運命の出会い

 声をかけられたジェイコブだったが、最初はそれが自分にかけられたものだとは思いもしなかった。

 だから、ただ母の下で、冷たい地面に身を任せ続けていた。


「おいってば!」


 だが、そんなジェイコブのすぐ側まで、声の主はやってきたのだった。

 そこまでされて、ようやくジェイコブは自分が声をかけられていることに気づいた。

 少しだけ顔を上げると、何本もの足が目に映る。


「なんだ、動いてるぜ。死んだかと思ったのによ」

「やめろよ」


 ジェイコブの耳に若い声が聞こえる。少年のような声である。


「なあ、なんだって死体を担いでるんだ?」


 その数人のうちの一人が、座り込み、ジェイコブの目線にまで入って来た。

 その一人は、ジェイコブと同じくらいの歳の少年だった。


「母さんなんだ……」


 ジェイコブは素直に答えた。

 嘘をつく意味などないし、そんな頭が回るほどの気力すらなかった。


「……わかった。おい、みんな手伝ってくれ」


 たったの少しの会話だったが、少年は全てを悟ったような表情で、仲間に指示を出した。


「え?まじかよ?助けるのか?」

「かわいそうじゃない。助けてあげましょうよ」

「どこに行くの?」

「俺は一回戻るよ」


 仲間達は、それぞれ色々言いながらも、ジェイコブの母を皆で抱え上げた。

 そして、ジェイコブの方は、最初に話しかけて来た少年が肩を貸して立ち上がらせた。


「なんで……」


 ジェイコブはこれからどこに連れて行かれるかもわからないが、とても悪い事をさるとは思わなかった。


「ははっ!そう言うときは、ありがとうって言うんだぜ」


 ジェイコブの質問には答えずに、少年は笑いながらそう言った。


「ありがとう……」


 ジェイコブもそれだけ答えると、少年に導かれるまま、力を振り絞って歩き続けた。

 


     ♦



 少年たちは騒がしく喋りながら歩き続けた。


「お前どっからきたんだ?」

「ドリームヒルストリート」

「ああ、あそこかぁ」


「黒い髪珍しいね」

「ああ」

「私達みんな金髪だものね」


「父親は?」

「いない」

「そうなのか。みんな似たようなもんだな」


「お前何歳だ?」

「12」

「へぇ、俺と同じだな」

 

 そして、いつしか目的地へと着く。


「ここだ」


 そこは、見晴らしのいい丘だった。


「見ての通り俺らも金なんてないからさ。教会なんて上等な所はいけないんだ」


 少年達の恰好は、ジェイコブよりはマシではあったが、少なくとも小綺麗という感じではなかった。


「だから、ここをお前の母さんの墓にしてやろうぜ」


 それは、ジェイコブにとって願ってもないことだった。

 だが、やはり、


「なんで、こんなに……」


 優しくしてもらう理由がなかったのだ。


「ああ、理由なんてないよ。だけど、そうだな……俺らの仲間になってくれよ」


 少年がそう言うと、周りの少年達が口々に声を上げた。


「あーあ、やっぱりこうなるのか」

「いいんじゃない?あたし達と一緒でしょ!」

「飯が減るからなぁ」


 そんな言葉だ。


「おーい。スコップ持ってきたぞ」


 その時、最初に抜けた一人が、ボロボロのスコップを手に戻って来た。

 そして、少年達はスコップを手に持ち、


「仲間を助けるのは当然だろ」


 そう言って、ジェイコブに手を差し伸べたのだ。

 そして、ジェイコブは迷うことなくその手を取ったのだった。


「ありがとう」


 更に感謝の言葉を返す。


「いいんだよ。さぁ地面を掘ろう。お前は休んでな」


 少年の一人が、ジェイコブのそう言う。

 しかし、ジェイコブはスコップを手に取った。


「俺もやる」


 自分の母の為なのだ。

 ジェイコブはどれだけ疲れ切っていても、スコップを手に取り、地面を掘りだした。


「よし!やるぞ!」


 そして、全員が続いた。

 スコップの鉄の部分は錆びていたし、取っ手の木の方も今にも折れそうなほど、スコップはボロボロだった。


「野犬とかに掘り返されない様に深く掘ろう」


 それでも、皆で頑張ったからか、すぐに穴は掘れたのだ。


「皆……少し二人にしてやろう」


 そして、ジェイコブとハンナを残して、少年達は少しだけ離れていく。


「母さん……ごめん……」


 その時になって、やっとジェイコブの目から涙が落ち、それがきっかけになって、とめどなく涙が流れだしたのだ。


 ジェイコブの謝罪には、多くの意味が含まれていた。

 自分さえいなければ、自分が守れていれば、自分がお金を稼げていれば、そんな色々な事だ。

 だが、ハンナは間違いなくジェイコブがいて幸せだったのだ。

 例え、血が繋がっていなくとも、誰よりもジェイコブを愛していたのだ。


「もういいか?」


 それなりに時間が経った頃に、少年達は戻って来た。


「ああ、ありがとう」

「へっ!いいってことよ」

「よし、埋めよう」


 そして、ハンナを穴に入れると、再び穴を埋めたのだった。


「墓石はなくて悪いな」

「いや……」


 この場所なら見分けはつくし、傍に目印になるような背の高い木もあった。


「そういえば、今さらだけど名前聞いてなかったな」


 一人の少年が、ジェイコブにそう聞いてきた。


「ジェイコブだ。ジェイコブ・ブラウン」


 それを聞くと、少年は驚く。


「なんだ。お前も名前に色が入ってるのか」


 お前もという事は、少年もという事である。


「俺はマイケル。マイケル・ホワイトって言うんだ」


 マイケルはジェイコブに手を差し出してきた。

 ジェイコブはその手を取る。


「マイケル。ありがとう……」


 そして、再び泣いたのだ。


「おいおい、泣くなよ。泣き虫か?ジェイコブは」


 もちろんそんなことはない。

 だが、それでも、ジェイコブは嬉しさの余り泣き続けたのだった。

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