リーダーのマイケル

 それは、ジェイコブが小屋に来てから二か月が経った頃だった。

 その日は雨が降っていた。

 雨が降っている日はゴミ漁りはせずに、みんな小屋に籠っている事が多かった。

 しかし、雨の日は、ジェイコブは靴磨きをしにいくのだった。

 雨が降る日は、靴が汚れるからだ。


 だから、その日も、ジェイコブは一人で小屋を出て行こうとしたのだが、凄く珍しい事に彼を呼び止める声があった。


「今日は俺も行くよ」


 皆、ジェイコブが靴磨きをしていることは知っていたが、一緒に行くと言い出したのは、今日この日、マイケルが初めてであった。


「あ、ああ」


 それに対して、ジェイコブは驚きながらも、断る理由はなく承諾をした。


「じゃあ私も行く!」


 すると、オリビアも挙手して、ジェイコブについてこようとした。

 別に、オリビアがマイケルに対して、特別な感情を抱いているわけではない。

 ただ、オリビアはずっときっかけが欲しかっただけなのだ。


「悪いな。それはまた今度にしてくれ。今日は男同士の大事な話があるんだ」


 それを察していたマイケルは、また今度という逃げ道を用意して、やんわりと断った。


「ええー!」


 抗議の声を上げるオリビアを置いて、


「さあ、行こうか」


 マイケルはジェイコブと肩を組み、外に出たのだった。

 二人は、少しだけ穴の開いた傘を差しながら歩き、大通りへと着いた。

 靴磨きは、富裕層くらいしか利用しないので、大通りでやらざるおえないのだ。

 しかし、今のジェイコブは小奇麗な格好をしているので、昔と違って酷い扱いを受ける事は少なくなっていた。


「その看板を立てるんだな」


 ジェイコブは頷くと、看板を設置した。


「話って?」


 ジェイコブは客を待ちながら聞いた。


「おいおい、せっかちだな。ゆっくりいこうぜ」


 だがマイケルは、すぐにはその話をする気はないらしい。

 

「あの人は寄りそうだな」


 突然マイケルがそんなことを言い出した。


「頼むよ」


 そして実際、その男は靴磨きを頼んできたのだった。


「はい!」


 マイケルが元気よく笑顔で答え、靴磨きを始める。

 その手際は良く、ジェイコブは感心する。


「終わりましたよ!」

「ああ、ありがとう」


 そして、すぐさま終わらせてしまったのだ。


「やってたのか?」


 ジェイコブがそう尋ねると、


「いや、初めてやったよ」


 マイケルはそう答えたのだ。

 それにしては、あまりにも手慣れた手つきであったので、やはりジェイコブは感嘆するのだった。


 それに、客が声をかけてくるのが事前にわかった事も、ジェイコブには不思議でならなかったのだ。


「あの男はこれから初デートに行くんだ。緊張してる様子だったし、髪も決まってた。それにしきりに時計を見てたし、身なりも気にしてたし、特に靴を気にしてたんだ。どこかで汚したんだろうな」


 だから、靴磨きに来たというわけだろう。

 だが、これだけいる人の中から、そんな人間を見つけ出すのは、やはり凄いのだった。


「次はあいつだ」


 そしてマイケルは、再び客を見つけ出すと、笑顔で手を振ったのだ。

 すると、まるで導かれたように、その女性はやってきたのだ。


「お願いするわ」


 今度はジェイコブがやろうとしたが、マイケルはジェイコブのその手を取ると、口に手を当てて静かにのポーズを取った。

 そして、再びマイケルが靴磨きを済ましてしまう。


「ありがとう。ところで、またここでやっているかしら?」

「いえ、すいません。いつもやっているというわけではないので」

「そう、残念だわ」


 そう言って、女性は去っていった。


「あの女は金持ちだな。だから靴磨きに使う金なんてどうでもいいんだ。ただ、俺にやってもらいたかっただけさ」


 マイケルが解説する。

 だが、それではジェイコブのいる意味がなくて困ってしまうのだ。


「そんな顔するなよ。次はお前向けの客を見つけてやるよ」


 そう言ったマイケルは、本当にそんな客を見つけてしまうのだった。

 


     ♦



 そんな感じで靴磨きを続け、いつしか時間が経ち、靴磨きを終えて帰路を辿っていた。

 

「なんだ、こんなもんか」


 マイケルがそう言ったのは、今日の稼ぎの事である。

 こんなもんと言われても、今日の稼ぎは普段の五倍ほどあったので、ジェイコブからしてみれば多すぎるくらいである。


「なあ、ジェイク。俺の夢はさ!でっかくなることだ!」


 突然、マイケルがそう叫んだ。

 それは、変な夢ではないだろう。だが実現しない夢でもある。

 だが、マイケルが言うと、実現しそうな夢でもあるのだ。


「こんな紙切れ、ケツを拭く紙にしてやるくらいな」


 これがマイケルの、今日したかった話なのだろうか?とジェイコブは思う。


「ジェイク。お前が来たから決意したんだ」


 何故だかマイケルはそんなことを言い出したのだが、ジェイコブからしてみれば、自分は何もしていないとし、特別ではないとしか言いようがないのだ。

 しかし、マイケルからしてみれば、そうではないようである。

 更にマイケルの話は続く。


「その夢の一歩目を、明日踏み出そうと思う!」


 マイケルは立ち止まって、ジェイコブの肩を掴んだ。


「お前が俺の側にいれば、なんだって出来る気がするんだ」


 そんなことを言われて、悪い気がする人間はいないだろう。

 そして、ジェイコブもまた、やはり悪い気はしなかったのだ。


「頼んだぜ相棒」


 マイケルはそう言って、拳を顔付近まで開いて上げた。

 ジェイコブはその拳を黙って、しかし、力強く取ったのだった。

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