転生出生

 メリカ王国のニューシティと言う街がある。

 そこのとあるスラム街の娼婦が赤子を生み、そして、ゴミ箱にすぐに捨てられた。

 赤子は、ジェイコブの魂の入った転生体だったが、全ての記憶を失っていた。


「……」


 そして、前世故か、本来泣くはずである赤子は泣かなかった。

 しかし、それでは、ただひっそりと死を待つばかりである。

 スラム街の路地裏に捨てられた、泣かない子供には誰も気付かないし、よしんば気が付いたとしても誰も拾うわけがないのだから。


「ああ!ここにいたのね!」


 だが、そんな赤子にも救いの手が指し延ばされることはある。

 一人の娼婦が赤子の前に立ったのだ。


「私の赤ちゃん」


 そして女は、赤子をなによりも大事そうに抱え込み、そのまま自分の家へと連れ帰ったのだった。

  


     ♦



 娼婦の名前は、ハンナ・ブラウンと言う。

 ハンナの家は狭い貸し家だ。

 そこいらの元締めが、ハンナに貸し出した小さい家であり、同じような境遇の女たちが住む家がいくつも連なっていた。


 家の中は本当に狭く、寝る場所と、後はほんの少しのスペースしかない。

 もちろん寝る場所は、ハンナが寝る場所でもあり、ハンナが客と寝る場所でもあった。

 まともな清掃も出来ないそこは、黄ばんで汚れており、酷い匂いが漂っていた。

 それでも、ハンナは客を取らずには暮らしていけないのだった。


「汚いところでごめんね。ここがあなたの家よ」


 ハンナは、ベッドがある場所ではない小さいスペースにある、やはり小さなベビーベッドへと優しく赤子を寝かせる。


「あなたの名前はジェイコブよ。ジェイコブ・ブラウンよ。愛称はジェイク」


 赤子であるジェイコブが、その意味を理解することは出来ない。

 だが、この時にジェイコブの名前が決まったのである。


「ああ、ごめんなさい。そういえば、ご飯がまだだったわね……」


 そう言って、ハンナは乳を出して、ジェイコブへと与える。

 不思議と、ハンナの乳からはしっかりとミルクが出て、ジェイコブは生きるために必死にミルクを飲み続けたのだ。


「さぁ、今日はもう寝ましょう」


 そう言って、ハンナはジェイコブの頭を撫で続ける。

 それは、ジェイコブが眠るまで続き、その心地よさに、ジャイコブは良い気分で眠りに着いたのだ。

  


     ♦



 その日以降も同じような日々が続いた。

 当たり前だ。ジェイコブは赤ん坊だし、母であるハンナは娼婦以外に出来ることはなかった。


 だが、夜になると、いつものように女達が働く音が聞こえてくるのだが、それは母であるハンナも同じだった。


「あん!お客様。少しお待ちください」


 ハンナは精一杯の抵抗として、ベッドとジェイコブがいるスペースの間に、布でカーテンを作っていた。


「ああ?いいじゃねえか?ガキなんだしよ!見せつけてやろうぜ?」


 だが、こんなところに来る客の質など、それに応じた者ばかりである。


「ふふっ……駄目ですよ……あああ!」


 ハンナは嬌声を上げながら、何とかしてカーテンを閉め、せめてジェイコブの目に入らないようにするのだった。

 もちろん。赤子であるジェイコブには関係ない。だが、それは母としての意地である。


 そして、ジェイコブの耳には母であるハンナの声の合間に、周囲の家からの音も聞こえてくる。


「ハンナが子供を育てているそうよ?」


 だから、こういった噂話も聞こえてくるのだ。


「みたいね。まさか死体じゃあないわよね?全然泣き声が聞こえないわよ」

「誰かが見たって言ってたわよ。ちゃんと生きた子だって」

「あら、そうなの?でも本物のハンナの子ってわけじゃないわよね。だって――」

「ええ、ハンナの子は生まれた時に死んでいたし、皆で埋めたものね」

「どこから拾って来たんだか……」

「まあ、迷惑がかからなきゃいいけどね」


 やはり、その内容を、赤子であるジェイコブが理解することはなかった。

 そして、ジェイコブが歓迎されていない事だけは間違いはなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る