたいのにいつもの軽口すら言えないなんて。

 俺をこんな目に遭わせた張本人を恨めし気に見上げると、そいつは心底愉快そうに顔を歪めていた。


「可哀そうになぁ。どこかの誰かが余計な真似をしなければこんな目には遭わなかったのによぉ」


「何を……言ってるの? あんたが氷夜をこんな目に遭わせたんでしょ!?」


「違うな。そいつをそんな目に遭わせたのはお前だ。鈴崎」


「っ!?」


「考えてもみろ。お前が俺様に槍を向ける直前、そいつは何と言いかけた?」


「それは……」


「そいつはどうしようもないザコだが、自身の力量はわきまえてる男だ。そいつの提案に乗っていればそもそも誰かが怪我を負うなんて事態にはならかっただろうよ」


「………じゃあ大人しくあんたに時空石を渡していれば良かったって言いたいわけ?」


「いいや。別にそれが唯一絶対の方法だとは俺様も思わねえ。お前がやったように俺様に槍を向けるのもありだとは思うぜ。お前のミスはただ一つ。俺様が行動に出る前に俺様を殺さなかったことだ」


「殺すってそんなの……」


「何度も言わせるな。ここは異世界だ。殺人くらいどうってことないんだよ」


 殺す。

 物騒な言葉に動揺する小春を尻目に正幸くんは続ける。


「時空石を守りたいのなら俺様がジャストラーデを殺した時にお前は動くべきだった。遅くとも俺様がお前の制止を無視した時には槍を突き立てるべきだった。だがお前はそれをしなかった。命を奪う覚悟もできないお前の弱さがこの結果を生んだんだ」


「わ、私はっ!」


「認めろよ。お前のせいでそいつは大怪我を負うはめになったんだ」


「っ…………」


 そうだ、確かに小春の行動は甘かった。

 正幸くんに付け入る隙を与えてしまった。

 きっと正幸くんの言ってることこそが正しいのだろう。

 命を奪う覚悟すらない小春の弱さがこの事態を招いたのだと。


「…………ふざけるな」


 冗談じゃない。

 そんな気色の悪い道理があってたまるか。

 小春が弱かったら俺の腹に槍をぶっ刺していいことになるのか。

 そもそも、


「………………小春は弱くなんかない」


「おい。なんか言いたそうな顔だな?」


「ああ」


 …………言ってやる。

 もう、お前にびびって躊躇ったりしない。


「だ、駄目ですよ。まだ安静にしてなきゃ」


「大丈夫だよ。もうだいぶ治ってるから」


 俺は恵ちゃんの制止を振り切って立ち上がり、正幸くんの眼を見ながら言った。


「小春は弱くないって言ってやったんだよ正幸様」


「おいおい何を言い出すかと思えばそんなことかよ。お前もそいつがとんだ甘ちゃんだってことはわかってるだろ?」


「確かに小春は甘ちゃんだよ。普段は強がってるけど実際はびびりだし、命のやり取りなんてできっこない臆病者さ」


「なんだ。よくわかってるじゃねえか。そいつは命を奪うことにびびって俺様を殺せなかった。それこそがそいつの…………」


「――違う。正幸くんの言う通り小春は正幸くんを殺せたんだよ。でもあえて殺さない道を選んだんだ。殺すよりもずっと難しい道をね」


 ――迷宮という密閉空間における極限状態。

 相手はこちらの命を脅かす異常者。

 殺すという選択もやむを得ない状況ではあった。

 だがそれでも小春は自分の信念を押し通した。

 異世界だからと思考停止せず、今までの生き方を守ろうとした。


「――それが間違いだなんて俺は思わない。間違いだなんて言わせない! ましてや正幸くんが小春を弱いと罵る権利なんてどこにもないんだよ!」


「でも氷夜、私のせいであんたはっ!」


「――でもは禁止。小春は恥じることを何一つしてないんだから堂々と胸を張ってればいいんだよ」


 俺は柄にもなく小春の頭に手を置いた。

 小春は予想外な俺の動きにしばらく口をぽかんとあけていたが、


「そう……よね。うん。ありがと氷夜」


 やがて吹っ切れたかのように笑顔を見せた。

 ……良かった。

 もうすっかりいつもの小春だ。

 なんて少しばかり安心はしたが、俺の気はまだ収まらない。

 口から溢れる激情をそのまま正幸くんに叩きつける。


「それに引き換え正幸くんはどうさ? 異世界だから殺人は許される? ふざけたこと言ってんじゃねーよ。自分が殺したいから殺したの間違いだろ」


 小春が殺す道を選べなかったのだとしたら、正幸くんは殺さないという道を選べなかったということになる。

 なぜ前者は間違っていて、後者は正しいことになるんだ?


「だいたい小春が弱いなら、異世界に来たからって自分の在り方をあっさりと変えた正幸くんの方が弱いだろ」


「……………俺様が弱いだと?」


「だってそうじゃん。不意打ちでしか迷宮の主を倒せないとか、どう考えたって三下のムーブでしかないっしょ」


「ふ、ふふふふはははは。よく分かったぜ。どうやら殺されたいみたいだなぁ!!!」


 俺に弱いと言われたことがよっぽど頭に来たのか。

 正幸くんはあふれ出る魔力を隠そうともせず、こちらにぶつけてくる。

 それは以前に対峙した時の比ではない。

 暴風雨のような苛烈な魔力の渦に押されて俺たちは大きく後退する。

 だがそれくらいで屈する俺ではない。


「……完成された孤高の所業マスターオブディード


 異空間から取り出したポーションを固有魔法で正幸くんに向けて投擲する。


「ほう、爆発ポーションか。それで俺様を倒す気かよ!?」


 正幸くんは一瞬驚いたようだが、脅威はないと思ったのか、俺が飛ばしたポーションをそのまま一刀両断した。


「くっ」


 そして巻き起こる小さな爆発。

 爆発によって生じた煙が迷宮の中を埋め尽くしてく。


「はははっざまあねえな。唯一の攻撃手段がこの程度とは。ド派手なのは煙だけかよ」


「そうだよ。それが狙いだし」


「っ!? まさかっお前っ!」


「……気付いたってもう遅いんだよ」


 充満する煙によって正幸くんの顔が見えなくなる直前、俺は駄目押しとばかりに自らの剣を投げつけてやった。


「氷夜……………もしかしてだけどこれって」


 煙幕で何も見えない中、近くにいた小春がそっと俺の手を引く。


「そう煙幕だよ。爆発ポーションと一緒に叩き込んだんだ」


「やっぱりか。あんたって本当に煙幕が好きよね。でもこれからどうするの? 時空石を取られたまま逃げるわけにはいかないわよ?」


「ああ、その点については大丈夫。時空石ならちゃんと俺くんが持ってるから」


「あんた時空石を渡したんじゃ……」


「なわけ。俺くんが時空石を簡単に渡すわけないっしょ。ちょうど時空石と似ている石があったからそっちを渡しといたんだよ」


 本物の時空石を見せつけながら俺はしてやったりと笑みを返した。


「さーて煙幕が晴れる前に脱出するよ。二人とも俺に捕まって」


「ええ」


「了解です!」


 二人が俺の傍にいることを確認してから、俺はメロアちゃんから貰った水晶に魔力を通す。

 即座に浮かび上がる魔法陣。

 眩い光が俺たちを包み込み、転移魔法が発動しそうになったその時、


「よう。会いたかったぜ」


 正幸くんに正面から肩を掴まれた。


「おいおいこんな大層な魔法陣まで作ってどうしようってんだ? まさか逃げるつもりじゃねえだろうな?」


「くっ」


 最悪だ。

 魔法陣の中に入られた!

 このままでは正幸くんまで一緒に転移してしまう。

 かくなる上は!


「小春、恵ちゃん。後のことは頼んだよ!」


「え、ちょっと先輩!」


「氷夜っ!?」


 俺は小春に本物の時空石を投げ渡すと、


「ちょっと付き合って貰おうか!」


 思い切り正幸くんに体当たりをした。


「お前っ!?」


 この状況で体当たりされるとは思ってもみなかったのだろう。

 正幸くんは俺の体当たりをもろに食らって、大きく後退する。

 その隙に小春と恵ちゃんは迷宮の外へと転移していった。


「……馬鹿が。自分を犠牲に他人を逃がす阿保がいるかよ」


「仕方ないじゃん。こうするしかなかったんだよ。それとも頼めば正幸くんは見逃してくれたのかな?」


「ちっ…………減らず口を」


 いらいらとした様子を隠そうともせず、正幸くんは乱雑に短剣を取り出した。

 俺は構える剣もないので、代わりに爆発ポーションを構える。


「…………殺す前に聞いといてやる。何か言い残すことは?」


「そうだな」


 言いたいことはたくさんある。

 でも出てくる言葉は一つしかない。


「……ざまあみろよ主人公」


「――ほざけっ!」


 次の瞬間、二つの魔力がぶつかりあった。

 


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