訳アリ冒険者とパーティーを組むことになった件

夜神

第1話 「ちなみに受けないという選択肢は?」

「おはようございます」


 馴染みのある受付嬢に挨拶をされた。

 名前はアイネ。

 俺が冒険者になった頃に新人として働いていた受付嬢。

 年齢は俺と同じで今年で25歳。

 スタイルも良く美人なのだが今のところ彼氏はいない。

 そんな彼女に俺は挨拶を返すことなく外へ出ようと振り返った。


「クロウさん?」


 何で帰ろうとしてんだ?

 と言いたげな冷たさの混じった声である。

 ここで無視を決め、外へ出て行くのは簡単だ。

 俺は冒険者。ただの受付嬢である彼女と比べたら腕っ節で負けることはない。

 故に臆することはない。

 ただ……

 今日以降のことを考えると相手しておいた方が良い。

 そう俺の勘が告げている。

 何故なら彼女が上に嫌な報告して、もしもギルドから出禁にされるようなことになれば冒険者である俺の収入は激減。

 それだけは防がなければならない。俺の生活のためにも。


「はぁ……おはようございます」

「はい、おはようございます。でも溜め息って必要でした?」

「必要です」


 溜め息によって、俺はあなたと向き合う覚悟を決めることが出来たの。

 胸の内にあった諸々の感情を投げ捨てることが出来たの。

 なら必要な行為だって言えると思います。


「今日のクロウさんは私に対して失礼だと思います」


 失礼とか言われても。

 ギルドに入るなり純度100パーセントの営業スマイルで話しかけられたら身構えもするでしょ。

 過去にそのスマイルと一緒に紹介されたクエスト。

 その大半が面倒事って呼べる代物ばかりだったんだから。

 稼ぎは良くても大変な思いばかりするのは俺は嫌。それをこれ見よがしに押し付けられたりしたくない。

 相手をするとは決めた。

 でもそれは無視をしたり、逃げたりしないという話であって。

 素直に厄介事を引き受けるかどうかは別問題。

 まあ……もしかしたら厄介とか面倒とかとは縁遠い話なのかもしれないけど。


「そう思うのなら俺に構わず他の冒険者の相手をしてください」

「それは無理です。誰にでもお話出来ることではないので」


 誰にでもお話できないってことは厄介な話ということ。

 やっぱり面倒事を俺に押し付けるつもりじゃん。

 俺以外にもその話を出来る人は居るって。絶対に居るって。

 だってあなたと仲良くなりたいって男はそのへんに山ほど居るんだから。

 その中には俺と同等のランクの冒険者だっているはず。


「それは俺じゃないとダメな話ですか?」

「ダメな話ですね」

「ギルド長からの指名とか?」

「そうではありません。でも私個人がクロウさんが良いと判断しました」


 普通なら美人の受付嬢から信頼されてるとか、もしかしてこの人って俺に気があるのかも。

 といったプラス方面の妄想が出来るのだろう。

 しかし、この受付嬢とは10年来の付き合い。それに加えて営業スマイルで言われても何にも心には響かない。


「アイネさんって俺に恨みでもあります?」

「いえ、ありませんよ」

「なら何で俺に厄介事を持ってくるんですか?」

「それはクロウさんにそれ相応の信頼と能力があると思っているからです」


 あと厄介事ではなくお仕事の話ですよ。

 そう付け加えるとアイネは奥の方へと歩き始める。

 表にある多人数向けの受付ではなく、裏にある個室に向かうあたり大事な話のようだ。

 俺からしたらその話を聞きたくないという話も大事。

 だが話を掘り返そうとしても彼女は強引に話を進めるだろう。

 それにここで逃げてしまうと、最初に言ったように後々の生活に響く恐れがある。

 冒険者と受付嬢。

 仕事をもらう側と与える側。どちらが優位な立場なのかはこれだけでも明らか。

 抵抗するのはここまでにして話だけでも聞くことにしよう。

 でも身の危険を感じる内容だったら死ぬ気で抵抗する。人並みの幸せも掴めずに死ぬとかごめんだし。


「適当に座ってください」


 適当って言わずにどこに座るか指定してよ!

 と、最初にここに通された時は思った気がする。

 しかし、それもずいぶんと昔の話。この手の部屋には何度も来ている。

 何だったらこの街のギルドハウスを利用している冒険者の中でもトップレベルなのではないだろうか。

 なので緊張感は皆無。

 いつも座っている場所に腰を下ろして、アイネの用意するお茶を待つとしよう。


「どうぞ」


 予想通り目の前に置かれたのは湯呑に入ったお茶。

 このへんの地域は紅茶ではなく緑茶が主流だ。

 緑茶を飲む度に何とも言えない安らぎを覚える。

 それはきっとこの世界に転生する前の俺。日本という国に生きていた俺の感覚が影響しているのだろう。

 と言ってもこの世界に降り立ってすでに20年近く経過している。

 かつての世界の記憶はすでに朧気。だからというわけでもないのだが、とうの昔に過去の俺ではなく、冒険者のクロウとして生きると決めた。

 というか……

 この世界に懐かしさを覚える物が割と存在している。

 それって俺みたいな存在が古くから存在していてこの世界に影響を与えたのでは?


「それとこちらも」


 テーブルに置かれたのは数枚の書類。手に取って確認しろと言わんばかりに俺の真正面に置かれている。

 現実に引き戻された俺は、お茶を飲みながら片手間に書類に目を通し始める。


「…………」


 えーとですね。分からない人のために説明致しますと。

 まず今回の話は、ギルドが依頼者となって発行されるクエストです。それも最低でも数ヶ月に及ぶ長期的なクエスト。なので月ごとに報酬がもらえるらしい。

 まあこういう依頼は初めてじゃない。

 俺は5年ほど前から定期的にギルドが依頼者の低ランクの冒険者を対象とした教導クエストを受けている。内容は数ヶ月から半年の間、その冒険者と行動を共にして戦い方や知識を教えるというもの。

 その経験があるので長期的なクエストに苦手意識はない。

 ただ問題なのはその中身で……


「……あの」

「はい」

「これって本当に冒険者がやるクエストですか?」


 いやクエストというものは冒険者しかやらないものなんだけど。

 でもさ、そうも言いたくなる内容なのよ。

 だってこのクエスト。簡単に言うと……

 訳アリな冒険者と交流し、その人物の人となりを確認せよ!

 って感じなんだもん。俺はただの冒険者。冒険者を管理する立場ではありません。


「どう考えてもそちらの領分だと思うんですが」

「それは否定しません」


 否定しないんだ。なら……


「とはいえ……ここで引き下がるのであれば、クロウさんをここに呼んで話を聞けとは言いません。なので今からどういう経緯でこうなったのか説明します」


 そうなりますよね。

 そうにしかならないですよね。

 分かってました。分かってましたよ。

 なので大人しく説明を聞かせていただきます。


「まず始めに……クロウさんもお分かりでしょうが、冒険者の方々はパーティーを組んでクエストに望むのが一般的です」


 誰しも得意なことがあれば苦手なことがある。

 冒険者で言えば、身体能力が高いが魔力や属性変化の資質に乏しい。逆に魔法は得意でも筋力不足で前衛に向かない。そんな具合にだ。

 だから自身の苦手な部分を補えるように。自分の長所をより活かせるように。何より助け合って命を落とす危険性を減らすために大半の冒険者はパーティーを組む。

 加えて高ランクになるに比例してパーティーメンバーは固定化される傾向にある。

 故に高ランク冒険者なのにソロだったりする奴は一般とズレているというわけだ。

 まあ、そこには俺も入るんですけどね。

 でも仕方がないじゃん。

 俺は現状Aランクだけど、Bランクの頃からギルドからのクエストで色んなパーティーの面倒を見ていたわけだし。出世の仕方が一般とズレるのも仕方がないと言いますか、ソロに戻る時期があるんです。


「とはいえ、パーティーを組んでいても強力なモンスターとの戦闘。険しい自然に足を踏み入れての採取、突発的な災害による不慮の事故。こういったケースで命を落としてしまう方は少なくありません」


 うんうん。

 このへんだけでも年に何回とかじゃなくて月に何回のペースで誰々が亡くなったって聞くもんね。

 世界規模で考えたら1日あたりどれだけの冒険者が命を落としていることか。

 自分のランクよりも少し下のクエストで手堅く稼ぐ。

 これが最も高い安全性と収益を両立できる作戦ではないだろうか。

 可能なら俺もこの作戦を実行したい。「あ、死んだ」と思ったことはこれまでに何度かあるし。

 でも馴染みのギルドはそれを許してくれない。

 主に目の前に居る受付嬢が「力ある者はその責任を果たせ」。そう言わんばかりに高ランクのクエストや厄介事を定期的に持ってくる。

 しかも説明上は、自分の命と天秤にかけても最終的にはクエストをやってもいいかなと思えてしまう絶妙なバランスをしている。それだけにマジで質が悪い。


「またこの他にも内面的理由……パーティー内でのトラブルが理由でパーティーから除外、またはパーティー自体が解散するケースもあります」

「人付き合いって大変ですもんね」

「そうですね。でも人との繋がりがなければ得られないものもあるのも事実です」


 クロウさんで言えばギルドとの繋がりですね。

 その繋がりがあるから定期的に安定した収入が得られているんですよ。

 そう言っているようにしか思えない笑顔を向けられている。

 こう思ってしまうのは俺の心が汚れているからなのか。

 いや、そんなはずない。この受付嬢は近しいことを思っている。

 そうでなければ俺の視界に映る純度の高いスマイルの説明がつかない。得体の知れない恐怖を感じたりしない。絶対に!


「正直ギルド側としましては……パーティー内でのトラブルとかで解散される方が困るんですよね」

「別々のクエストを受けるようになって仕事量が増えるからですか?」

「それに関しては特に。受付に来る冒険者の数が多少変わったところで私達の仕事量としては誤差の範囲。クエストの消化率が上がるという意味で考えればむしろプラスと言えますから」


 平然と言っているようにも見えるが……

 その裏に「たかだか数人変わったところで忙しいのは変わらねぇんだよ」みたいな顔が見えるのは俺の気のせいだろうか。

 いや、きっと気のせいだろう。

 この受付嬢さんは本当のことを言っているんだ。

 この街の冒険者パーティーの大半が解散する。そんな事態にでもならない限りアイネさんはやさぐれたりしない。


「ならどういう方面でマイナスを食らっているんですか?」

「マッチング制度によるパーティー支援です」


 マッチング制度。

 それは言葉から想像もつくだろうが、ギルドが冒険者に目的が同じ冒険者を紹介する制度のことだ。

 俺はこの制度を利用したことがないが、駆け出しの冒険者や急に人手が必要になった冒険者はよく利用しているはず。


「クエストの失敗といった理由での解散であれば、失敗の際にこちら側にその時の報告が上がっているのでも事情を把握出来ています。しかし、身内でのトラブルで解散になった場合は冒険者側に仲介人として呼ばれない限り、そこに至った経緯が分かりません」

「なるほど。だから仮にそのトラブルの中心にあった冒険者がマッチング制度を利用した場合、ギルド側は何事もなく冒険者を紹介してしまう恐れがある。そして、そのパーティーで再びトラブルのが起きてしまった場合、ギルド側にも責任がないとは言い切れない。マイナスというのはそういう意味ですか」

「話が早くて助かります」


 ギルドは街ごとに存在していると言っても過言ではない。

 それだけに建物の大きさや従業員の数は、その場所その場所によって大きく異なる。

 この街のギルドは全体的で見れば中規模と言える。

 が、規模に関係なくパーティー内でのトラブルなんてギルド側からすれば管轄外。冒険者のプライベートな時間が起きた問題でしかない。

 そこに労力を割けとか言われたら不平不満も出てくるのが普通だ。

 いやはやギルドって大変なお仕事だね。


「まあ……本当の意味でのマイナスは、これが高ランクのパーティーで起きた時なんですけどね」

「高ランクの冒険者に憧れて冒険者になる人もいますからね。それに低ランクのパーティーの場合、技術的に噛み合わなくて人が入れ替わりするというのは珍しい話でもないですし」

「はい……だからクロウさんに白羽の矢が立ったというわけです」


 ……はい?


「パーティー内のトラブルでおひとり様になった高ランクの冒険者って扱いに困るじゃないですか。高ランクの冒険者は高ランクの冒険者とパーティーを組みたがる傾向にありますし。でもその方の人となりがはっきりしていないとギルド側もリスク管理的な意味で不安で不安で」


 まあ……それは分かりますけど。


「けどだからといって高ランクの冒険者を遊ばせておくのももったいないと言いますか、高ランクのクエストが消化されないのも困りものですよね。高ランクのクエストは緊急性の高いものが多いですし」


 それは……そうですが。


「何よりギルドからすれば収入的な意味で困ります。明確な赤字案件ですから」


 それだろ。

 そこが最も重要視されているポイント。ギルドとしての本音の部分だろ。


「なので是非ともクロウさんにはそちらのクエストを受けていただきたい」

「ちなみに受けないという選択肢は?」

「毎月それなりに安定したお金が手に入る上にギルドからの信用は爆上がり。受けないという選択肢は論外。私はそう思います」


 そちらもWin、こちらもWin。

 こんな素晴らしい話がありますか? ありませんよね!

 そう言いたげな満面の笑みである。

 こちらに選択の自由はあるように思える発言をしているが、おそらくギルド側にとってマイナスとなる発言は承認されない。

 プラスの発言をするまで話が進まない。

 話が終わらなければ家にも帰してもらえない。そんな気配が漂っている。

 この部屋に足を運んでしまった最後、どう足掻いてもひとつの結末にしか辿り着かないように未来は決まってしまったらしい。

 ギルドが慈善事業じゃないのは分かるし、俺達冒険者はギルドからお仕事をもらう身だけどさ。


「世の中って世知辛いですね」

「そうですね。どんな仕事にも苦しさはありますから」


 皮肉も受け流された。

 何かもう諦めれた方が楽な気がしてきた。


「あっ。その顔は受けてくださる気になりました?」

「受けないと帰してくれないでしょ?」

「そんなことしませんよ。私ではなく上と話していただくことになるだけで」


 そうなるから帰れなくなるって言ってるんです。

 というか、それってある意味で脅迫ですからね。ここですんなり受けていた方が面倒臭くなりませんよって言ってるようなものですし。


「分かりました。受けます。受ければいいんでしょ」

「ありがとうございます。では明日も今日と同じ時間にギルドに来てください。最初に会っていただく冒険者さんも呼んでおきますので」


 はいはい、分かりました。

 明日までに覚悟を決めてきま……今この人、最初って言った?

 確かに長期的なクエストだよ。複数人の冒険者と会うこともあるでしょう。

 だけど今の口ぶりからして結構な頻度で紹介されそうな気がするんですが。

 しかし、受けると言った以上は撤回することも難しい。そんなことをすれば、冒険者としての信用に関わる。

 いや……本当世の中って世知辛いわ。



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