第14話 「私とクロウさんの今後に関わる内容ですよ!」
女性が男性服を買おうとする理由。
その女性に仲良い異性がいたり、すでに恋人または夫がいるのであれば贈り物だと分かる。お子さんがいたりするならそっちの線もあるだろう。
それ以外となると……体格に恵まれた女性は、一般的な女性服ではサイズが合わないために男性服を求める可能性はある。
しかし、アイネの背丈はこの世界では平均的な高さだ。
自宅ではダボっとした服を好んで着ている可能性はあるが、きっちりした性格を考慮すると自分用の買い物とは思えない。
であるなら考えられる可能性は……
「家族や親戚への贈り物でも買うのか?」
「はい、父がもうすぐ誕生日なので」
なるほど。
確かに昔からアイネは定期的に実家に帰省していた。それが起こる度にがっかりしている冒険者が居ただけに記憶に残っている。
普段のアイネを見ていると大事に育てられたんだろうと素直に思えるし、今でも親との関係は良好なのだろう。
俺にはこの世界の親の記憶はない。
が、親代わりである孤児院の先生には感謝している。冒険者として一人前になってからは定期的に仕送りをするだけで顔を見せてはいない。手紙でのやりとりはたまにやっているが、時間が取れそうな時にでも一度地元に戻るのもありだな。
「あ、ここでの買い物は自分で払いますよ。私のものならともかく、私の親のものにクロウさんのお金を使わせるわけにはいかないので」
「まあそうだろうな」
正直な話をすると、ここくらいの額なら出しても問題はない。
が、アイネがもしも親に服のことを聞かれた際に何とも言い難い状況になる。
俺がアイネの親と知り合いであれば説明もしやすく、親御さんもすんなりと受け入れることが出来るだろう。
だが現実は一度も顔を合わせたことがない他人。
ここで俺が支払うのは別の問題を生む要因でしかないので、アイネの考えを尊重するのが無難だ。
「ただ……ですね」
「何だ?」
「その……私の父なんですがクロウさんよりは背は小さいんですけど。肩幅とかを考えるとクロウさんに合いそうなサイズがちょうど良くて。なので……選ぶ際にお手伝いを頼めるとありがたいのですが」
申し訳なさそうな顔をされているわけだが。
こちらはアイネにお礼をするために今日という日を使おうとしているのだ。
だから今日は武装はしていないし、高いお店に行く可能性も考慮して普段よりも質の良い服装をしている。
さすがに数十着も試着しろと言われたら断りたくもなるが、常識的な範囲であれば大した手間ではない。
「別に構わない。選びやすくなるんなら俺のことは好きに使ってくれ」
「ありがとうございます。普段使いできるものと外行き用も買いたいのでさっそくお願いしますね」
というわけで、店内散策が始まります。
買うものを父親に似合いそうなものに絞っているのか、アイネは気になったものを何個か手に取っては、俺の前に持ってきて納得できたものだけをカゴの中へ。
店内には色んな服があるだけに長丁場になるのも覚悟していたわけだが、これなら思いのほか早く終わりそうだ。
「普段着に関してはこれくらいでいいでしょう。次からは外行き用を選びます……どうかしましたか?」
「いや別に。ただ迷ったりしないんだなと思っただけで」
「父の好みは把握していますし、ここでの買い物に関してはついでというかおまけみたいなものですから。時間を掛けてはクロウさんにも迷惑ですし」
まあ俺からするとありがたいことだけど。
親御さんと仲が良さそうって思っていたけど、思っているほどの仲ではないのかもしれない。
だって……もしも予想していたほど仲が良いのなら。父への贈り物を買うのをついでとかおまけなんて言うはずがない。
それに服を選んでいる時の顔が相手の喜ぶ顔を考えていそうなものじゃなく、事務作業している時のような仕事をしている時の顔だった。
アイネの中で親御さんへの誕生日プレゼントは毎年の消化イベント。親御さんのことは大事に想っているが、とっくに精神的な親離れは済ませている。そんな感じなのかもしれない。
「本当は母と一緒に旅行にでも行って欲しいのですが、お店を長期的に休める時期は限られていますし。最近はあちこちで高ランクの魔物による被害も出ていますので、無難な択を選ぶしかないんですよね」
「だとしても親としては自分の子供から誕生日を祝ってもらったら嬉しいだろ」
「まあ父は毎年素直に喜んでくれるんですが……母からは自分磨きの費用にしろと言われたりもしまして」
親孝行も良いけど、まだ若いんだから自分の幸せのために使いなさい。
そういうことを言っているのだろうか?
ただ……名も知れぬアイネの母様、あなたの娘さんは現状でこの街の誰よりもモテる女性になっています。これ以上のレベルに磨かれてしまったら目に見えるトラブルが起こるかもしれません。
すでにアイネさんは良い女。娘さんからのプレゼントを素直に受け取って喜んであげてください。
「それがそのままの意味であれば良いのですが、あれは絶対に早く良い人を見つけなさい。恋人を作って紹介しなさい。可能な限り早く孫の顔が見たい……そんな意味が込められているんですよね。父は気が付かないことが多いですが、母の笑顔の裏には絶対に別の顔があるんです」
そうなんですね。
つまりアイネさんはお母様に似たということ。
俺にもあなたの営業スマイルの裏に別の顔が見える時があるので、間違いなくアイネさんはお母様の影響を強く受けて育っています。
なんて素直に口にしたらドギツイ目を向けられそうだからやめておこう。
「これか……いえ、こちらの方が……伸縮性のない素材だと体格の良い父は破りかねませんし。けど外行き用で質素すぎるのも良くないですよね」
普段着とは違って外行き用は即決できないようだ。
まあ普段着は最悪家の中でしか着ないというか、身内にしか見られないわけだが。外行き用となれば格式の高い店や式典、パーティーといった人の集まる場所に着ていくものになる。
これまでの買い物がスムーズだっただけに好きなだけ迷ってもらうとしよう。納得できないものを買わせるわけにもいかないし。
「デザインはこれで良いとして……色合いは……母と並んだ際のことも考えないといけませんよね。となると……」
「何かお困りですか?」
ずっと悩んでいるアイネを見かねたのだろう。
店内を巡回していた店員が声を掛けてきた。
「いえ別に困っては……ただどの色にするか迷っていただけで」
「そうでしたか。ただ参考までに意見を言わせていただけきますと……旦那様には茶色系統のものよりも黒や紺といった色合いの方が似合うかと思います」
「確かにもしも汚れてしまった際のことを考えるとそういう色の方が……え、旦那様?」
「おや? こちらの方は奥様の旦那様では?」
俺とアイネは見た目からして同年代。
そして、この世界の20代半ばという年齢は結婚していてもおかしくない。
職業によっては10代の頃から働ける場所もあるこの世界では、ある程度仕事も出来るようになっている年代だけに結婚の適齢期とも言える。
なので店員が俺達のことを夫婦と勘違いしてしまうのも無理はない。男女で買い物しているのだからそういうことが起きる可能性は十分にある。
のだが……
「なななな……こ、ここの人はわ、私の夫ではありませんよ!?」
「それは失礼しました。まだ結婚はされていなかったのですね」
「その言い方だとお付き合いはしているみたいに聞こえるんですが!?」
「違うのですか?」
「違います! 私達はそういう関係でもありません!」
店員は冷静さを欠いてしまっているアイネから俺に視線で問いかけてくる。
が、俺の返事も隣に居る彼女と変わりません。俺達は夫婦でもなければ、恋人といった関係でもありません。
そう見えるようなことをしていたのは事実ですが、これ以上は連れが暴走しかねないので退散してください。連れのことは俺がどうにかしますので。
俺の気持ちが伝わったのか店員は謝罪の言葉を口にすると、この場から去って行った。
さて、肩で息をするほど荒ぶっているアイネをどう沈めよう。
「おいアイネ」
「――ェ!? き、気安く呼び捨てにしないでください。また勘違いされたらどうするんですか!」
「じゃあアイネさん。とりあえず独り言はどれだけ言ってもいいから大声出すのはやめような。他の客にも迷惑だから落ち着け」
「……何でそんなに冷静なんですか」
何で俺はあなたに文句を言われないといけないんでしょうか。
子供の頃ならともかく、今の年齢になってこの程度のことで動じることは少ないと思うんですが。
あなたに対して恋愛感情を持っていれば違ってくるでしょうけど。
現実だけを見つめると、こんな美人の結婚相手や恋人に思ってもらえるなんて男としての自信が付くようでプラスの感情しかない。恥ずかしさがないわけではないけど、嬉しさの方が勝ってる。
「もしかして……クロウさんは他の女性とも今みたいによく間違われたり」
「してないですけど」
「ならこれまでに何人もの女性と交際経験が」
「ないですけど」
女友達って感じの人間は居ても誰かと付き合った覚えは一切ない。
彼女いない歴=年齢の冒険者です。それは毎日のように顔を合わせているあなたもご存知のことでは?
もしも恋人ができたりした時期があれば、多分ですけどクエスト受ける頻度とか絶対に違いは出てましたよ。
「というか、そういうのはアイネさんの方が多いのでは?」
「あいにく異性とふたりっきりで出歩くのは、父を除けば子供の頃に友人と。もしくはギルド関係者や仕事上で付き合いがある方としかありません」
ということは、この人って意外と初心だったり?
普段はキャリアウーマンの鉄仮面で誤魔化してるけど、内心はさっきみたいにてんやわんやだったりしているのかな。
もしそうだとしたらこれまでとはアイネに対する見方が変わるかもしれない。
「人は見かけによらないんですね」
「その言い方だと、まるで私が男性慣れしまくりの破廉恥な女性のように聞こえるんですが。もしかして、わざとそういう言葉選びしてます? そもそも、何でまた口調が戻っているんですか」
「それはさっき呼び捨てやめろとか言われたので……言われたから流れでそうなっただけだろ」
精神異常の魔法でも受けてしまったのか。
そう思いたくなるくらい支離滅裂な発言をされている。
ただ……常日頃隙がないというか、完璧な人ほど一度崩れると弱いもんな。アイネは絶対のこのタイプ。
受付嬢の仮面を付けた状態ならパニックったりしないんだろうが……
今日はプライベートということもあってか素の状態を見せてくれていた。
それはある意味では信頼の表れとも解釈できる。
それだけに冷静さを欠いた状態の時の言動を責めるのは弱い者いじめみたいで気分的に良くない。なので地道に根気よく宥めることにしよう。
「そんなことより買い物の続きだ。まだ外行き用をどれにするか決めてないだろ」
「そ、そんなことって……今の話の方がお父さんの服よりも大事です!」
「いやいや、お父さんへのプレゼントを買うためにここに入ったんだろ? そっちの方が絶対に大事だろ」
「私とクロウさんの今後に関わる内容ですよ!」
確かにそうだけど。
話し方が変わったからってそこまで関係性には影響は出ないだろ。
それくらいで何かが変わるなら今までの間に何か起きてるって。
そういう気持ちは押し殺しつつ、粘り強く相手をしていると……
「……すみません……本当にすみません」
冷静さが戻ったのか、かつてないほどに落ち込んだ様子で謝ってきた。
見る人によっては人生終わったとも言いそうなほどひどい顔をしている。
「別に気にしてない」
「嘘です」
「本当に気にしてない」
「絶対に嘘です。あんな絡まれ方して気にしない人とかいません。面倒臭いとか鬱陶しいとか思うはずです」
いやまあ、さっきまでは似た感情はあったけど。
冷静さを欠いてるってのは分かっていたから本当に気にしてないんだけどな。
酒を飲んだカーミヤと比べたら可愛いものだし。何なら子供っぽくて可愛いなって思えるシーンもあったんだよな。普段大人っぽい人が感情剥き出しになるとギャップがあって良いよね。
「なら気にしてる」
「う……」
「でもそれ以上に」
俯くアイネの顔を両手で無理やり上げ……
「あんたにそうやって落ち込まれ続ける方が面倒臭い」
そう言いながらお仕置きと言わんばかりに軽めに頬を引っ張る。
最初は何をされているのか分かっていなかったアイネだが、色んな羞恥を感じたのか顔を赤面させていく。
「く、くろょうひゃん……や……やめへくだひゃい!?」
「落ち込むのやめるならやめてやる」
「やめまひゅ! やめまひゅきゃら!」
本当にやめるのか?
と疑いたくもなるが、信じてみないことには始まらない。
なので頬を引っ張るのをスパッとやめる。
「うぅ……」
大して痛くはなかったはずだが、赤くなった顔も隠したいのかアイネは大げさに頬を擦っている。
その際、何か言いたげな目を向けられたが……
断りもなく触れたのは悪いけど、それ以外は俺は悪くないだろ。あのままだと今日の目的を果たす前に解散とかになりかねなかったし。
なので頬を引っ張ったことに対する以外の文句は絶対に受け付けない。そう心の内で固く決めていた。
「何か文句でも?」
「いえ……悪いのは私なので。ただ気軽に女性に触れるのは良くないと思います。私だから許してあげますけど」
「それはどうも。肝に銘じておきますので服選びの続きをどうぞ」
「服はもうこれで良いです」
急に適当だな。
もしもあなたのお父様が親バカでこの場に居たら泣きそうになっちゃうのでは?
その前に親バカならアイネの頬を抓った俺に絡んできそうだけど。
まあでもこれで1件目の用事は終了。
続いて2件目……と思っていたのだが、アイネが精神的に疲労してしまったようで食事を取って解散することになった。
そのとき食べたのは、まさかのスープ麺。それも味が濃厚なやつ。
地元では食べていたらしいが、こちらに来てからは女性ひとりだと雰囲気的に食べずらかった。なので久々に食べてみたいということでそういうことになったわけだ。
ただ、さすがに今日の内容でお礼しましたとは言い難い。
なので後日またお互いに時間が取れた際に会う約束をして別れた。
その話に関しては、そのときが来たら語るかもしれない。
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