第9話

 死にかけることはオーヴァードにとって、そう珍しいことではない。

 肉体蘇生に優れ、ほぼ不死に近いために命を軽くとらえる能力者は多い。

 ゆえにオーヴァード同士の殺し合いは不毛かつ、無意味だ。もし戦うとなれば相手を動けないように、または蘇生してもすぐに死ぬようにする。そんなえぐい話を聞いたことはあるが、幸いにもヒメはそういう状況に今日まで陥ったことはない。

 が、今日は目覚めたと同時に軽く死んだ。二回ぐらい死んだ。

 誰が思うだろう。目覚めたときにジンの顔が近くにあるなんて!

 心配そうにしている顔に何か言おうとして全身の痛みに何も言えなくなった。

「しゃべらなくていいですよ。喉も焼けて痛いでしょう?」

「ん」

「今、肉体が蘇生してる途中だから痛みはじわじわと引いていくと思います」

「んっ」

 返事をするだけで痛い。けど、意識を保つには痛みが必要だ。

 肉体蘇生のトリガーは、それぞれによる。

 組織に属し、訓練を受けたチルドレンは痛みや死を恐れないように教育される。恐怖心や痛みに鈍感になることで自己で判断し、肉体損傷を蘇生することでウィルスの侵蝕を抑える。

 逆に一般人の覚醒者は痛みや恐怖心をトリガーとして蘇生を行う。痛みで肉体蘇生の向上を促し、行動を行う。

 ヒメは後者だ。もともと訓練なんてほぼ受けていない一般人。痛みと蘇生をすすめる。

 じわじわと体が楽になってきたが、完全に治癒はしていない。あっちこっちが痛む。

「支部員たちがきて、あの店は調べてる最中です」

「う、ん」

 ようやく声が出てきた。

「ここは僕の病院で、ヒメさんは個室にいます。記憶にありますか?」

「なんとなく」

 思いっきり気絶したあと、運ばれたのは覚えている。途切れ途切れの記憶のなかでずっとジンがそばにいてくれたことも。やばい、恥ずかしい。

「ごめんなさい、あんまり役に立たなくて」

「ヒメさんのおかげで勝てたんでよ。重力を使って、打撃の威力強めてくれたでしょう?」

「それくらいしかできないから」

 戦うのは嫌いだが、戦わないわけにはいかない。だったら戦う人間が少しでも有利に進むように助ける。

 それがヒメが選んだ戦闘スタイル。

 自分で手を汚さないずるいとは思ってはいるが、そんな自分でも必要してくれる仲間はいた。かつて。

 思い出すと喉がまた痛む。

「あの敵は、どうだったの」

「ブラム・ストーカーの力で無理矢理覚醒させられて操られていたみたいですね」

「そうなんだ。じゃあ、犯人はわかったの?」

「血ごと燃えたので証拠がないんです」

 ひっかかる物の言い方だ。いや、そもそも彼の行動にどうも気にかかることがあった。

 体を起こすと痛みに顔をしかめた。ジンが背中を支えてくれたのに足を折って腕をのせると、頭を支えた。

「ずっと思ってたんだけど、聞いてもいいかしら?」

「なんですか?」

「ジンさん、実は犯人わかってるでしょう?」

「……」

 沈黙は雄弁すぎる。本当は言い訳もすぐに出来るだろうにあえてこうやって答えてくれた。不器用な誠実さにヒメは途方にくれたように天を仰いだ。

「どうして動かないの?」

「先ほども言いましたが、証拠がないんです」

「その証拠がほしくて、アタシがいるわけだ。裏切り者をあぶり出すために外部から来たやつでひっかけようってことね? 内部調査ってことでアタシがこそこそ動くのに犯人がつられると思ったわけだ?」

 ジャームを追いかけているにしては、支部はずいぶんと穏やかだった気がする。その地点で察すればよかったのだ。

ジンには焦っている様子はまるでなかった。

 外部から派遣されたヒメが現れても、ことさらめんどくさがることもないが、関わろうともしなかった。大概の支部は外から来る者を嫌う。今までの連携が崩れるからだ。それでも人手不足のため受け入れる。そういうとき支部長がイリーガルに関わって連携のためのパイプ役を担うものだ。

 思えばツギノの言葉からしていくつかのひっかかりはあったわけだが、こういうことか。

「僕からツギノさんにお願いしたんですが……ヒメさん、怒ってます?」

「ううん、怒っても仕方ないことだし、そうするのが一番効率がよかったんでしょう?」

「けど今日みたいなのは予想外でした。その点については」

「生きてるからいいわよ」

 謝罪を否定するように言葉を吐いたヒメは、煙草の煙を吐くみたいに細く長い息を零した。

「お願いがあるの。犯人を捕まえるなら、アタシも噛ませて。まさか、アタシを疑うことはないでしょう」

 ジンが、意外そうに目を瞬かせたあと、目尻を緩めた。

「いいんですか」

「なにが」

「付き合わせて」

「今更だわ」

 拗ねたみたいにヒメは唇を尖らせて言い返す。本当に今更だ。ジンはこういうことになることも計算して自分のことをほっといた可能性もある。ノイマンは頭がいいが、人の感情に対して疎いところがある。今、ヒメが本当に怒っていても、実は悲しんでいても彼にはわからないだろう。

「ヒメさん、やっぱり怒ってます?」

「ううん。ただ、あなたって怖い人だなって思って」

 ヒメの言葉にジンが不思議そうに小首を傾げた。どうしてって言いたげだ。

 そういうところは、少しばかり人間臭い。




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