お調子者のマシュー

 ジェイコブが小屋にやって来てから一週間が経った。

 あまり喋らないジェイコブだったが、仲間達はそれでもジェイコブと仲良くしてくれたのだった。


「おはよう」


 朝早くに起きると、エミリーは必ず挨拶をしてくれるようになった。


「よう、ジェイク。手伝ってくれ」


 マイケルやイーサンも、ジェイコブをよく頼るし、


「ねえ、ジェイク行こう!」


 オリビアは、よくジェイコブの手を引くのだった。


「おいおいリビア。ジェイクが困ってるぜ」


 それに、マシューはとある理由からジェイコブの事は特別に気に入っている。


 しかし、ジョシュアだけは、ジェイコブの事が気に食わないようであった。


「ふん!」


 ジェイコブと顔を合わせるだけで、この態度である。

 その理由は、ジェイコブにはわからなかったし、ジェイコブはわかろうとする努力もしないのだった。


「悪いなジェイク。ジョッシュの事は気にしないでくれ」


 マシューがジェイコブに対してそう言ってきた。

 マシューとジョシュアは仲が良いのだ。


「それより、今日は俺と行こうぜ!」


 マシューはいつも見張りもしないし、ゴミ漁りもたまにしかやっていない。

 代わりに、一人で出かけていくのだ。

 ジェイコブを誘ったのは、ゴミ漁りに行こうという意味ではないのはジェイコブにも容易にわかった。

 そして、誘われたジェイコブの方は、黙ってマイケルの方を見たのだ。


「いいんじゃないか?でも、向いてないと思うぜ」


 何に向いていないのかはわからない。


「えー!マジかよ!」


 そして、それはマシューにとっては意外なことのようだった。

 しかし、マイケルの許可は出たのである。


「よろしく」


 だから、ジェイコブはマシューについていく事にした。


「よし、じゃあ着替えようぜ」


 そう言って、ジェイコブは何故か着替えを渡される。

 渡された服は、普通の服だ。しかし、ジェイコブ達が普段来ている服は、ボロボロの服である。

 それを考えれば、普通の服と言うのは、とても小奇麗な服なのだった。


 とりあえず、渡されたので、何も言わずにジェイコブは着替えた。

 

「へえ、似合ってるじゃないか」


 マイケルがジェイコブを褒めた。

 なんだかジェイコブは、それが嬉しくて照れてしまう。


「何やってんだよ。行くぞ」


 そんな二人の無駄なやり取りを遮って、マシューはジェイコブを連れ出すのだった。


「この辺の事はもう詳しくなったか?」


 マシューの問いに、ジェイコブは頷く。

 どんなところでも、1週間もうろつけば、嫌でも詳しくなる。


「じゃあ、大通りに出るぜ」


 大通りと言うのはどこを指すわけでもない。スラム街ではない所である。

 ジェイコブ達が、あまり立ち寄る事がない場所だ。


「なあ、ジョッシュなんだけどさ」


 道すがら、マシューはジェイコブに話しかけて来た。


「悪い奴じゃないんだよ。ただ、俺とジョッシュは同じ孤児院の出でさ。あんまり人を信じてないんだよ」


 人を信じてないのは、スラム街に住む人間全員である。ただ、ジョシュアは特別ということである。


「まあ、ジョッシュがジェイクを嫌ってるのは別の理由なんだけどさ」

「え?」


 ジェイコブからしてみれば、それ以外に心当たりがないので、かなり意外なことであった。


「でも、俺はジェイクの事はむしろ好きなんだぜ」


 だが、マシューは話を変えてくる。

 ジョシュアの話はこれで終わりなのである。


「だって俺より背が低いからさ!」


 マシューは年齢で考えても背が低い。

 だが、ジェイコブはそれよりももっと低いのだった。


「だから向いてると思ったんだけどな」


 マシューは手を頭の裏で組んだ。


「スリにさ」


 ジェイコブからすれば、やっぱりという感じであった。

 たまにマシューは結構な額の金を持ってくるのだ。

 その出所が、まともなところではないのは容易に想像がついた。


「ほら、着いたぜ」


 話をしているうちに、ジェイコブ達は大通りについていたようである。

 スラムとは違い、身なりがまともな人間がたくさんいた。


「でも俺だって相手をかなり選ぶんだぜ。捕まったら取り返しがつかないって、マイクに言われてるからな」


 大通りの路地裏で、小さい声でマシューが話した。


「じゃあ、ちょっと見といてくれよ」


 そう言うと、マシューは人波の中へと入っていった。

 普通の恰好をしているおかげで、大通りでも浮くことはない。

 マシューは小さい体を活かして、人の間をすり抜けていく。

 そして、少しすると帰って来た。


「ほらよ」


 マシューはガムをジェイコブに差し出してきた。

 ジェイコブは少し驚いて、それを受け取る。


「あの若い男のポケットからはみ出てたんだ」


 あの、と言われても、ジェイコブにはどれかわからない。


「財布は流石に警戒心高いからさ。滅多に盗めないよ」


 そう言われても、ジェイコブには自分がそんなことを出来るとは思えなかった。

 心の問題ではなく、手先の問題である。

 マイケルがジェイコブは向いてないと言ったのは、ジェイコブが根本的に不器用だからである。


「まあ、いきなりやれなんて言わないよ。向いてないと思ったらやらなくてもいいしさ。エミーもリビアもイーサンもスリは向いてないからやらないんだ」


 それなら、もう答えは出ているとジェイコブは思う。


「よし、じゃあ次行くぞ」


 だが、それでもジェイコブは黙ってマシューについて行くのだった。

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