第13話 「まず最初はこのお店です」
俺のことを話し相手にしたいエルドナ。
そんな彼女がクエストでしばらくこの街から離れることになった。
どうやらギルドから高ランクのクエストをするために来たんですから働いてください、と小言をもらったらしい。
これが俺の様子を見かねたものなのか。そうでないのか。
真相は定かではないが、エルドナに追いかけ回されないというのは良いことだ。理由は何であれ非常に助かる。
まあ……
ギルドとしては俺は俺の仕事をしろ。そう暗に言ってきているだけかもしれない。
とはいえ、本日は別件がある。そちらが優先だ。
「すみません、お待たせしました!」
こちらに駆け寄ってきたのは、本日の待ち合わせ相手であるアイネだ。
前に話していたお礼の内容が決まったこともあり、アイネの休みである今日に実行に移されることになった。
アイネの服装は、先日会った時のようなザ・大人という感じではない。
一言で言ってしまえば、庶民出の町娘といった格好をしている。そこに地味な帽子と伊達メガネまでしていることもあって、人目を惹きつける要素は皆無に等しい。
よく顔を見たり、声を聞いたりすればアイネだと分かりはするだろう。
が、パッと見では大半の人間は目の前に居る人物が美人受付嬢であるアイネだとは思わないだろう。
「別に待ってませんよ。俺も今来たところですし」
というか、待ち合わせの時間までまだ15分以上ある。
これで遅刻扱いする人間は、正直に言って感性がおかしいだろう。
「本当ですか?」
「ええ。嘘を吐く理由なんてないでしょう?」
今日の目的が単純にデートだったなら話が違っただろう。
緊張して落ち着いていられず約束した時間の1時間前に待ち合わせ場所へ。
そんなことも起こり得たかもしれない。
しかし、実際はデートではなく日頃のお礼。
半分はプライベートだが、半分は仕事。心境としてはそれが最も近い。
「それはそうですが……」
納得してくれているようにも見えるが。
どこか不服そうにも見えるのは俺の気のせいだろうか?
まあ……
確かに今の態度だと、俺がアイネのことを女扱いしていない。
そう捉えられてもおかしくはない。本人は遠慮していたのに周りのせいもあってお礼をされることになった。それに加えて相手が義務的な態度だったら複雑にも思うのも当然といえば当然だと言える。
「今日はあくまでお礼をする身なので……いやまあ、そういう立場の方が相手よりも遅く来るわけにはいかないんですけど。その……デートと考えたりするとこちらも緊張するというか」
俺はアイネに対して恋愛感情は抱いていない。
だが別に異性として見ていないというわけではなく、プライベートな時間で一緒に出掛けるとなればあれこれ考えたりはする。
というか、ぶっちゃけ色々と考えた。
どんな状況になっても冷静に対処するためにイメージトレーニングを行ったよ。
仕事の付き合いがメインではあるけど、見惚れるくらいに美人なのは間違いないし。時に厳しく、時に怖いところもあるけど……さりげない気遣いで助けてくれる優しい人でもあるし。
「ひとりで勝手に盛り上がったりするのは失礼かと」
「……ふふ」
笑い声を漏らしたアイネの顔は、少し同情めいていて。
けれど優しさが感じられるものだった。
俺の心境を想像したというか、見透かしたうえで仕方がない人だと割り切ってくれたのかもしれない。
「そうですね。今日はデートではありませんし」
「ええ。ちゃんとお礼しないと俺の気も済まないですし、あなたの相方にも怒られるので」
「この会話を聞いていたら別の意味で怒りそうではありますけどね」
そう言ってアイネは一呼吸置くと……
「旦那、せっかくアイネとふたりっきりで出かけられたんだぞ。それで終わったらもったいないだろうが。デートとか次に繋がるところまで男なら踏み込みやがれ。そんなんじゃいつまで経っても良い相手見つからねぇぞ!」
ノリノリでリナの真似をしてきた。
「……みたいに」
が、最終的にはこちらから視線を逸らしながら顔を赤らめてしまう。
恥ずかしいならやらなければいいだろうに。
そう言ってしまうのは簡単だが、それはアイネの頑張りに対して失礼だろう。
「確かに言いそうですね。もし言われたらお前にも相手いないだろうがって言い返すと思いますが」
「そんなこと言ったら絶対に怒りますよ」
「この場合、先に怒らせることを言ったのはあいつです」
「それもそうですね。時間は限らせていますし、そろそろ行きましょうか」
アイネに促される形で歩き始める。
今日の流れとしては、買い物をしてから食事というシンプルなものになっている。
まあ俺達は交際しているわけでもなければ、今日の目的は交流を深めるためのデートでもない。
なのに複雑なプランが組まれる方がおかしい話だろう。
もしかしたらリナが悪ノリしてそうしようとしたかもしれないが……常識人であるアイネがそれを許すとは思えない。
しかし……
おそらくアイネとしては、今日のような町娘の恰好よりも先日の大人な雰囲気が出る格好を好んでいるはず。
いや好んでいるかまでは分からないが、性格的に自分の容姿や雰囲気に合うものを考えて着るはずだ。この人は他人から自分がどう見られているのか。それをよく分かっている。きちんとした格好で会わなければ相手に失礼、そう考えるタイプだ。
にもかかわらず、人目を惹きにくい恰好をしてきたということは……。
アイネに余計なちょっかいを出す輩が現れないよう。俺に必要のない手間を掛けないように、とリナあたりが地味な格好をしろと助言したに違いない。
「あの……どうかされました?」
「あぁいえ……特にどうもしてはいませんが」
「もしかして……今日の恰好、変だったりしますか? リナから目立たない格好しろと言われたので、出来る限り地味な感じのしたのですが」
ああ、やっぱり。
「変じゃないですよ。むしろ助かってます。もしもアイネさんが先日のような恰好だったら今頃周りから嫉妬されてますし」
「それなら良いんですけど……一応確認なんですが。クロウさんって私のこと疫病神とか思ってないですよね? 一緒に居たら理不尽な目に遭いそうとか考えていたりしませんよね?」
それに関しては、ノーコメントで。
そう答えたいがそれはもうイエスと言っているようなもの。
なのでここは……
「思ってませんよ。今日のアイネさんはそのへんに居る町娘って感じですし」
「今日の私は? はあ、そうですか」
あ、これは見透かされてるやつですね。
でも無言のままでも正直にイエスと答えても結果は同じ気がする。
俺がアイネと同じくらい異性にモテる存在であったならば、周囲もお似合いという印象で終わってくれたのだろう。
が、現在はアイネはモテモテで俺は平凡。彼女と違ってよく知りもしない相手から言い寄られることなんてない。
故に……モテる人の隣を歩いていると何かありそうだな。
そう思ってしまうのは仕方がないと思う。
アイネに対して特別な感情がない限り、アイネの傍に居られる嬉しさよりも起こりかねない面倒事が嫌だ。そう考えてしまう人間が多いと思うんだ。
「クロウさんが私をどういう目で見ているのか理解しました。すみませんね、いつも厄介事を押し付ける嫌な女で。可愛げがない女で本当にすみません」
「勝手に不貞腐れるのやめてもらっていいですか」
「別に不貞腐れてません。それなりに付き合いがあるのに特別な人間みたいに思われているのが気に入らないだけです」
そういう気持ちがあって、投げやりだったり反抗的な態度を取る。
それを一般的に不貞腐れているというのでは?
「今日は町娘みたいと仰ってましたが……私は正真正銘の町娘です。どこかのお嬢様とかではありません」
「その割には言葉遣いや所作が綺麗ですよね」
「母がしっかりとした人だったので。汚い言葉遣いや仕草だと誰もお嫁さんにもらってくれな……この話は終わりです」
何とも強引は終わらせ方だ。
ただ表情を見る限り、恥ずかしそうに頬を赤らめている。
まあ子供時代の話に羞恥心を刺激される人はいる。
それが結婚観にも関わる内容が含まれるとすれば、アイネのように話を打ち切りたいと考えるのもおかしい話ではない。
「良い親御さんですね」
「この話は終わりと言ったんですが」
「でもここで終わると沈黙が流れますよね? それはお互いに気まずくなるかと」
「そういう意地悪な返しはやめてください」
俺の記憶にあるアイネの顔は、営業スマイルか真面目な顔。呆れや絶対零度の顔といったものばかり。
今みたいに感情をそのままに表情に反映させて伝えてくる彼女の姿は、正直新鮮に感じる。
「何ですかその顔?」
「今日のアイネさんは人間味があるなと」
「それは日頃の私は感情のない機械に見えているという意味で?」
「今俺に見せている顔を仕事中はしないでしょ?」
「それはしませんよ。変にいちゃもん付けられたら無駄な時間を取られますし」
効率が悪いのは嫌いです発言ありがとうございます。
おかげであなたが機械的に業務を遂行しているという裏付けが取れました。
「……私のこと嫌いになりましたか?」
「え」
「仕事中の私と比べると性格が悪いというか……愛想とか良くないでしょうし」
「いや、嫌いになるどころかむしろ好感を持ってますよ。仮面を外して話してくれているわけですし。そもそも……仕事中でも片鱗は見えてましたから」
あ、はい、すみません。
最後のは余計でしたよね。
謝りますから人を射殺せそうな目で見るのやめてください。
「これまでは冗談っぽく言ってましたけど。クロウさんって実際に意地悪なんですね。言葉選びが実に最悪です」
「本音には本音で。素には素で返そうかと」
「でしたら口調も素にしたらいかかですか? リナと話す時は砕けた感じで話していらっしゃるようですし」
それはそうですけど。
これは真に受けて良いところなのだろうか?
俺の方が悪者にするための撒き餌のようにも思える。
が、こちらは普段とは違う一面を見せているのだからそっちも見せろ。そう言われているようにも思える。
いったいどちらの選択肢が正解なんだ。
ここで間違うと今日という日がどういう1日になるのか決まってしまう気がする。
「それに関しては善処しま……善処する」
「そうですか。では期待しておきます」
「そちらにも同じことを求めるのは」
「無意味ですね。だって私、誰にでもこんな感じなので」
ですよね。
さん付けとかがないくらいで誰にでもその口調で話していますもんね。
だからまあ、アイネの口調が変わらないことはどうでもいい。流れで言ってみただけだ。
しかし……
この人に対して素の感じで喋るのは何か緊張するな。
他のギルド職員で考えたり、知り合ったばかりの冒険者を相手に実践する場合はそんなことないのに。
アイネの人間性というか俺との相性の問題なのだろうか。
「というか、今日の目的はケンカをすることではないですよ」
「それは分かってます」
「うん?」
「……分かってる」
だからそんな「素で話すんですよね?」みたいな圧を掛けるのやめて。
長年の習慣をすぐに修正するのが難しいことくらいそっちだって分かってるでしょ。
俺のこと意地悪とか言うけど、そっちもなかなかに意地悪だ。
意地悪な奴に意地悪だとかすごく言われたくない。ここから先、また意地悪発言をされたら反射的にやり返してしまいそうだ。
「本当に分かってるからあんまり怒らないでくれ」
「怒ってませんよ。リナには砕けて話すうえに定期的にご飯にも行くのに。同じくらいの付き合いがある私とはそういうことをしてくれない。そんなことは全然これっぽっちも微塵も思ってませんよ」
それ絶対に思ってるやつ。
まあ妙に突っかかってくる理由を教えてくれたことには感謝するけど。
確かに交流の深さでいえば同じくらいなのに対応が違うのは良くないよな。
単純にアイネとは機会がなかったってだけだけど。
いや、すまん。これは嘘だ。
休憩時間に鉢合わせしたとしてもリナの時のように一緒に飯に行こうとするかと問われると、正直怪しいところではある。
何故なら熱烈なアイネのファンから恨みを買うと面倒臭そうだから。
「それは機会があれば今後気軽に飯に誘っても良いということで?」
「……そ、そうですね」
「恥ずかしいとか余計なトラブル起きたら面倒……とか思ったよな?」
「思ったら悪いですか? リスク管理しちゃう女の子はダメだって言うんですか!」
そうは言ってないでしょ。
ただ自分の言葉には責任を持ちましょう。吐いた唾は呑み込めない。
そういう話をしているだけです。
そもそも、今日みたいにお互いが予定を合わせない限り俺達が一緒に過ごすことはないでしょ。
俺はクエストで色んな冒険者に会ったり、街から離れたりするわけだし。アイネの方は受付嬢として状況によっては朝から晩まで働きづめなんだから。
というか……
この人って確か俺と同い年だよな? 今年で25歳になる女性が女の子?
いやまあ、単なる言葉の綾だよな。ここでこれをツッコんだら怒号どころか関係性に亀裂が入る。そんな気がするから絶対に口にはしないでおこう。
「ダメとは言ってない。アイネさん……アイネのことを狙ってる奴は多いだろうし、悪い輩に引っ掛からないためにもあれこれ考えるのは重要だ」
「今……わた……のこと……アイ……」
「アイネ?」
「――――ァ!?」
え、何? 何なの?
急にその場に蹲っちゃったんだけど。俺なんかした?
もしかして呼び捨てはダメとか?
でも素で話せって要求してきたのはこの人だよな?
それなのにこの反応は…………いや……まさかそんなわけ。
「すみません。何か落としたかと思ったんですが気のせいだったみたいです」
何事もなかったかのようにスンとされた。
取り乱すような雰囲気だった数秒前の人物と同じ人物か?
そう思えるくらい普段のビジネスウーマンみたいな雰囲気で立ち上がられた。
これはツッコんだ方が良いのか?
でも俺がアイネの立場だったら触れて欲しくはないし……
何だか情緒が不安定な感じがするし、今日はある程度のことは気にしないようにしよう。いくらモテるといっても、その人が異性と出歩くことに慣れているかはどうかはイコールではないだろうし。
うん、そうしよう。多分それがお互いのためだ。
もしや……とか考えてドギマギしてたら俺の方が先に参りそうだし。
「そうですか」
「はい。では、気を取り直して行きましょうか」
促らされる形で移動を再開。
しかし、アイネはいったいどこへ向かっているのだろう。
リナから事前に今日の目的が買い物と食事ということは聞いている。
が、どこで買い物するのか。どこで食事をするのかはアイネから直接聞けと言われてしまった。
お礼をする側なので支払いは俺持ちと考えるのが普通だ。
それだけにどのレベルの店なのかは気になってしまう。ある程度の額は持ってきているが、もしも予想以上の場所だった場合は財布の補充をさせてもらわなければ。
「まず最初はこのお店です」
アイネが立ち止まった場所。
それはパーティー向けのドレスなどを扱う高級店。
ではなく、平民向けではあるが質の良い男性服を扱う専門店だった。
今日はアイネへのお礼をする日のはずだよな?
それなのに男性服の専門店? 何故に?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます