第2話 「クロウは興味ない感じ?」

 翌朝。

 受付嬢であるアイネに言われたように昨日と同じ時間にギルドハウスを訪れた。

 するとアイネに昨日と同様に営業スマイルでお出迎えされ、隅の方のテーブルへと案内される。


「これが今日会っていただく冒険者さんの資料です。待っている間に目を通しておいてください」


 そう言ってアイネは立ち去ってしまった。

 まあ彼女は受付嬢。それもこのギルドでナンバーワンと言ってもいいほどの人気がある受付嬢だ。

 昨日のような特別案件の案内ならいざ知らず。

 ひとりの冒険者の説明や案内でいつまでもぴったりと付かれる方がおかしい話。

 というか、もしもこの場に残られたら不気味で仕方がない。

 何か俺に用なのかな?

 もしかして今日から行うクエストの補足とかあるの?

 もしやもしや追加で条件が発生したりしたんですか?

 そんな風に疑いたくなる。

 何故ならあの人が営業スマイルの時はバリバリの仕事モード。意味のないことしない。10年くらいの付き合いがあるだけにそれだけははっきりと分かる。


「……ふぅ」


 手元に意識を移してみたけど、ホッとしました。

 山のような枚数があるわけでもなく、びっしりと文字が書かれているわけでもない。顔写真を始め、項目事に適度な大きさの文字で丁寧にまとめられている。

 この資料を作った人物はとても仕事ができる人だ。それでいて他人のことを思いやれるタイプ。

 加えて家事全般できるのなら結婚相手としては非常に優良物件と言わざるを得ない。この方がどなたかは知りませんが、皆さん狙い目ですよ。


「…………」


 えー何々。

 今日会う冒険者の名前はカーミヤ。

 性別は女性、年齢は24歳。冒険者ランクはBランク。

 メイン武器は大剣。そのため所属していたパーティーでは、タンク兼アタッカーとして前衛を担当。

 マッチング相手としては自身と同ランク程度の冒険者を希望。

 制度を利用する際にギルドが聞いた話によると……

 前回のパーティーが解散した理由は、メンバーの大半がそれぞれ他のパーティーにスカウトされたため。

 活動拠点や目的意識の違いが理由でパーティーメンバーがスカウトに応じることは珍しい話ではない。他のパーティーがスカウト行為を行うのも同様だ。故に


「これといって問題がなさそうではある」


 しかし……。

 ギルドの評価としてはカーミヤが所属していたパーティーは、もうじきAランクに上げても良いレベルだった。

 第三者から見れば、冒険者としての活動も充実していたように思える。

 加えてカーミヤを除く他のメンバーの全てがスカウトされている。

 これが単なる偶然か。それともカーミヤという人物に問題があるのか。

 ここをギルドとしては調査してほしいようだ。

 ここまで読み進めた感想としては。

 資料に対しては何の不満もない。調査理由だとか調査して欲しい部分だとか一目で理解出来たよ。

 でもさ……

 女性冒険者に対する聞き込みは女性冒険者にお願いしてくれ。

 俺、男だよ。冒険者の人口比率が男性側に偏ってるのはギルドも知ってるでしょ。

 警戒心が強かったりするタイプだとスムーズに事が進まないんですが。


「すみません、あなたがクロウさんですか?」


 嘆く言葉を漏らす暇もない。

 声の主へ意識を向けると、資料で見たばかりの顔が真っ直ぐこちらを見ていた。

 長い金髪に活発そうな顔立ち。出るところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる。

 軽装から覗くすらりと伸びた手足は筋肉質。女性らしさを残しながらもきちんと冒険者のそれだ。

 ただそれ以上に。

 資料である程度の情報は分かっていたとはいえ、平均的な体格の女性の背中に身の丈ほどの剣があるのはなかなかにシュールな光景である。

 しかも彼女の背負っている大剣は、一般的な物より刀身が肉厚だ。おそらくタンクとして動く際の盾代わりに使うためなのだろう。

 とまあ感想はこれくらいにして。

 何かしら反応を示さないと彼女も困るだろう。クロウさんですか? と質問されたのだから素直に頷くことにしよう。


「はじめまして、あたしカーミヤって言います! この度はお世話になります!」


 お世話になります?

 この子はギルド側にどういう説明を受け、ここに来ているのだろう。

 俺は一緒に冒険して人となりを確認する。それくらいの感じだから世話するって認識はないんだけど。


「……ところで。あたしはクロウさんと何をするんでしょう?」


 あなたのパーティーが解散した理由を教えていただきます。そのために俺と仲良くなってもらいます。

 なんて言えるわけはない。

 多分この感じだとカーミヤは、ギルドからマッチング制度を利用するために俺に会えくらいにしか言われてない。

 ちょっとギルドさん、これは職務怠慢じゃないですか。

 もう少し物事が円滑に進むように準備してくれてもいいのでは?

 カーミヤは見た感じ気さくそうだから良いけど、別案件の時に同じ感じだったら恨むからな。


「簡潔に言えば、一緒にクエストを受けてもらう」

「それだけですか?」

「基本的には」

「期間は?」

「俺が良いと判断するまで」


 気難しかったり、短気な冒険者だったらここでキレてもおかしくない。

 でも俺が受けている仕事を完遂するためにはこういう風に言うしかないのも事実。

 いやはや、考えれば考えるほど精神的に負荷の掛かるクエストだ。

 安定したそれなりの報酬とギルドからの信頼。

 そのふたつが手に入るからまだ頑張ろうって気になれる。

 逆にどちらかが欠ける事態でも起これば、時と場合によってはクエスト放棄もありえるだろう。


「了解です」

「ずいぶんとすんなり受け入れるんだな」

「え、変ですか?」

「期間が明確じゃない分、文句が出てもおかしくない。何かあれば今の内に聞いておくが?」

「いえ、ないです。クロウさんはAランクの冒険者で、あたしはBランクの冒険者。自分より実力と実績があって、ギルドからも信頼されている冒険者を疑うのは正直時間の無駄です」


 うん、俺もそう思う。

 でも冒険者って人種の中には、他人が決めた評価じゃ納得しない奴も居るのよ。

 だから本当に君が素直で賢い冒険者で良かった。

 生意気な態度を取るようならまずはそこを矯正しないといけなかったし。


「ならクエストを受けに行こう」

「はい」

「あぁそれと……ランクが違うとはいえ同じ冒険者だ。別に敬語とか使わず普通に話してくれていい」


 冒険者は他の冒険者に舐められると厄介事に巻き込まれやすい。

 そのためランク差や年齢差があってもタメ口で話す者も多い。

 普段から今の口調であれば余計なお世話ではある。

 が、ここで口調が変わるなら必要に応じて敬語が使えるタイプ。

 変わらなくても日頃から礼儀正しい。それが分かるだけにどちらにせよ俺からすれば収穫がある。


「えっと……じゃあ、そうさせてもらうね」

「ああ」


 若干気ごちないが口論でも起きない限り、一緒に居る間に慣れてくる。

 そう判断した俺は、カーミヤを連れてクエストが張り出されているボードへと向かう。

 クエストはランクごとに張り出されており、基本的には早い者勝ち。

 条件さえ満たしていれば自分より上のランクでも受けることが出来る。が、この場合はギルド側の承認も必要なケースが多い。

 まあそれは当然と言えば当然。

 ギルドとしては、おいそれと自殺行為をされても困る。

 なので俺達はAランクとBランクの冒険者なので、ここはカーミヤに合わせてBランクのクエストを受けるのが妥当。

 とはいえ、俺はカーミヤの人となりを探らなければならない。

 適正ランクのクエストだとカーミヤに余裕がなく、俺が知りたい情報を手に入れる機会が減ってしまう恐れがある。

 なのでここは……


「え、Cランク……ですか?」

「ああ。お互いの得意・不得意も確認できていない状態で高ランクに挑むのは危険だからな。それにカーミヤはパーティーが解散してからクエストは受けたりしたか?」

「受けてないけど」

「クエストの失敗やパーティーの解散、その他諸々の理由を含めてこれまでのように動けなくなる冒険者もいる。もし君がそうなった場合に備えて適性より低いランクで確認するんだ」


 すらりとそれらしい言葉が出てくるものだ。

 年の功と言えば聞こえは良いかもしれないが、単純に嘘が上手くなってるだけな気もする。

 でも冒険者って仕事をしていく上では嘘も必要になるんだよね。本音だけだと角も立ちやすいし。

 本音だけ言って仕事がもらえるのは一部の例外。世界でも数える程しかいないSランク以上に認定された人外くらいだろう。


「なるほど。どういうクエストを受けるかまで目星は付けてる感じ?」


 付けてるわけないでしょ。

 だって君のこと教えられたの今日だもん。

 それもさっき資料で見ただけだよ。

 今日どんなクエストが張り出されているのかも確認してない。

 そんな状態でここに来て話している間にそこまで捻り出すのは無理な話です。


「そこは今から検討だ。お互いに遠出する準備はしてないだろうからなるべく近場。それでいて、カーミヤの動きが確認しやすい物理耐性や魔法戦にならないクエストが望ましくはある」

「となると……あれは?」


 カーミヤが指した先にあったクエスト。

 それは《ギガントスネーク》の討伐だった。

 このモンスターは名前からも分かるように巨大な蛇であり、幼体でも数メートル。成体になれば10メートルを越える個体も出てくる。

 過去には数十メートルにも及ぶ化け物じみた個体も確認されたことがあるらしいが、今回のクエストは10メートル以下と示されている。

 特殊な個体でもなければ物理耐性はランク相応。魔法は使用してこず、気を付けるべきは毒を用いた攻撃だけ。

 またクエストを実行する場所もこの街から南へ数キロ進んだ先にある森林地帯。必要なアイテムの補充をしてからでも十分に今日中に行って帰って来れる距離だ。


「ちょうど良いな。あれにしよう」

「おーけー」


 決めたクエストを手に取って受付へと向かう。

 早めの時間ということもあり受付は比較的空いている状態だった。

 なのでどこの受付に持って行っても良い。

 しかし……

 10年もこのギルドを利用している俺からすると、新人でもない限り受付をしている人物は顔見知り。中には異性とクエストを受けるというだけで茶化してくる者も存在している。

 それだけに俺とカーミヤが組む理由を知っているアイネに受付してもらうのが、最も円滑に物事が進み、俺に精神的な負荷が掛からない。

 とはいえ、現実がそう甘くないのも事実。

 アイネが担当している窓口には、すでに冒険者の姿がある。

 他の窓口が空いているというのにその冒険者の後ろにも別の冒険者の姿が。

 俺も男だから美人とお近づきになりたい。その手の気持ちは理解できる。

 しかし、他の受付が空いているならそちらを利用するべきではなかろうか。

 本命を決めて突き進むのが悪いとは言わない。が、ここでアイネだけにこだわるのは別の受付嬢に失礼というか……


『私のところばかりに来るな。他は空いてるんだからそっちに行けよ』


 みたいなことをアイネが心の内で思っても仕方がないとしか言えん。

 まあ仕事中のアイネは、基本的に営業スマイルを崩さない。だから彼女の本心は彼女しか知る由がないのも事実。

 何より俺は、アイネの黒い感情を抱いているかもしれない内心なんか知りたくはない。時は金なり。今は請け負った仕事を全うしたいと思います。

 と思って動き出したらアイネの同僚さん達が、並んでいた冒険者達を自分の受付へと案内し始めた。その中にはピキリのある笑顔の受付嬢も……。

 いやはや、アイネさんは同僚から愛されているみたいだね。


「こちらのクエストですね。まず冒険者ランクを確認させていただきます」

「次に契約金、違約金について……」

「報酬は成功払いとなっております。なので目的が達成された証として、討伐されたモンスターの素材を回収。こちらに掲示していただく必要が……」

「では、これでクエストの受付を完了させていただきます。無事に帰還されることを心より願っております」


 てなわけであちこちからクエスト受注のやりとりが聞こえる中、俺達の受注も完了致しました。

 なので、さっさとギルドから立ち去ることにしましょう。

 急に受付嬢に呼び止められ、憂さ晴らし目的で小言でも吐かれたら嫌だし。

 そんなことあるのかって?

 それがあるんだよ。

 ピキッた笑顔を浮かべてた受付嬢は、アイネと同じ時期に働き始めた彼女の親友と呼べる人物。それ即ち俺ともそれなりに付き合いが長い人物なわけ。

 しかも気が強めで人見知りとかしない性格だから「さっきの冒険者ふざけてね?」みたいに絡んで来てもおかしくないの。

 何か今も背中に視線を感じるし。これ、俺の気のせいだったり……


「お気をつけて」


 気のせいじゃなかった。

 気配のする方に視線を向けたらアイネさんとばっちり目が合いました。

 それで声まで掛けられたよ。

 まあ内容は事務的なものに等しいけど。周りの冒険者に嫉妬とかされたりしてない。それどころか、彼女に近かった冒険者達のボルテージが上がる始末だった。

 けど……何であの人、俺の方を見てたわけ?

 ……い、いや、たまたま。たまたま俺が視界に入ってただけ。それで俺が振り返ったからたまたま視線が合っちゃっただけだよな。


『今日は特別案件の1発目。その大切な初日です。だから失敗とかしないでくださいね。私の信頼にも関わりますので、ウフフ』


 そんなことは微塵も思っていない。思っていないはずだ。

 じゃないと特別案件の期間が終わるまで毎日プレッシャーに襲われることになる。

 そんなことになったらさすがの俺も体調を崩してしまうかもしれない。

 だから忘れよう。今はカーミヤとクエストのことだけに集中しよう。

 ギルドは怖くない。そこで働く受付嬢も怖くない。冒険者に優しい。


「アイネさんは今日も人気だね」

「そうだな」

「クロウは興味ない感じ?」


 何でそういうこと聞いてくるの?

 砕けて話していいみたいなこと言いはした。

 共通の知人なら話題にしやすいと思っただけかもしれない。

 でもさ、ちょっと距離の詰め方というか……恋バナをするには俺達の関係性は足りてないと思う。


「俺に興味があろうとなかろうと、俺が冒険者って時点でアウトだ」

「何で?」

「あの人の恋愛対象に冒険者は入ってない」


 話を切り上げたくて適当なことを言っているわけじゃない。

 過去にアイネが言っているのを間接的にではあるが、聞いたことがあるからだ。


「何でそんなこと知ってるの? もしかして」

「10年も顔を合わせてたら多少なりとも知ってることはあるだろ」

「それはまあ」

「というか、逆に10年も付き合いがあって今の関係だ。お前が想像するようなことがある関係に思えるか?」

「思えんね」


 だろ?

 だから変な妄想しないでキビキビ歩け。

 妄想したとしても口には出すな。

 俺とアイネは、冒険者と受付嬢。それ以上でもそれ以下でもない。

 それ以外の関係性を示す言葉はない。

 もしもお前が変な噂でも立てようものなら。野郎共に絡まれる事態を招こうものなら俺はお前を許さんからな。



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