第4話 「クロウがそんな奴だなんて思わなかっ……」

 体当たり、毒液の噴射、噛みつき、尻尾を躍動させての薙ぎ払い。

 変異ギガントスネークの攻撃パターンは、基本的にこの4つのようだ。

 この中で最も厄介なのは体当たり。

 体長が10メートルを超える巨体であるが故に威力や範囲が広いのも理由だ。

 が、最大の理由は通常種とは異なって多足を用いて軌道修正してくること。

 良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏の俺では身体強化や防御魔法を用いたとしても直撃をもらえば負傷は避けられない。それだけの威力があの体当たりにはある。

 それが速度を保ったまま、こちらの動きに合わせて数回追尾してくるのだ。これを厄介と言わずに何と言う。

 とはいえ……


「大体の分析は出来た」


 変異ギガントスネークの戦闘力はAランクには及ばない。

 妥当なのはBランク。

 毒液を噴射しながらの範囲攻撃をしてこなければ。

 ダメージを受けると変体するといった能力がないのだとすれば。

 最終的にはC+と判断しても問題ない。

 そう結論付けることが出来る攻撃力と機動性だ。

 カーミヤも自分の実力で対応できると思い始めているのか、意識が逃げではなく観察に回りつつある。

 カーミヤの身の安全を考えるなら遠ざけるのがベスト。

 しかし、カーミヤはBランクの冒険者。この世界ではCランクの冒険者になれば十分に一人前と呼べる。

 この先、奇跡的な出会いでもない限り彼女は冒険者としての生活を続けるだろう。

 なら変異種との戦闘経験は積める時に積んでおくべきだ。


「カーミヤ、ここからはお前も戦闘に参加していい」

「え、いいの?」

「こいつに今以上の引き出しがないならお前を守れるだけの余力はある。滅多に出会えない変異種かもしれないんだ。ここで経験を積んどけ」


 生粋の冒険者。

 強敵と戦いたい戦闘狂。

 そういう素質を有しているのかカーミヤの顔に笑みがこぼれる。

 これでただ無鉄砲に突撃するだけだったらお説教かつ強制退場だが……

 カーミヤは、大剣を構えたものの下手に動く気配はない。

 迂闊な行動が自分だけでなく、俺にも危害が及ぶ。

 また俺がヘイトを集めた状態でも問題なく立ち回れている。なら自身はタンクとして動くのではなく、アタッカーとして隙をついて確実な一撃を入れる。

 そのように考えているのだろう。

 なら俺がすべきことは、カーミヤに一撃を入れさせるための土台作り。


「いいかカーミヤ。俺はこの後こいつの弱点を探りつつ、どうにか動きまで止めてやる。場合によってはお前に対して魔法を使用するかもしれないが、とりあえず渾身の一撃を入れるつもりで準備しておけ」

「分かった!」


 というわけで行動開始。

 まずは基本属性である火、水、風、土、雷の5属性の初級魔法を生成。

 遅延魔法を用いて光と闇属性の初級魔法も次弾として装填しつつ、通常種と変わらない鱗と変異部分である甲殻に向かってそれぞれ放つ。

 速度重視に調整した魔法群は全て命中。

 変異ギガントスネークは煩わしそうに軽く鳴き声を漏らすだけだったが、今はまだ下準備の段階だ。

 着弾箇所を見た限り、鱗も甲殻も火属性への耐性が最も低いように思える。

 中級魔法を使って確認すれば信憑性を高めることは出来る。が、確実な一撃を与えてしまうと警戒レベルを上げてしまい、下手をすれば逃亡。そこまで至らなくても距離を置かれてしまうかもしれない。

 そうなってしまっては近接攻撃しか出来ないカーミヤに経験を積ませることは不可能になってしまう。

 本当に……


「後輩の育成ってのは手間がかかる!」


 土属性中級魔法《ガイアランス》。

 槍のような鋭さを持つ岩柱を生成する魔法であり、本来は敵を串刺しにするために使う。

 だが今回は変異ギガントスネークの動きを制限するように身体の周辺に岩柱を複数作成。

 そこに水属性の派生形である氷属性の初期魔法《スノーブレス》を用いてさらに動きを制限。どちらも速度重視で発動させたため、おそらく数秒しか持たない。

 しかし、この場にいるのは一般人ではない。

 Bランクかつ近接主体の冒険者ともなれば、優れた身体能力をさらに魔法で強化し、敵との距離を潰して一撃を加えるには十分な時間だ。


「せああぁぁぁぁあぁぁぁッ……!」


 気合と共にカーミヤは大きく身体を捻りながら跳躍。

 自然落下のエネルギーに加え、身体を戻す勢いを使って大剣を爆発的加速させる。

 大剣の刃が狙っている場所は、先ほど俺が魔法をぶつけた場所。それも火属性が直撃して最も損傷度合いが高い鱗だ。

 さすがはAランク認定間近だったパーティーの一員。これまで指導してきた駆け出し冒険者とはわけが違う。


「灼熱よ、その器に宿りて我が宿敵を灰燼と化せ……!」


 詠唱による言霊で威力を補いつつ、カーミヤの大剣に対して火属性を付与。

 魔力伝達率の低い武器に対しての付与魔法は、加減を間違えると武器自体を破壊しかねない。

 だが俺だって最初からミスリル製の武器を使っていたわけではない。

 粗雑なみすぼらしい剣から始まり、少しずつ品質の良い剣に変えて行ったのだ。

 それに加えて鍛冶屋に頼まれて付与魔法の耐久テストを行ったこともある。

 あの品質の武器ならこの魔力純度には耐えられるはずだ。


「え、何か燃えてるんですけど!?」

「気にせず振り抜け!」

「付与魔法なら付与魔法って先に言っといてよぉぉぉぉッ!」


 文句混じりのヤケクソ気味に振り下ろされた大剣は、会心の一撃として損傷した鱗へ命中した。

 火属性による耐性の低下、そこに大剣自身の持つ破壊エネルギーが加わったことで刀身は変異種の身体に深々とめり込んで行く。

 が、半分ほど斬り裂いたあたりで失速する気配が見えた。

 通常種であれば確実に両断できる威力があったはず。骨や筋肉、内臓の強度が変異したことで上がっていたのかもしれない。

 このまま何もしなければ、激情に駆られたモンスターがカーミヤを襲い掛かってもおかしくない。


「カーミヤ、支援してやるから気張れ」


 頑張ってどうにかなる手応えじゃないんですけど!?

 そんな返事が彼女の背中から聞こえた気がした。

 まあ全力全開で剣を振り抜こうとしている彼女に言葉を発する余裕なんてあるはずがないのだが。

 火属性の付与魔法は維持しつつ、カーミヤに対して身体強化の付与を施す。

 俺の上昇率は専門の付与魔法使いからすれば良くて5割といったところ。

 それでも重ね掛けすれば一流の効果に迫ることは出来る。


「うおお……へ?」


 重ね掛けを行った瞬間だった。

 威力を失いつつあった大剣は急に息を吹き返し、一瞬にしてギガントスネークを両断。ただ振り切れた速度が異常だったこともあり、カーミヤは体勢を崩して落下していく。

 これが付与魔法の問題点。

 どれだけ身体が強化されるかは使用者によって異なる。そのため実戦での使用には事前に訓練しなければならない。じゃないと力加減とか分からないしね。

 今回はぶった切ることを優先して告知なしに身体強化したけど。

 良い子の冒険者は緊急時以外は真似しないように。加減を間違うと筋肉が断裂したり、骨が折れたりする可能性もあるから。


「とりあえず一件落着だな」

「そうだけど! さあ帰るかって雰囲気出す前にあたしに一言謝ろう!」


 え、何で?

 付与魔法のせいで力加減が分からなくなって、大剣を振り抜いた勢いのまま地面を転げまわっただけじゃん。

 とは言いません。

 だってどう考えてもカーミヤが、コメディじみたことになってたの俺の魔法のせいだもん。

 見た感じだと筋肉や骨を痛めたりはしていなさそうだが、ところどころ擦り傷がある。冒険者に擦り傷や切り傷なんてものは日常茶飯事。それでも怪我させたのは俺だから素直に謝らないとね。


「悪い。ただあの状況でお前に仕留めさせるにはあれしかなかった」

「そう言われるともう何も言えない。だから、うん、お疲れ様」


 言葉を鵜呑みにすればここで終わり。

 しかし、カーミヤの表情を見る限り……

 唇を尖らせ具合などで判断すれば、納得したくないけど納得しますといったところだろう。

 なのでこのまま放置すると遺恨を残すことにもなりかねない。


「まあ何だ。お疲れ様って意味とお詫びも込めて帰ったら飯でも奢ろう」

「……もしかして。クロウってそうやって何人も女性を食い物にしてる?」


 なるほどなるほど。

 仮にそんなプレイボーイだったなら俺は家庭まで行かなくても恋人のひとりやふたりは出来ているのではないだろうか。

 もしくはギルドから面倒臭……収益の良い依頼を回される身分にはなっていないと思う。

 だからまあ、何だ。

 こいつが冗談で言っているのは分かっている。

 分かっているから俺も冷ややかな視線と声で返答するのではなく、純度の高い笑顔とハキハキとした声でこう言ってやろう。


「冒険者って職業、今日で引退するか?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! あたしが悪かったです。本当に申し訳ございませんでした。素直に奢っていただきます!」


 謝っている割に奢ってもらおうとするとは厚かましい。

 とは言いませんがね。

 何となく今日だけでカーミヤの人となりは確認できた気はする。

 そうなれば近い内にこの臨時のパーティーは解散。今後もしかしたら会うこともないかもしれない。

 だからまあ、今日は変異種を倒した祝いってことで無礼講にしてやろう。

 そういうわけなんで夕方頃まで時間を飛ばします。

 だってやることなんてモンスター討伐の証拠やら集めて帰還するだけだからね。

 せっかくだし、それなりの値段がするところにでも連れて行ってやるか。

 と思っていたのだが、カーミヤが自身の馴染みの店で食べたいということでそこにすることにした。

 下町の飲み屋という感じで実に値段はリーズナブル。けど量と味は保証できるらしい。まずは乾杯ということで酒を頼んで……


「ぷっはあ!」


 カーミヤは豪快な飲みっぷりで一度に飲み干してしまった。

 彼女らしいと言えば彼女らしいが……

 まあ、こんな飲み方は良い店だとできないというかやりづらいわな。

 何の気兼ねもなくタダ酒を飲めるなら自分がよく使う店の方が良い。そのへん本当にちゃっかりしていらっしゃる。


「おばちゃん、もう一杯!」

「酔い潰れるなよ」

「大丈夫、大丈夫。そんなに弱くないから。奢られる側のあたしが言うのもなんだけど、クロウも飲んで食べて。ここの本当に美味しいんだから」


 正直なところ、バカ食いが出来るほどの達成感は俺にはない。

 ただ、さすがにこのままなのもこの店と俺の財布に悪い。

 限界まで奢られる気でいる奴がいるんだ。俺も精神的に元が取れるくらいは飲んだり食べたりするべきだろう。


「お、良い飲みっぷりじゃん。やっぱ冒険者は飲めてなんぼだよね。どんどん飲んじゃおう。そんで食べよう! はい、これクロウの分!」


 自分のペースで食べさせてほしいんだが。

 まあ楽しそうな空気を壊すのも気が引けるし、食えない量じゃないからこのままいただくことにしよう。

 そう考える一方で俺の脳裏にはギルドからのクエストが過ぎる。

 カーミヤの所属していたパーティーは、Aランク間近であったが解散。解散した理由は、カーミヤを除いたメンバーがそれぞれスカウトされて応じたため。

 それが単なる偶然なのか。

 それともカーミヤ自身にも何かしら問題があったのか。

 今日一緒に過ごして俺の中に芽生えた感想としては、解散は単なる偶然が重なった結果であってカーミヤには問題ない。

 彼女の距離の詰め方を苦手に思う者はいるだろうが、基本的には裏表がない性格をしている。それだけに何かしらトラブルがあれば、もっと早い段階で揉めて解散する事態になっていてもおかしくない。

 一応もう何回か一緒にクエストには行ってみるか。今日は俺主体でカーミヤ主体の戦闘を確認できたわけじゃないし。そのへんも確認出来て問題がなさそうならギルドに報告するとしよう。

 そう内心で完結させて気を緩めたそのときだった。

 ジョッキを叩きつけるような音が目の前から響いてきたのは。


「……カーミヤ?」


 何か急に気に障るようなことでもあったのだろうか。

 出された食事に気分を害するような何かが紛れ込んでしまっていたとか?

 そんな疑問は、俺の呼びかけに応えて顔を上げたカーミヤと視線が重なった時に吹き飛んだ。

 どう見てもカーミヤの目は据わっている。

 これはもう完全に酔っ払いの目だ。

 酒は弱い方じゃないと言っていた気がするが……

 まあそんなのは自分基準だろうし、早いペースで飲んでいたんだから酔っても不思議ではない。


「クロウ、ちゃんと飲んでる?」

「飲んでる」

「嘘を吐くな! まだ1杯目じゃん。そんなの……全然飲んでるって言わない。男ならもぉぉぉと飲め!」


 酔っ払うと絡んでくるタイプはいる。

 どうやらカーミヤはそのタイプのようだ。

 裏表がない性格をしていても仕事をするうえでは、時と場合によって胸の内に本心を溜め込まなければならない。

 それに冒険者と酒を飲むのはこれまでに何度もあった。

 その中にはこういう奴だって何人もいた。

 ここはカーミヤにとって馴染みのある店だと言っていたし、彼女が物を壊したりしないようであればこのまま適当に対応しよう。酔っ払いの相手を真面目にしても疲れるだけだ。


「じゃないと……何か寂しいじゃん」


 カーミヤの目から大粒の涙があふれてくる。

 この程度の何が寂しいんだ! と言いたくもなるが、情緒が不安定なのが酔っ払いという生き物。そして、酒を飲んだら泣く奴も珍しくはない。


「少し前まではみんなで一緒だったのに……もうみんなはいないし。あたしのこと置いてさ……他のパーティーに行っちゃった」


 今日会ったばかりの俺にそいつらの代わりが務まるわけがない。

 ただ誰かとの別れに寂しさを感じるのは理解できる。

 もしもこいつが解散になった日から涙を流せていなかったのだとしたら。

 今日という日をきっかけに前だけを向ける可能性があるのだとしたら。

 泣き疲れて眠るまでとことん付き合ってやるとしよう。


「そりゃあさ、みんなにはみんなの考えとか目標があるとは思うよ。でもさ、みんなしてバラバラになることなくない? 年単位でパーティー組んでたんだよ。ひとりくらいさ、あたしと残ってパーティー続けるとかあっても良いんじゃないかな」


 そうかもな。

 よほどバカな話でもない限り、ちゃんと聞きながら相づちくらい打ってやる。

 だから好きなだけ喋れ。そんでさっさと体力を使い果たして寝ろ。


「なのに……なのにさ」

「すいません、酒のおかわりください」

「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」


 仲間に置いて行かれて寂しかったんだよな。

 よくある話と言えばよくある話だし。俺は当事者じゃないから下手に同情とかはしないけど。

 でもまあ、お前が悪くないってことだけは分かるよ。うん。


「じゃあ……この先もずっとパーティー組んでよ」

「無理」

「何で!」

「お前とパーティー組んでるのは仕事だから。仕事が終わればそれでおしまい」


 うわぁ……子供みたいに頬を膨らませてるよ。

 でも仕方ないじゃん。俺はカーミヤ以外の冒険者とも顔を合わせて調査しないといけない身なんだから。


「ケチ、無愛想、人でなし! いいじゃんいいじゃん、パーティー組んでないんならあたしと組んでくれてもいいじゃん。Aランクなんだから後輩の面倒見てよ。あたしをAランクに連れて行ってよ!」

「後輩の育成は一人前扱いされるCランク未満が基本だ。お前はBランクなんだから自力で頑張れ」

「あたしのこと傷物にしたくせに!」


 人聞きの悪いことを言うんじゃありません。

 店員を始め周囲が気にしてなさそうだから聞き流してやるが。

 というか、何でこいつこれだけ喋りながら変わらないペースで酒を飲んだりできるわけ?

 何故に店の人も止めることもせず酒を次々と持ってくるの。

 もしやカーミヤの酒癖の悪さはこの店では周知の事実だったりします?

 さっさと酔い潰してお開きにさせよう、みたいな別角度からの支援をしてたりするのかな。もしそうだったらありがとうございます。俺も頑張るんでこいつをさっさと潰しましょう。


「……おい! どこの誰だ、今あたしのこと貧乳だって言った奴は? あたしのどこが貧乳じゃい。人並み以上に育っとるわ!」


 やべぇ。

 別席の客にケンカ売り始めたんだけど。

 誰もお前に対して貧乳とか言ってないよ。お前が人並み以上のおっぱいをお持ちなのは見れば分かるから。

 そもそも……何でこんなにも店内はガヤガヤしているのに別席の会話を聞き取れてんだよ。もしかしてこの胸は見せかけで本当は貧乳だったりするのか?


「カーミヤ、他の客に迷惑をかけるな」

「かけてないし! 貧乳だってバカにしてきたのあっちだし!」

「誰もお前のことを貧乳だとか言ってバカにはしてない」

「クロウ、今あたしに向かって貧乳って言った! あたしの胸をバカにした。あたしのどこが貧乳だ。これでも形も良くて張りもある自慢のおっぱいなんだぞ!」


 もうダメだこりゃ。

 完全に出来上がっていらっしゃる。こっちの話とか聞いちゃいない。

 何か聞こえても自分の都合の良いように改ざんされてしまっている。


「そんなに言うなら脱いで見せてやる!」

「おいバカ、さすがにそれは……本当に脱ごうとするな!」

「うるさい! あたしは巨乳だ。おっぱい大きいんだ! というか、暑い。このままじゃ暑くて死ぬ。服とか邪魔!」


 マジでこいつ酒癖悪いな。

 もしも毎回こんなんだったらパーティー組んでるメンバーが嫌になるのも分かる。

 さっきはこいつには何も非がないとか思ったけど。この酒癖の悪さだけは、誰がどう見てもどう考えても非しかない。

 あぁもう、酒とか飲みに来るんじゃなかった。

 こいつがおっぱいを他人に見せたいって言うならそうさせればいい。放置して今すぐにでも帰りたい。

 なのにギルドという存在がそれを許してくれない。

 俺を止める立場に縛り付けてくる。本当にマジであの受付嬢がここぞと持ってくるクエストは厄介事しか起きないね!


「クロウ放せ、放さないと暑くて死ぬ!」

「それくらいじゃ人は死なん。というか、好きでもない男の前で胸を見られてお前は平気なのか」


 む?

 少しだけ真面目な顔になったような……


「……責任取らせれば生きてはいける。場合によってはあたしの人生安泰」


 勝手に見せておいて責任取れとかふざけんな!

 お前はまだそれなりに美人でスタイルも良いから許されるかもしれない。中にはお前が嫁で良いって言う男はいるだろうさ。

 でもな、男にだって選ぶ権利はあるんだぞ。

 世の中には貧乳を好む男だっているんだから。

 というか、客はまだしも店員さんはこのバカを止めるの手伝ってくれない?

 露出魔が出るとか噂が立ったらあなた達も困るでしょ?


「てか……クロウに見せれば好条件が揃い踏みでは? よし、クロウ。お前、あたしのおっぱいを見ろ。そんで揉め。責任を取れ」

「お前、いい加減にしないと強引に眠らせるぞ」

「眠っている間に襲うとかクロウって最低。責任も取らない気なんだ」


 なあ、こいつを俺は殴っても良いと思わないか?

 こいつは女だけど冒険者だし。ここまで酔っ払っているなら二次被害を防ぐためにも意識を断つのは有りだと思うんだ。


「クロウがそんな奴だなんて思わなかっ……」


 急に黙って俺にしがみついてきたんだが。

 ものすごく嫌な予感しかしないんですが!


「おい……お前まさか」

「吐……吐き……吐きそう」

「待て待て、ここで吐くのは色んな意味で不味い。トイレに連れて行ってやるからそこで」

「ウォオェ……エォ……ォエェ!」


 何かが盛大に俺の胸元に吐き出された。

 この生温かさ、胃液に溶かされ様々なもの混じった臭い、服に染み込んで肌を害する不愉快さ。この全てに俺は不快感を覚える。

 その一方、限界に来ていたものを吐き出してすっきりしていくカーミヤ。

 このときの彼女の顔を見た時、俺の中に殺意にも近い何かが芽生えた気がした。

 ギルドよ。

 こいつは訳アリの冒険者だ。

 冒険の面ではなく、私生活で問題を起こす可能性を持っている。そう断言できるレベルの酒癖の悪さだよ。

 だからマッチング相手には酒の席には出ない。またはカーミヤには飲ませない。

 そう伝えろ。必ず、絶対に!

 そうじゃないと……今日という日の俺が報われない。



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