第3話 「さて、化け物退治を始めよう」

 解毒剤などの物資補給を終えた俺達は、目的地である森林へと足を運んだ。

 道中は天候にも恵まれ、これといったトラブルもない最高の移動だったと言える。

 その間、俺とカーミヤはそれぞれの戦い方や連携面などを話し合った。

 それが終わった後は、カーミヤのことを知るために違和感がないように世間話。

 内容に関して一部抜粋すれば……


『普通の大剣よりデカいの使ってる理由? それはまあ盾代わりってのもあるけど。やっぱ大きい方がカッコいいじゃん!』


 といったものを始め……


『クロウの剣って鞘とか装飾を見る限りシンプルだよね』

『まあ実戦のことを考えたら無駄だからな』

『じゃあ中身もあたしと同じで頑丈さとか優先だったり?』

『それに関しては……見た方が早いだろ』


 鞘ごと腰から外してカーミヤへ手渡す。

 彼女は重さといった感触を確かめながら柄に手を掛け、鞘からゆっくりと刀身を引き抜いていく。

 現れたのは淡い青色の刀身。一般的な金属とは異なり、独特の光沢を放っている。


『これって……もしやミスリル?』

「ああ。俺は魔法も使うから武器の魔力伝達率は高い方が良いんでな」

「な、なるほど……Aランクってやっぱすげぇ」


 この剣だけでどれくらいの金額になるんだろう。

 もし壊したりしたら弁償できない気がする。そんな妄想でもしたのか、剣を持つカーミヤの手が震えていたのは記憶に新しい。

 とはいえ、カーミヤの気持ちは理解できる。

 ミスリル製の武器は、希少金属を使っていることに加えて加工技術の高さに相まって市場に出回りにくい。基本的にはオーダーメイド、店頭販売しているのは一部の大手くらいだろう。

 Bランクの冒険者で持っている者は稀、Aランク以上でも魔法がある程度使える者やパーティー構成的に威力を発揮する場合でもな限り、進んで手に入れようとはしないはずだ。

 なので俺も最初この剣を手にしたときは、当時の蓄えをほぼ注ぎ込んだだけに震えた。今となっては予備も含めると数本は所持しているし、身近なものという認識が強まったので感情が揺らぐことはない。

 揺らぐことがあるとすれば、予備も含めて壊れてしまった時くらいだろう。


『あたしもAランクになったらこういう武器にしようかな』

『カーミヤには、ミスリルとかよりもアダマンタイトみたいな丈夫さ優先のが合ってると思うが』

『それは善意で言ってるんだよね? あたしがろくな魔法が使えない脳筋だとか、馬鹿力しか取り柄がないとか。そんな奴にミスリルとか意味ないだろ。そういう悪い意味で言ってるんじゃないよね?』

『半々だな』

『そこは嘘でも善意しかないって言うべき! こっちは力任せにしか戦えないこと気にしてんだから。クロウってちょっと意地悪』


 意地悪と言われても……

 ミスリルは魔法と相性が良いという点を除けば、他の希少金属と比べると頑丈さは劣ることが多い。

 それでいてカーミヤは、聞いた限りだと身体強化といった補助系統の魔法は使えるが攻撃系統のものは皆無。使えても拳で殴った方が威力が出る。そう自身で言い切るくらいには使うだけ魔力の無駄であり、使い道がない。

 冒険者にとって武器は、自分自身の命を預けるもの。

 そこにお金を掛けるのを止めはしないが、適性に合わないものは宝の持ち腐れ。お金の無駄。

 そういう事態にならないようにダメと言ってあげるのは、冒険者の先輩としては当然の義務。こう思った俺の考えは間違っていないはず。

 まあ距離感を詰めるためにあえてからかってみたのも否定はしない。

 ただ森林に近づく頃には、ぎこちなかった彼女の口調も砕けたもので固定されていた。つまり俺のこの行いも間違っていなかったということだ。


「さて、ここからは気を引き締めないとね」

「そうだな」


 俺達の目的はギガントスネークの討伐。

 とはいえ、森林にはギガントスネーク以外にもモンスターは生息している。

 一般的に知られている情報では、この森林に生息しているモンスターは最高でもCランク。なのでギガントスネークは、この場所では最高レベルの強さということになる。

 だが知らないところで生態系に変化が生じたり、事故や悪意によって本来生息していないモンスターが出現する可能性はゼロではない。

 だからといって気負い過ぎても動きが硬くなってしまう。

 Aランク以上が出現でもしない限り、俺とカーミヤが本来の力を発揮出来れば滅多なことは起きない。

 それくらいの考えで油断さえしないようにすれば、大抵のことは乗り越えられるはずだ。


「まずは……」


 魔力を右手に集め、魔法陣を生成。

 魔法陣を経て出現した魔力の球体は、音もなく弾けて全方位に拡散。その波は半径50メートルほどに渡って広がっていく。

 この魔法は《魔力検知》と呼ばれる索敵魔法の1種。ソナーと呼ばだりする場合もあり、パーティー規模で見れば誰かしらは使える魔法だ。

 効果としては、名前のとおり効果範囲内にある魔力反応の検知。

 モンスターは魔力や大気中に含まれる魔力行使の残滓である魔素。その影響を受けて誕生した生物だと考えられており、魔法を使えないモンスターであっても魔力を確実に有している。

 そのため魔力検知という魔法は、モンスターの存在を確かめるうえで効果的だ。


「このへんには反応がない。事前情報にもあるように奥の方へ向かおう」

「あいさ」


 返事が軽いな。

 まあ緊張されるよりマシだけど。

 というか、何でこいつは妙にニコニコしてるんだ?


「何だその顔は」

「魔力検知ありがたいな、と」

「そうか。ただ気を抜き過ぎるなよ」


 冒険者のランクと同様に魔法は上からS、A、B、C、D、E、F、Gで区分される。

 ただ属性ごとにランク分けされているわけではなく、その魔法の使用難易度で振り分けがされている。

 そのためGランクの冒険者でSランクの魔法が使える者もいるに違いない。

 ただし、だからといってその冒険者がSランクとして認められるかは不明だ。

 数多くの魔法は戦闘で用いることが多い。

 それは必然的に攻撃力や発生速度、効果範囲といった要素で使いものになるか判断しなければならない。

 Sランクの魔法は使えるが発動に数時間かかる。そういうのは論外なわけだ。

 練度の伴わない魔法は意味がない。その魔法が使えるとは言えない。


「俺は色々と魔法は使える方だが、練度的に見ればどれもこれもCランクかBランク。Aランク相当なものは数えるほどしかない」

「もしかして魔法自慢されてる?」

「俺のソナーは二流だから信用し過ぎるな、という意味だ」

「わあ~怒らないで怒らないで。ふざけました。ごめんなさい!」


 カーミヤは、両手を合わせて頭を下げてくる。

 しかし、この後も気が緩まなくなるように追撃で本当に魔法自慢でもして怒ってますアピールしてやるか。

 そう思いもしたが、本気で反省していそうなのでやめておくことにした。

 将来的にここでの魔法自慢がバカにされる。そんな展開になるのも嫌だし。

 だって俺、Sランクの魔法は何も使えないから。

 俺が使えるのはAランクまで。魔法も使える剣士して見れば、十分に自慢出来ることなのかもしれない。

 でもさ……Aランクの冒険者がAランクの魔法が撃てますって普通と思わない?

 それに魔法メインでAランク認定されてる冒険者って苦手な属性はCとかD止まりだけど、得意属性はSランクです。そういうことざらなんだよね。

 CランクやBランクの冒険者がAランクの魔法使えます。

 それは自慢になるだろうけど、俺の場合だと時と場所によってはマジで笑い話。酒のつまみにされかねない。なので俺はカーミヤに魔法自慢とかしない絶対に。


「お願い、機嫌直して!」

「直してほしいなら態度で示せ」

「具体的には?」

「お前は盾役だろ。さっさと先頭を歩け」


 女の子を肉壁にするとかサイテー!

 なんて言われそうだが、パーティーというものは適材適所。ろくに魔法が使えないカーミヤより俺が後ろに居た方が色々としやすい。

 何より俺はカーミヤが冒険者として問題なのか。ランクに見合った能力があるのか。そのへんも一応見ておかないといけないんだから。

 場合によっては、解散以前の動きが出来なくなってる可能性もあるわけだし。

 故に慣れたポジションを任せるのが最善だってみんなも思うだろ?

 それで思わないと言われたらもう平行線。考えが合わないってことでこの話は終わりだ。

 ちなみにカーミヤ本人は、特に文句も言わずに奥へ歩き始めた。

 自分自身の役割を理解しているようで何より。物分かりが良いのは、評価する側からするとポイントが高い。


「方角ってこのままこっちで合ってる?」

「ああ」

「魔力反応があったらちゃんと教えてね。さっきの仕返しでだんまりとかされたらあたし泣いちゃうよ」

「しないから安心して進め」


 というか、お前にもしものことがあってみろ。

 俺個人としては目覚めも悪ければ、しばらく他人と関わりたくないと思えるくらい感情が揺さぶられる。

 メンタル面に影響が出なかったとしても。

 よほどの緊急事態でもない限り、AランクでありながらBランクを守ることが出来なかったことが理由でギルドからの信頼を失いかねない。

 もしもそうなったらお先真っ暗。人並みの生活を送るためにもそれだけは避けねばならない。


「……妙だな」

「え? 何が?」

「入り口からそれなりに進んだのに魔力反応が一切ない」

「偶然この辺にモンスターがいないだけじゃないの?」


 その可能性は確かにある。

 ただ、この森林は規模で考えればそれほど大きいわけではない。

 また生息しているのが素早い獣種だけならカーミヤの考えを推せるが、この森林には亜人種や家畜にも等しい低ランクのモンスターも生息している。

 故に俺の魔力検知が二流であったとしても発動間隔と移動距離から考えれば、数体は検知できても良いはずだ。

 高ランクのモンスターの縄張りでは、こういう状況になったりもする。

 しかし、今回の標的はCランクのギガントスネークだ。

 一般人や駆け出しの冒険者からすれば驚異的ではある。

 が、Cランクのモンスターなんて探せば至るところで確認できる。どのダンジョンにも最低でも1、2種は存在しているような存在だ。

 よほど小規模なダンジョンでもない限り、Cランクのモンスターがボスとして君臨することはない。

 考えられるケースとしては……


「他所から高ランクのモンスターが移動してきて生態系が狂い始めている。もしくは既存のモンスターが突然変異でも起こして他のモンスターがビビッて隠れてしまったか。何にせよ警戒しといて損は……」


 喋りながらソナーを放った直後だった。

 数十メートル先の前方に検知出来たのは、凄まじい勢いでこちらに迫ってきている魔力反応。体長は軽く10メートルは越えている。

 大きさからしてギガントスネークだと思われるが、移動ルートや障害物の避け方が蛇型のそれではない。

 まるで足の多い生物が最小限の動きで突進しているかのような……

 何にせよ、この場に止まるのは不味い。俺はともかく大剣を扱うカーミヤは、木々に囲まれた場所では動きが制限されてしまう。


「カーミヤ、西に向かって走るぞ」

「え、あ、うん分かった」


 何で?

 と聞きたそうな顔をしていたが、それを聞く前に何かあったのだろうと行動を起こせるのはカーミヤの良いところだ。

 西へ走りながら再度ソナーを放ってみると、魔力反応もこちらを追うように進行方向を変えた。


「この先に何かあるの?」

「特に何もない。向かっているのは軽く開けて浅い川が流れている場所だ」

「ということは、あたしらって何かに追われてる感じ?」


 追われているというよりは誘い出しているといった方が正しい。

 が、認識としては別にどちらでもいい。とにかく今は自分達の不利な条件を少しでもなくすのが大事だ。

 カーミヤの問いかけに軽く首を縦に振った後、身体強化で加速するように指示を出す。彼女はそれにすぐ反応。加速した俺達は、魔力反応に追いつかれる前に目的地である川へ辿り着いた。


「フシャラララララララ……!」


 少し遅れて現れたのは、標的であるギガントスネーク。

 その姿を見た時、周辺にモンスターの反応がなかったことに合点が行った。

 現れたギガントスネークには全身の至るところに本来は存在していない虫の甲殻は存在している。他にもムカデを彷彿させるような足が生えており、顔面には触覚と毒牙とは別の鋭利な牙が確認できた。

 この姿から判断するに目の前にいる個体は、ギガントスネークの変異種。

 何が原因で変異したのかは定かではないが、変異したモンスターは基本的に変異前よりも戦闘力が高まる場合が多い。

 元がCランクだと考えるとC+……Bランク相当になっていてもおかしくない。

 もしもAランクにも等しいようならカーミヤの安全は確保しなければ。

 Sランクに匹敵する可能性はゼロではないが、Sランク認定されているモンスターの持つ特有の圧迫感。見ているだけで恐怖心に駆られる感覚がないだけに変身でも残していない限り、Sランクほどの戦闘力は持っていないはずだ。

 俺の個人の感覚にはなってしまうが、それが現状で分かっている最もありがたい情報と言える。


「カーミヤ、お前はいつでも逃げれるようにしておけ」

「え……いやいやいや、あたしも戦うって!」

「こいつがBランク相当だった場合はそうしてもらう。だがAランク以上の場合は、正直に言って足手まといだ。だから逃げろ」


 俺以外にもAランク以上の冒険者が一緒であるならカーミヤの守備に意識を割くことも出来る。

 しかし、現実は俺ひとり。

 もしもこのギガントスネークにAランク以上の戦闘力があった場合、おそらく俺は自分自身のことで手一杯になる。カーミヤを守る余裕がない。

 だからきつい言い方にはなったが、お互いのためにこれは必要なことだ。


「ちなみに反論は受け付けない」


 言い切るのと同時にカーミヤの反応を待たず前に出る。

 まず俺はすべきことは、ヘイトを俺に向けること。

 攻撃パターンの見極めや戦闘力の把握、弱点の分析。そのへんはカーミヤへ振りかかる危険を遠ざけてからだ。

 右手で剣を抜きつつ、左手に魔力を集中。

 無詠唱の攻撃魔法は言霊の影響を受けないので威力は下がってしまうが、近接主体の魔法剣士である俺に大切なのは威力より発生速度だ。

 発動させたのは風系統の初級攻撃魔法である《ウィンドエッジ》。

 形成された不可視の刃は、迷うことなくギガントスネークへ飛翔。顔面近くに直撃する。


「シュルル……」


 見た限り、微かに鱗にひびが入ったかどうか。

 与えられたダメージはゼロに等しい。

 ただ落胆はしない。元々倒すために放った魔法ではない。目的であるヘイト稼ぎはモンスターの目を見る限り成功している。

 ここからは自分の余力に合わせて情報収集だ。

 変異種がこの個体だけならここで仕留めれば終わり。

 だがそうでなかった場合……ギガントスネークの新たな種として認められた場合は、世界中の冒険者が関わる可能性が出てくる。

 そのとき悲惨な現実を招かないためにも拾える情報は拾っておかなければ。

 胸の内に常にあるもしもという小さな不安。それを奈落の底に落とすように。Aランク冒険者としての責務を果たすために。

 俺は俺自身に対して覚悟を決めるようにこう呟いた。


「さて、化け物退治を始めよう」



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