兄貴分のイーサン
小屋に来てから一か月が経った。
初めてマシューについて行った日以来、ジェイコブはスリに行かなかった。
ゴミ漁りに多く、精を出していたのだ。
そして、たまに前のように靴磨きもしていた。
自分で稼いだ金で、食料を買って行くと、みんなは大喜びし、それがジェイコブからしてみればとても嬉しかったのだ。
しかし、今日は小屋の見張り番である。
見張りと言っても、この一か月間、この小屋に強盗が入ったり、盗みに入ったりということはなかった。
ジェイコブがマイケルに聞くと、「盗むようなもんはねえからなあ。でも何回か強盗には入られた事はあるよ。イーサンが撃退してくれたけどな」だそうだ。
一緒に小屋の見張りをしているのは、イーサンとエミリーだ。
こう言ってはなんだが、ジェイコブもエミリーも無口なので、とても静かだった。
「ジェイク。ちょっと手伝ってくれ」
小屋の見張りと言っても、ただぼーっとしているわけではない。
小屋で出来ることは、何でもやるのだ。
「この時計動きそうで動かないんだよ。俺はもう見たから見てみてくれよ」
「ああ」
ジェイコブは、イーサンから時計を手渡されたが、ジェイコブからしてみればチンプンカンプンである。
とりあえず、ドライバーで中を開けてみるが――やはりわからない。
「貸して」
いつの間にか、ジェイコブの真後ろまで来ていたエミリーが時計を取ると、自分の机へと持って行ってしまった。
「はい」
そして、すぐにジェイコブの手へと、時計を返してくる。
その時計は、しっかりと動いていた。
「直ってる。流石だな!エミー!」
イーサンが横から覗き込みながら感嘆の声をもらした。
「別に」
エミリーは、少しだけジェイコブ達の方を見ながら、短くそう答える。
「ジェイクも言ってやれよ!」
ジェイコブは、イーサンに肩を叩かれた。
「凄いな」
言われたからと言うのもあるが、ジェイコブは素直にそう思ったのだ。
「そ、そんなことないわ!」
今度は振り向かずに、エミリーが上ずった声で言う。
ジェイコブ達から見えないその顔は、少し赤らんでいた。
「エミーは俺達の中で一番頭がいいんだ。本ばっかり読んでるからな」
ジェイコブも本を読むのは好きだったが、頭が良くなったと感じたことはなかった。
向いていないのだろうと、ジェイコブ自身は思う。
何故なら、本の内容を理解出来ない事も多かったのだから。
イーサンが、ジェイコブの耳に顔を近づけて、小声で囁いた。
「今度稼いだ金で本を買ってやれよ。いいか?拾ったもんじゃなくて、稼いだ金でだぞ」
「ああ」
ジェイコブにはその理由はわからなかったが、イーサンは周りをよく見ている。言う通りにしといたほうがいいと、ジェイコブは考えた。
そして、その声が聞こえないエミリーは、顔を寄せ合っている男二人を見て、怪訝な表情をするのだった。
「それはそうと、背が伸びたんじゃないか?ジェイク」
「え?」
イーサンにそう言われても、ジェイコブには実感がわかなかった。
「少しだけね」
エミリーもイーサンに同意したため、間違いはないのである。
そもそも、少年少女たちは、まだ成長期である。
前よりも栄養がいきわたるようになった今、ジェイコブの背が伸びるのは自然な事である。
「このままいくと、マシューの背もこしちまうな。マシューが嫉妬するぜ」
そう言われても、ジェイコブにはどうする事も出来ない。
ただ、成長しているだけなのだから。
「そう困った顔するなよ。でかくなるのはいいことだぜ」
そう言って、イーサンはニカッと笑った。
ジェイコブも少しだけ、口の端を持ち上げたのだ。
「さて、次は何をやろうか?そういえば、リビアが服に穴が空いたって言ってたな。あいつはやんちゃすぎるんだよな」
そしてイーサン達は、見張りを続けるのだった。
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