第11話 「純粋にタイプじゃねぇとか?」

 エルドナに対する報告を終えてから数日が経過しようとしている。

 その間、俺がいったい何をしていたかというと……

 これといって何もしていない。

 正確には別の冒険者に会うなり、他のクエストを受けようかとも思っていた。

 が、エルドナに見つかるといつまでも引っ付いてくるので話し相手になるしかなかったのだ。

 さすがに何日もクエストをしないのはギルドからの信頼にも関わる。

 なので今日こそはエルドナを無視して仕事をする。

 その意気込みで普段とはギルドに行く時間さえズラしていたのだが……


「……何であいつは未だに居るんだよ」


 入り口から中の様子を覗いてみると、奥の方にエルドナの姿が見えた。

 あの体格と人の目を惹く銀髪。この特徴からしてエルドナに間違いない。

 お前、Aランクの冒険者だろ。

 それに多分だけど朝から俺のこと待ち伏せしてたんだろ。

 もう昼って呼んでも良い時間なんだけど。それなのにクエストも受けず、ただただ俺のことを待っていたというのか。

 エルドナがその日を暮らせる金があればいい、みたいな考えの持ち主だってのはこの数日で知る機会があった。クエストを行う回数が少ないという情報もギルドの資料で見ただけにボケーとするのは好きにすればいい。本人の自由だ。

 しかし、だからといって俺のスケジュールにまで影響を与えるのは違うぞ。

 俺だってその日を暮らせる金があればいいくらいの感覚で仕事をする方だが。

 ギルドからの信頼という重荷があるせいで、用事もないのに何日も仕事をしないというのは避けなければならない。


「さて……」


 どうするのが正解なのだろう。

 ギルドから次の訳アリ冒険者を紹介されれば、ギルドの手も借りてエルドナを大人しくさせることは簡単だ。

 だが俺が担当を任されるのは、主に高ランクの訳アリ冒険者。

 ここよりも大きな都市ならまだしもこの街ではおいそれと高ランクの訳アリが見つかるはずもない。

 基本的にこの街の冒険者はCランク以下。

 Bランク以上となれば数えようと思えば数えられる。わずかな期間だけ滞在している冒険者を含めても三桁に届くか届かないか。それくらいしかいないのだから。

 毎日顔を出していても裏に通されることはなかった。

 今日になってギルドが俺に担当して欲しい冒険者が出来たならば、普段の時間に顔を出していないのだから入り口で待つなりアクションがあるはず。

 つまり、今日も俺が行うべき緊急性の高いクエストはない。


「もういっそ……エルドナを連れて高ランクのクエストを受けるか?」


 肉をぶん殴る感触、骨を砕く感触を快感だと言う変態ではあるが。

 それでもエルドナという冒険者は、戦闘力だけで見れば俺より高い。人外に等しいSランク相当の実力を持っている。

 ならBランク以上のモンスターが相手でもこれまでより楽に討伐できるのではないだろうか。

 ただ……

 あのエルフ、ふたりっきりで声を出せる状況になると馬鹿みたいにずっと喋るんだよな。それが興味が持てる話なら別に問題ないんだが、あいつの性癖に関わる分野になろうものなら急に聞く気が失せる。

 それで反応しなかったら構ってちゃんモードが発動。ただ喋るだけでは俺が返事してくれないと思って面倒臭い絡み方を実践してくる。場合によっては結婚を匂わせることまでしてくる。

 種族間で価値観の違いとかはあるだろうけどさ。もう少し精神的に負荷を掛けない迫り方をして欲しいよね。


「何してんだ旦那?」


 エルドナとクエストを計りかけていると、受付嬢であるリナが声を掛けてきた。

 おそらく昼休憩の時間なのだろう。

 緊急事態に備えて一度にまとまった人数が休憩を取れないだけに受付嬢って本当大変。あなた方のおかげでギルドや冒険者は仕事が出来ていると言っても過言ではない。そう思います。


「あの銀髪エルフのせいでちょっとな」

「ああ……えらく懐かれてるもんな」


 懐かれている。

 そんな優しさと微笑ましさが似合う言葉で済むのであれば、俺はこんなに迷ってはいないと思う。

 何ならプラスの感情でエルドナと接することが出来ていると思う。

 後輩冒険者が成長する姿とか見るの割と好きだし。人が嬉しそうにしている姿を見るのは嫌いじゃないから。

 ただあいつは暴力を振るいたいと願う変態。機嫌を損ねたら怪我では済まない可能性がある。そんな獰猛なエルフを傍に置くのは結構怖いです。


「ま、事情が事情だしな。気兼ねなく話せる旦那はあの嬢ちゃんにとって貴重なんだろ。素直に話し相手になってやればいいじゃねぇか」

「殴ったり蹴ったりすることに快感を覚える変態で、俺よりも戦闘力が高い化け物だぞ。お前は死神と一緒に過ごしたいと思うか?」

「いやそれは……旦那が嬢ちゃんの機嫌を損ねなければいいだけでは」


 だったらお前、一度でもいいからあのエルフとお喋りしてみろ!

 世間話とかそれくらいなら良いよ。魔法に関することとか難しいこともあるけど、それなりに魔法は使えるから聞いてて得られるものがあって楽しいとは思うよ。

 でもな、ふとした瞬間にあのエルフは何か殴りたいとか言い出すんだ。殴れるものがないかなって感じで拳を擦り始めるんだよ。

 その流れで模擬戦しようとかなったら怖いじゃん。

 魔法なしでも一方的な展開になりかねないのに魔法ありとかなったら死を覚悟しなくちゃいけないんですが。

 価値観や考えが違う人物と長時間一緒に居るのは良くないと思う。緊張とストレスで心が破壊されそうになるもん。


「悪かった、悪かったって。他人事だと思って適当なこと言ったのは謝る。だから無言で圧かけてくるのやめてくれ。切実すぎて同情しか湧かねぇ」

「その同情に対してひとつ良いことを教えておいてやろう。さっきからあのエルフのこと嬢ちゃんって言っているが、あのエルフは俺達より年上。人間で言えば27歳くらいらしい」


 だから本人を前に嬢ちゃんとか言ったら子供扱いされたと思って憤慨するかもしれないぞ。そしたら、うん……もしかしたらもしかするかもね。

 俺の言いたいことが想像できたのかリナの顔は真っ青。

 リナさんがいくら気が強くてもステータス的に言えば一般女性。Sランク相当で生物を殴るのが好きな変態が相手となれな、こうなるのも当然といえば当然だよね。

 これは余談になるが。

 この世界の一般的なエルフは、基本的に人間の2倍または3倍の寿命を持つ。

 つまり人間で言えば○○歳という年齢に先ほど言った寿命の数を掛ければ実年齢が推測できるというわけだ。

 ちなみにあのエルフさんが読み書きを覚えたのは70年以上も前の話。ここまでヒントを出せば、優秀な君達ならあのエルフさんの年齢が分かったことだろう。


「危ない目に遭わないように気を付けるわ……旦那、もう飯は食ったのか?」

「いや」


 エルドナのいない隙にクエストを受け、その後に軽く食べてから取りかかろう。

 そんな考えでいたので今日は何も食べていないのである。


「んじゃ飯行こうぜ。アタシの休憩時間も限られてるしな」

「飯に誘われてるのか?」

「それ以外にどう聞こえんだよ。愚痴くらいなら聞いてやるからさっさと行こうぜ」


 この人、口調はあれだけどマジで良い人。

 アイネが表に立って後輩を導くエリートならリナは下から支える縁の下の力持ち。

 この街のギルドは、このふたりの頑張りによって受付嬢に対する文句などが出にくいのだろう。

 リナに案内されたのは、ギルドハウスの近場にある食堂。彼女曰く、安くて美味い日替わり定食がおすすめらしい。

 リナは迷うことなくそれを頼んだので、俺も同じものを頼んでみることにした。


「今日は焼き魚か……く~、うめぇ! 良い塩加減してやがる。こんなの食べてたら酒が欲しくなるな」

「さすがにそれは不味いだろ」

「分かってるって。酒は仕事が終わってからって決めてるから安心しな。もしも酒を飲んでミスでもしようものならうるせぇ奴が身近に居るし」


 悪者のように言っているがもしもその状況になった場合、悪いのはアイネではなくリナである。

 まあそのへんのことは本人だって理解しているだろうし、実際は酒を飲もうとはしていないのだから口にする必要はない。

 ……うん、確かに良い塩加減だ。

 店内の客層的に肉体労働を主体にしている人が多いように見える。その人達向けに濃い目の味付けだったり、塩分が取れるものを用意しているのかもしれない。


「そういや旦那」

「ん?」

「聞いた話なんだけどよ、《戦いの女帝ブリュンヒルデ》が邪竜種の討伐に成功したらしいぜ」


 急に何の話だよ、思う人もいるので解説。

 まず《戦いの女帝》というのは、昔はこの街を拠点に活動していた冒険者。この大陸でも数少ないSランク以上に認定されている化け物である。

 邪竜種というのは、何らかの理由で理性を失って暴走してしまった竜のことだ。

 理性を持つ竜というのは、元々高い能力を所持しているため危険度で言えば最低でもAランク。それが暴走したとなれば必然的にSランク以上の危険度となる。

 放っておけば放っておくだけ被害が拡大させる存在なだけに迅速な対応が求められるモンスターだ。

 それだけに邪竜種を討伐した《戦いの女帝》殿は英雄として讃えられるだろう。


「そうか」

「そうか、って反応薄いな」

「遠い国の英雄譚を聞かされたようなものだ。反応は薄くて当然だろ」

「それはそうだけどよ」


 肯定しながらも何か言いたそうな顔をしていらっしゃる。

 何を心の中で思い、言葉として発しないようにしているのか。

 その内容が何となくだが俺は察した付いてしまう。

 何故なら……話に出てきた《戦いの女帝》様と俺は同じ村の出身。故郷が同じで同年代。小さな村だったのでぶっちゃけ顔見知りだ。

 そのへんのことはギルドも把握している。だから目の前で食事中の受付嬢はこの話題を出したのだろう。


「分かった。今度あいつに会うことがあれば、そのときは賞賛の言葉と……どこぞの気の強い受付嬢が話したがっていた。そう伝えておこう」

「はあ!? いやいやいや、別に旦那が《戦いの女帝》に何を言おうが構わねぇけど。何でアタシの話までする必要があんだよ!」

「ファンなのかと思って」

「んなわけあるか! いや、まあ、その同じ女性として憧れるというか、凄い人だなとは思っちゃいるけど。別に話したいとかそういう気持ちは……アタシなんかと話してくれんのかな」


 話したいんじゃん。


「理由もなく人を嫌うような奴じゃないし、時間があれば話くらいしてくれるだろ」

「そっか。へへ、そいつは嬉し……アタシが旦那の愚痴を聞くみたいな流れでここに来たんじゃなかったか?」

「気にするな。こうしてるだけでも気分転換にはなってる」


 一方的に剛速球を投げられる会話って辛い。

 今みたいにキャッチボールが成立するのって本当に素晴らしい。


「これだけで気分転換って……ごめんな旦那。アタシを始めギルドは旦那の苦労を理解出来てなかったのかもしんねぇ」

「そっちにはそっちの苦労もあるだろ。たまにガチでふざけるなとは思うが」

「ギルマスもアイネも効率主義なところがあるから……たまにだろうけど、マジですまん。今度アタシの方から文句言っとくわ」


 普通の受付嬢なら上の立場に「文句を言っておいてやるぜ」なんて笑顔で言えないだろう。

 こういう受付嬢の存在が、俺のようなギルドお抱えの冒険者にとって救いになるのだろう。そこまで含めてギルドの手の平という可能性はあるが。

 うちのギルドのマスターの場合、マジでそういうことしていてもおかしくないんだよな。今回は断ろうと思ってもなんだかんだで引き受けてしまう結末に持っていかれるし。

 あの人がギルドの関係者で本当に良かった。

 悪の組織とか率いたら絶対に治安が悪くなる。そう断言できるくらいあのジジイの頭脳は明晰で尚且つ腹黒い。


「つうかさ、前々から思ってたけど何で旦那ってアタシには口悪いわけ? 他の奴には割と敬語だよな?」

「敬語だと気持ち悪いからやめろ。そうお前から言った。俺の記憶だとそうなっているが?」

「あ、マジで? 酒飲んでる時にでも言ったのかな。全然覚えてねぇや。ま、別に敬語で喋れよとか言うつもりはねぇんだけどな。今の感じの方がこっちも気軽で良いし」


 俺も今更お前に丁寧な言葉遣いする気はねぇよ。

 怒りを買いたくないから媚び売ってるみたいんで気持ち悪いし。


「そういや旦那、直近で金を使う予定とかあるか?」

「いやないが……お前、アイネさんのお礼に何を考えてる?」

「え? あー、そういやそっちもあったか」


 そっちもあったかって……


「いや、悪い。回りくどい言い方したアタシが悪かった。素直に言う。だから怒らずに聞いてくれ」

「何だよ?」

「ギルドに財布忘れたからこの場の代金を立て替えてくんね?」


 …………。


「えっと、その、もちろん無理にとは言わねぇよ。ただ財布を取ってくるまでの間、ここに残っておいてほしいというか……ギルドの受付嬢が食い逃げとかシャレにならんし。頼む旦那、アタシを助けると思って!」


 真摯な態度でお願いされているわけだが。

 こちらとしては「え、そんなこと?」状態なわけである。

 身内に不幸があって金が要る。だから貸してほしい。そんなことを考えてしまっていた俺の気持ちはどこに持って行けばいいのだろう。


「あのな……あぁいや、ここはもう奢ってやるよ。浮いた金は後輩にでも何か奢ってやれ。お前にも付き合いがあるだろうし」

「旦那……あんた聖人かよ」

「こんなことで聖人扱いするな」


 世の中に居る本物の聖人に失礼だろ。


「その代わり……言える機会があれば、俺の代わりに文句言っといてくれよ」

「そいつは任してくれ!」

「絶対に、だぞ。特にあのクソジジィにはボロクソなほどにな」

「旦那、それはさすがに口が悪すぎると思うんだが……」

「過去に何度か死にそうになっているんだが?」

「責任持ってあのタヌキジジィにはボロッカスに言っとくわ」


 この変わり身の早さ。

 俺ほどじゃないけど受付嬢もストレスを感じる何かしらな目に遭っているのだろうか。


『すまないね諸君、明日までに必要だった点検及び資料整理を忘れてしまっていたよ。だから悪いんだけど、手伝ってくれないかな?』


 なんてことは日常的にありそうではある。

 悪びれた様子もない笑顔で言ってそうな光景が簡単に浮かんでしまう。


「そのやる気が失われないようにデザートも奢ってやろう。好きなやつ頼め」

「マジかよ旦那、愛してる!」


 何とも現金な愛だ。

 おかげで何にも心に響いてこない。

 アイネより一般受けはしないにしてもリナは普通に美人と評価される見た目をしている。

 普通なら嘘でも「愛してる」なんて言われたら喜びそうなものだが……

 ギルド側に片足ぶっこんでるから身内判定にでもなってるのかもな。リナの俺に対する言動も身内ノリが入ってそうなところもあるし。

 ま、おかげでこっちとしては他の受付嬢の時とは違って気を遣わなくて済むのだが。


「そういや旦那、別件でもうひとつ確認しときたいんだけど」

「今度は何だ?」

「旦那ってアイネのこと狙ったりしねぇの?」


 唐突にこいつは何を言っているんだろう。


「狙わんだろ」

「何で? 純粋にタイプじゃねぇとか?」

「いや別にそういうのはないが……あの人、冒険者をそういう目で見ないだろ」

「あー……なるほど。その考えが変わってる可能性は考えたり?」

「しないな。毎日あれだけの冒険者に言い寄られて何も起こっていないのが良い証拠だろ」

「それはそうだな。うん、確かにそうだ。旦那は悪くない」


 何で俺の悪いところを探そうとしていたんですか?

 それと何で急にアイネさんを狙うとかどうとか言い出したの?

 それってもしや今度する予定のお礼に何か関係ある?

 それに関するリサーチを現在俺はされているのでしょうか?


「あの人に任せておくと、お礼の内容がいつまで経っても決まらなそうだから手伝うなとは言わない。けどな……常識と節度は守った内容にしろよ」


 面白がってお互いに気まずくなるような内容にしたらマジで怒るからな。


「んなことしねぇって。旦那とアイネ、ふたりから小言なんて考えただけでも嫌だし。そもそも、変なことが入ってたらアイネの野郎が許してくれねぇよ。多分無難なものになると思う。だからまあ、気構えたりせず待っといてくれ」


 その言葉を信じるぞ。

 と言いたい気持ちはあるが、この女にいたずらっ子な一面があることを俺は知っている。それだけにちゃっかり何かしら入れてくる可能性はゼロではない。

 けどまあ、ギルマスに対してクソジジィと思う同士ではある。

 だからこの場はとりあえず信じておくことにしよう。

 もし裏切るような真似をされたら……

 今は言葉にしないでおこう。そういう未来が訪れないのが1番だからな。



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