第5話 「だからまず見た目を変えろ」
あれから数日。
カーミヤと数回クエストをこなした俺は、ギルドに彼女がマッチング制度を使っても問題ないことを報告した。
ただ俺のような被害者を増やさないためにも酒を飲ませるな。酒の席に同席する場合は注意するべし。それだけに厳重に言っておいたよ。
だってあの女、マジで質が悪かったから。
汚物をぶちまけられた次の日、何事もなかったような顔で挨拶してきやがったんだから。怒りをグッと抑えて話を聞いてみたところ、酒を飲み始めたところまでしか覚えていないんだと。
酒に弱いのに酒好きなのは良いよ。
でもあれだけひどい酒癖があるのにそれは不味いでしょ。記憶も残らないとなれば謝罪だって遅れがちになるだろうし、それが理由で遺恨にも繋がる。
あいつは冒険者を続けるなら酒はやめるべき。それが人のため自分のため。
俺は心からそう思います。
『えっと……その……すみません』
心を殺して報告し終わった時のアイネの顔はマジでやばかった。
事の責任はギルドではなく、カーミヤ自身にあるわけだが。彼女と引き合わせたことが事の発端とすれば、俺に対して悪いことをした。
そのようにアイネは感じてしまったのか、ものすごく申し訳なさと気まずさが入り混じった表情だったよ。
そんな顔で真摯に謝罪されたらギルド側に文句なんて言えないじゃん。
それに今日は次の冒険者にこれから会うんだけど。その人物の資料をさっき受け取る時とか……
『この方は大丈夫だと思います……多分』
どんな想像したのか知らないけど、また報告の時間に気まずくなるんじゃないかって視線を逸らされたからな。
でも仕事なんで投げ出さず頑張ってください。心から無事を祈ってます。そんな意味合いを込められてそうなココアを差し入れでもらった。
こいつは別の火種になりかねないな。
そう思った俺もいたけど、素直にいただくことにしたよ。ココアを渡してきた時のアイネの顔は営業スマイルじゃなかったし。
人の優しさを素直に受け取れない精神状態なら仕事をすべきじゃない。
この自論に基づいて逆説的に言えば、このココアを素直に受け取れた俺は仕事ができる状態にはあるということ。
が、しかし……
「……カーミヤみたいなことが続いたら心が折れかねん」
仕事自体は投げ出さないとは思うけど……数日休みはもらうと思う。
精神的にボロボロの状態で訳アリかもしれない冒険者に会うのは危ないから。
ふとしたことで互いを傷つけたり、傷つけられたりしてケンカに発展するかもしれない。そうなったら俺の請け負っているクエストは果たすことができない。
マジで頼むから酒癖が悪い奴だけは勘弁してくれ。
ココアよ、お前の甘さで俺の心に安らぎを与えてくれ。
「…………」
はい、ざっと目を通しました。
今回の冒険者の名前はリクス。性別は女性、年齢は22歳。
18歳で冒険者になり、わずか2年でBランクに上り詰めた実力者。
俺は子供の頃から中身があれだったので神童扱いされた時期もあるし、冒険者になれる15歳までに準備を行っていたから似たような速度でランクを上げることが出来た。
しかし、彼女にはそんなズルがない。
冒険者になる奴なんて子供の頃からなろうと考えている。だから基本的に15歳ぐらいでスタートを切るのが普通だ。
18歳からってことは何かしらの理由で人生の岐路に立たされたのだろう。
そこから2年でBランク。マジでかなりのエリートさん。
「天才って言うのはこいつみたいな奴のことを言うんだろうな」
しかし、問題なのはここから。
現在の年齢は先ほども言ったように22歳。資料に不備がなければ、彼女がBランクになったのは20歳の時である。
2年でBランクまで上がることが出来た人間がそこから2年もあって成長がない。
そんなバカなことがあるだろうか。いや、あるはずがない。
だって資料にもギルドとしてリクス本人にはAランク相当の実力がある。そう書いてあるから。
にも関わらず、リクスがAランクに昇格できていない理由。
それはパーティーの入れ替わりや解散の多さ。事前に本人から聞いた話だと、基本的に2、3か月に一度。早ければ2週間、長くても半年以内にパーティーを変えてきたらしい。
それだけにギルドも数度介入してことがあるらしく、揉めた理由の大半が男女の関係性について。言ってしまえば恋愛絡み。
「話の中にリクス本人が絡みはするが、リクス本人がパーティーの誰かと揉めたということはなく……ということは」
全てかどうかは不明だが、大半の解散が本人のいないところでメンバーが揉める。そこから亀裂が生じ、次第にそれが大きくなって仲たがい。メンバーの入れ替えで済むことがあっても似たようなことが起きて結局は解散。そういうことですか。
ギルドが調査した限り、リクスがわざと他人の感情を弄んで解散に追いやっているようには思えない。
それだけにギルドとしては、優秀な冒険者であるリクスにはマッチング制度を用いてパーティーを組んでもらい、高ランクのクエストを受注して欲しいと考えている。
しかし、リクス本人があまりの解散の多さからパーティーを組むことに抵抗や不安を覚え始めているとのこと。
なので今回の依頼内容は、素行調査ではなくメンタルケア。
ギルドは俺にリクスが再びパーティーを組みたいと思えるように。他人と関わることに前向きになるように彼女の相談相手になって欲しいそうだ。
「これだけ見れば今回はゲロまみれになることはないが……」
今回は今回で難しい依頼内容である。
単純に冒険者としてパーティーとの付き合い方。それくらいの相談なら俺でもどうにか出来るかもしれない。
ランク差はあれど教導という名目で色んなパーティーに関わってきた。ケンカの仲裁や悩みごとの相談相手になったことがある。その経験を活かせばいい。
だが。
もしも人の好意……恋愛に関する内容まで絡んでくると一気に自信がなくなる。
だって俺、これまでに交際経験ないから。
異性と出かけたりすることはあっても特別な感情を抱いた相手と出かけたことがない。なのでガチな恋愛相談とかだったら地雷を踏んで状況を悪化させてしまうかも。
ねぇギルドさん、今回は前回とはまた違った意味で女性冒険者を用意すべきだったんじゃないかな。世の中には女性しか知りえないことだってあるはずだし。
「あなたがクロウさん?」
落ち着いた響きのある声に意識は現実に引き戻される。
このタイミングでギルドの隅に座っている俺に話しかけてくる人物。そんなの待ち合わせ相手であるリクスさんしかいません。
はい、顔を確認しました。
資料にあったものと同じ顔。イケメンだって素直に思える綺麗な顔。何ならそれよりも3割増しくらいでイケメンって感じられる顔が俺には見えている。
服装は黒いロングコートに同色のズボン。腰にはこれまた黒色の鞘に入った刀。
少し乱雑に整えられている髪もこのへんでは珍しい黒なだけにマジで真っ黒。それなのにカッコいいと思えるんだからイケメン力がハンパない。
資料に性別が書いてなかったら線が細い男と思っていたかも。
けど、それだけに納得もした。この容姿なら勘違いが起きてトラブルにもなるわ。
「ああ」
「はじめまして、ボクはリクス。よろしく」
クールな感じではあるが、笑みを浮かべて握手を求めてくるあたり思った以上にフレンドリーな性格をしているのかもしれない。
というか、一人称がボク? まさかのボクッ娘?
この見た目でボクッ娘はもうアウト。世の中の人々は騙されまくりよ。
今浮かべている笑顔だって女性って知っているから可愛く見えるけど。
男性だと思ってる人間には、イケメンスマイルにしか見えないだろうね。
なんてことを考えながら平然と握手に応じる俺には、リクスとはまた違った才能があるのかもしれない。
「今回はボクのために時間を取ってくれてありがとう。ギルドから大体の話は聞いてるのかな?」
「聞いてたというよりたった今これを見て理解した」
「なるほど……その、ここで話すのはあれだから場所を変えてもいい?」
まあ話の内容によっては人次第で悪口にもなりかねない。余計な面倒事を増やさないというためにも断る理由はないな。
というわけで、俺とリクスはギルドを出ました。
リクスに案内された形で訪れたのは、彼女の行きつけのカフェ。
担当してくれた女性店員はリクスの顔を見た途端、それまでよりも元気な顔を浮かべている。
「ボクはいつもので。クロウさんはどうする?」
「初めて来る店だしな。君と同じやつを頼もう」
これで超巨大なパフェとか来たら苦しむことになるかもしれない。
が、今の時間は昼前。空腹感もそれなり。メニューを見る限り、大半のものならセットで来ても完食できる量だ。
リクスと会うのは今日が初めて。
冒険者としての情報はギルドの資料から読み取れても、それ以外の情報は未知数に等しい。
さらに今回は俺がリクスの情報を一方的に集めればいいわけではない。
交流を深めて信頼を勝ち取り、彼女が彼女なりの納得できる答えに辿り着く必要がある。
そのためにも仕事に関する以外の話題も必要になるわけで。
リクスと同じものを頼んだのはそのへんも理由である。断じて面倒臭かったわけではない。
「チョコケーキのセットでボクと同じだと飲み物もココアになるけど。クロウさんはそれで大丈夫?」
「ココアだけコーヒーにでも変えてもらおう」
「コーヒー飲めるんだ。クロウさんは大人だね」
いやまあ年齢的には大人ですけど。
でもそれ以上にココアはさっき飲んだばかりなんだよね。
似たような味が続くと飽きちゃうと言いますか。
甘いものに甘いものだと味がよく分からなくなりそうじゃないですか。
というか、今の発言からしてリクスは苦みのあるものは苦手なのかもしれない。
それにチョコケーキにココアという組み合わせからして甘党。これらは何気ない世間話をする際に使えるかもしれない。
「……さて。時間的に頼んだものが来るまで時間もかかるだろうし。さっそく本題に入らせてもらおうかな。クロウさんはどう思う?」
「どう、とは?」
「ボクはパーティーを組んで活動すべきか。それともソロで活動した方が良いのか」
そんなのギルドの要望にあるようにパーティーを組んだ方が良いよ。
人には得意なことがあれば、苦手なこともある。冒険者のひとりの力では成し遂げられないクエストが必ずあるんだから。
それに命を落とすリスクを減らすという意味でもパーティーは組むべき。
……なんて当たり前の話をされてもリクスは困るよな。
そんなことはリクスだって分かっている。
彼女が聞いているのは、これまでの経緯からトラブルが起きてしまう可能性が高いのにパーティーは組むべきなのか。ソロで出来る範囲のクエストをこなす方が面倒事が起きずに人のためになるんじゃないのか。
そういうことだろう。しかし……
「まずそれに答える前に確認したいんだが……君はトラブルが起きてしまう可能性とかマイナスなことは抜きにして。前提としてパーティーを組みたいのか、そうでないのか。どっちなんだ?」
「それは……」
正直な話、重要なのはここだと思う。
この店に来る前、走っていた子供が転んでしまって泣いていた。
そんな光景は日常茶飯事。家族や友人でなければ無視をしてもおかしくはない。
だがリクスは誰よりも先に子供に歩み寄って行った。
彼女が所属していたパーティーの解散理由は恋愛絡み。
リクスのことを男だと思ってのトラブルなのか。女だと理解していても起きてしまたのか。それはまあ今となってはどちらでも良い。
人が人のことを好きになるというのは、その人に魅力を感じたからだ。
リクスの容姿に惹かれる場合もあるだろうが、彼女の内面にも魅力がなければここまでトラブルが起きることもあるまい。
ならトラブルを避けるためにリクスの魅力を減らすか?
それはそれで間違っている。リクスの持つ優しさは非難されたり、我慢すべきことではないはずだ。
そもそも……他人に冷たい態度を取れば、それが理由でトラブルが起きかねない。それにリクス本人が出来ることはなんて限られている。
「出来ることなら……パーティーは組みたいよ」
「そうか」
「でも……せっかく仲良くなってきた。そう思い始めたら、思っていたら誰かと誰かの仲が悪くなる。ボクの知らないところで争いが起きて……それが溜まりに溜まって亀裂がひどくなると、唐突にボクのせいだ。お前が原因なんだって言われる」
「……」
「多分だけど……次とは言わないけど。もう何回か同じことが起きたらボクは……ボクは冒険者を続けられる自信がない」
第三者からすればリクスには非がない。お前は悪くない。
そう思うことが大半だろうし、言葉にするのも簡単だ。
しかし、優しいリクスは自分のせいだと感じる部分もある。自分の言動に問題があったんじゃないかと考えてしまう。
そうでなくても仲間だと思っている人間から罵倒されたりするのは傷つくものだ。
こいつは何度もそれで傷ついてきた。
それでも冒険者としてあり続けようとして。
困っている誰かがいれば助けたいとか思って。
ギルドに辛い話をしてまで俺を含めた誰かに相談したいと考えた。
ならたとえ俺が偶然ギルドに選ばれただけだとしても無責任なことは言えない。この場だけの慰めなんて口には出来ない。
「……俺の考えとしては、やめたくなったらやめればいい。続けられないと思うならその気持ちに素直に従えばいい」
「続けろ、とは言わないんだね」
「ああ。お前は悪くない、悪いのは周りの方だ。そんなことを出会ったばかりの俺が口にしても君の気持ちはほとんど変わらないだろ」
それはそうかもしれない。
そう思って気まずさを覚えたのか。リクスの視線が俺から逸れる。
「とはいえ……相談相手として仕事を請け負ったのにこれだけだとただの給料泥棒だ。だから俺から言えること。俺が出来ることを君に伝えておこう」
リクスの視線がこちらに戻る。
話を聞こうとするということは、この子は冒険者を続けたい。パーティーを組みたい。そう思っているということ。
正直、俺が何か言ってどうなるか分からない。
が、分からないなら可能性もゼロではない。ならやらずに後悔するよりやって後悔すべきだろう。
「やめたいならやめろとは言ったが……また冒険者をやりたくなるかもしれない。その間は別の仕事をしたり、上手くに行かずに食い扶持に困るかもしれない。もしそうなったら何年もとは言えないが、少しの間なら面倒は見てやる」
装備がある程度整って予備まで準備出来てしまっている今現在。
大きな出費をする機会というものは減少しており、お金は貯まっていくばかり。
それ故に人ひとりの面倒を見る分には何も問題ない。
善い人間ほど馬鹿を見て苦悩する。そのまま潰れて消えていく。
それが良いことだとは。正しいことだとは俺は思わない。
これが同情や偽善だと言われても。何かやりたいという意思を持っているのであれば助けてやりたい。そう思わせるものをリクスは持っている。
「だから今はまだ冒険者をやりたい。パーティーを組みたいと思うのであれば、心が折れるまで続けてみろ」
「でも……このまま続けても」
同じことが繰り返されるだけ。
そう言われる前に俺は口を開くことにした。
ここまで言ってしまったのだから最悪リクスに嫌われても仕方がない。その覚悟を持って彼女の地雷かもしれない部分に触れていく。
「そうだ。だからまず見た目を変えろ」
「見た目?」
「言ったら怒られるかもしれないが、君は中性的な顔立ちと服装のせいで男に見られても仕方がない。何か服装にこだわりでもあるのか?」
「別にこだわりは……動きやすさとか、草木や岩肌でケガをしないようにだとか。暗い色の方が視覚的に有利。そんなことを考えてたらこうなってただけで」
つまり、実用性を重視した結果がそれなんだな。
いやまあ、冒険者としてはとても正しい選択だと思うけど。俺も実用性重視だからそれを間違いだとか言いたくはないんだけども。
でも今回に限っては、間違いというか変えろという他にない。
「だったら……全部捨てろとは言わないが、何かしら妥協して見た目に女性らしさを出してみろ。君が男ではなく女、それが周囲に理解されやすくなるだけでもおそらくトラブルが起こる可能性は減る」
「女性らしさ……それってさらしも取った方が良いのかな?」
それって今はさらしでおっぱいを潰しているってこと?
いや、その、おかしいことではないよ。得物を振る時に胸が邪魔って言う冒険者はいるわけだし。
でもこれが意味するのは、さらしで潰さないと邪魔になるくらいおっぱいが大きいということ。
つまり、リクスさんのおっぱいは大きいということ。
大きなお胸は女性らしさを感じさせるには十分。ボディラインの違いが明確に現れるだけに視覚的な効果も凄まじい。
しかし、だがしかし。
男の身としては、これほど答えにくい質問もない。
大きいおっぱいを見たいと思われるのも嫌だし、冒険者の観点から見れば獲物は振りやすい方が確実に良い。
「それは……まあ自分で決めればいいと思う。男の俺だと胸のあるなしでどれくらい動きやすさが違うのか分からないから」
「それもそうだね」
あ、良かった。納得してくれた。
そこまで言ったのに無責任だよ。ちゃんと答えてよ!
とか追及されなくて本当に良かった。
「……よし。クロウさん、明日も今日と同じ時間に会ってもらってもいいかな?」
「それは構わないが……相談事に対する答えとかは今日と変わらないと思うぞ」
「それは大丈夫。あれこれ自分なりにやってみようと思うからそれに付き合って欲しいだけ」
相談相手になるのが今の仕事ではあるし、前向きになっているところに水を差すのも良くはない。
付き合わされる内容によっては俺じゃなくて女性冒険者に頼んでくれ。
そう思うことになるかもしれないが、その気にさせたのは俺なのだから一段落するまでは付き合うのが義務だろう。
それに前回が前回なのでよほどのことがない限り、大抵のことは許せてしまう。そう思える余裕がこのときの俺にはあった。
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