第7話 「お待たせ。どうかな?」

 リクスと出会った次の日。

 前日と同じ時間に集合した俺達がその日に何をしたのか。それを簡単に説明すると買い物と整髪だ。

 それまでのリクスは、全身黒ずくめで露出もないので女性らしさが皆無。男装をしているような状態だった。

 そこからロングコートを袖が七分丈の白いものに変え、下も太ももが見えるようにショートに変更。いきなり肌が見えすぎるのは恥ずかしいということで、ニーソックスで絶対領域だけ露出するようにした。

 髪型は元々ショートヘアーだったので大きい変更は難しい。

 そのため女性らしさを感じられるようなアシンメトリーのショートカットに整える形に落ち着いた。

 加えてさらしを外したことで胸部にはしっかりとした膨らみが現れ、ボディラインも女性らしいものに変わる。

 おかげでリクスの見た目は『男に見える女』から『ボーイッシュな女性』くらいには変化したことだろう。

 その後の数日は新しい服装とさらしのない状態での動きを確認したい。

 そう言ってリクスはひとりでクエストに行っていたわけだが……


「やあクロウさん。数日ぶりだね」


 今日ギルドに顔を出したら待ち伏せされていた。

 悩みはある程度解決されたように見えたし、パーティーを組むことに前向きに考え始めている。

 そう思ってギルドに報告しようと思っていた矢先にこれだ。


「今日は何の用だ?」

「用がないと話しかけちゃダメ?」

「ダメとは言わない。が、用がないなら別件に取り掛かりたいってのが本音だな」

「なら用がある。だから今日まではボクに付き合ってよ」


 本当にその用って俺が必要な用なんだろうな?

 これといって俺が必要ないのに付き合わせようとしているのなら。それが分かった時点でお前のこと置いて帰るから。

 そう心に決め、リクスと一緒にギルドから出る。

 リクスに付き添う形で歩き始めたわけだが、今日の彼女の目的は何なのだろう?


「なあ」

「うん?」

「俺は今日、何に付き合わされるんだ?」

「買い物かな」


 買い物?

 買い物ねぇ……


「俺の記憶が正しければ何日か前に色々と買ったよな?」

「買ったけど。その日に買ったのは冒険者としてのものだよね? ボク、女性らしい私服ってほとんど持ってなくて。だから今日はそのへんを買おうかなと」


 なるほど。

 まあ目的が違うのなら納得はしてやろう。しかし……


「それって俺が必要なのか?」

「必要だよ」

「何故に?」


 女性らしい服装を買いたいのならひとりでも買えるだろ。だってこの街には専門店だってあるんだから。

 そこの店員は基本的に女性だろうし、自分にはどういう服が似合いそうですかって尋ねたらサポートしてくれるはず。なのに何で俺が必要になるんだ。


「今のボクにとってクロウさんが最も身近な異性。そのクロウさんが女の子らしいって思ってくれないと、他の男性は余計にボクのことを女の子として見てくれないかもしれない。だからクロウさんが必要なんだ」


 納得できなくもない理由なだけに反論しづらい。

 それにまだギルドにリクスのことを報告出来ていない。

 つまり俺は現状リクスの相談相手。もしもここで拒否して機嫌を損ねられでもしたら。冒険者やめますみたいな事態にでもなったら。

 多分俺はギルドから責任を追及される。そこまで行かなくてもそこに至った経緯は説明しないといけない。それはそれで面倒臭そう。

 なら今日までリクスに付き合った方が賢明な判断ではないだろうか。


「まずはここにしようかな」


 立ち止まったのは、カジュアルなものをベースに若い人層をターゲットにしていそうな店だった。

 入り口にある看板には女性服オンリーとデカデカと書かれている。

 先ほど賢明な判断だとか言ったがあれは間違い。全然賢明ではない。

 何故なら冒険者用の服を買いに行った時とは違ってこの店は冒険者以外も利用する。しかも女性服しか取り扱っていないため客は女性ばかり。男子禁制の空間が広がっているはずだ。

 そんなところに男の俺が入ろうものなら……考えたくない。


「外で待っていて良いですか?」

「ダメだよ」

「ここ女性服の専門店。そんで俺は男」

「うん、そうだね。このままだとクロウさんは気まずいと思う。だから」


 何か秘策でもあるの?

 と思った矢先、リクスの右手が俺の左手を掴んできた。


「こうしておけば問題ないと思う」


 いやまあ、確かにこれならカップルに見えなくもない。

 だから周囲から負の視線はもらわないだろう。

 けどさ……


「もしかして変な噂が立つんじゃないかって心配してる?」

「それよりもこの状態を見たお前の隠れファンに襲われる可能性を心配してる」


 リクスが行きつけにしてる喫茶店の店員さん。

 あの子は絶対にこいつのファンだし。深い感情まで抱いていて今の状態を見られたら逆恨みされそう。

 一般人相手に負けたりすることはないだろうけど。

 それでも精神的に傷は負っちゃうよね。俺が君に何をしたって。


「そこまで危ない人はさすがに居ないと信じたいけど……ずっと一緒に居ればそんな人が居ても襲ってこないんじゃないかな?」


 そりゃあお前に嫌われたくはないだろうからそうだろうけど。


「お前、誰にでもそんなこと言ってるんだろ」

「え?」

「ずっと一緒に居ようとか安易に言うもんじゃない。特に男相手に」


 世の中には勘違いしちゃう人だっているんだから。

 まあ俺はそんなことしませんけど。だってこいつがそういう奴だって知っているし。普通なら特別に思える言葉でも世間話くらいにしか響いてこない。


「いや……お前の場合、女相手でもダメか。お前は喋らない方がトラブルが起きなくて平和かもしれん」

「何でそういうこと言うかな。ボクのことはトラブルメイカーじゃなくて女の子として扱って欲しいんだけど」

「男っぽさが抜けたら考えてやるよ」

「そんなこと言うならギルドに頼んで、ボクから男っぽさが完全に抜けるまでクロウさんには一緒に居てもらおうかな」


 この野郎……。

 そんなことされたらいつまで経っても訳アリ冒険者の調査が進まないだろうが。

 そうなったらギルドからお金もらえるかも分からない。お前は俺の人生を狂わせるつもりか。


「そうなったら俺は今以上にお前のことぞんざいに扱うぞ」

「クロウさんって好きな子はいじめたくなるタイプ?」

「今繋いでる手、持てる技術全て駆使してへし折ってやろうか?」

「それはやめて欲しいかな。刀が振れなくなると冒険者として仕事ができなくなるし。まあこのへんも含めて続きは中に入ってからにしよう」


 本気で脅してないせいか流されてんな。

 本気で脅しても「クロウさんはそういうことをする人じゃない!」とか真顔で言ってきて気持ちが萎えそうだけど。

 やれやれ、こういうところもこいつの持つ才能か。

 というか、こいつ言動はクールなのに少し距離が縮まるだけで人懐っこくなるな。本人としては普通というか普段どおりなんだろうけど。

 こういうギャップも相まって犠牲者は生まれてしまったんだな。

 今後そんな犠牲者が生まれないことを切に願う。生まれてしまった時は、リクス含めて当人達で解決してくれ。俺にはどうしようもないから。


「結構色々あるね」

「そうだな」


 目移りしそうになるくらいには商品が並んでらっしゃる。

 俺としてはそれよりも店員や客の視線が気になるけど。

 リクスと手を繋いでいることもあって「何で男の人が?」とは思われていないようだけど。カップル妬ましいみたいなものは少し感じる。

 だからさっさとリクスには自分の好きなものを選んで欲しいものだ。


「クロウさん、ボクにはどれが似合うと思う?」

「何で俺に選ばせようとしている?」

「その方が恋人っぽく見えてクロウさんへの視線も緩くなるかなって」

「独り身に嫉妬されてきつくなる可能性もあるんだが」

「そういうのは放っておけばいいんじゃないかな。実害はないだろうし」


 そうですけど。

 お前さんに服を選んでいるところを知り合いにでも見られたら誤解されるじゃん。

 ま、手を繋いでいる段階で見られたら誤解されるんですけどね。

 とはいえ、そんなこと滅多に起こるものでもないか。

 面倒見たことがある冒険者は今日もクエストに励んでいるか、そもそも別の街に拠点を移したから会うはずもないし。

 ギルド関係者も大人数が休める時期でもない。

 利用する時間帯によって接点のない人物も多いし。付き合いの長い連中にさえ会わなければ何も問題は……


「え……え?」


 ナンバーワン受付嬢であるアイネ氏と遭遇してしまった。

 何でこの人、休みなの?

 いや休みはあるだろうし、あれだけ働いているんだから休んでくださいとは思います。

 けどさ。今じゃなくても良いと思うんです。

 面白がってウザ絡みしてきそうなリナって受付嬢じゃないだけマシだけど。

 まあそれは置いておいて。

 こちらは仕事中。あちらはプライベート。

 今日のことに関して報告の義務はあるかもしれない。が、それはまた今度。彼女にはこのまま何も気にせず休みを謳歌してもらおう。


「クロウさん、どうかした?」

「いや何でも。あっちの方に行ってみよう。お前に合いそうなものを選んでやる」

「やる気を出してくれるのは嬉しいけど。際どいやつとかはやめてね」


 お前は俺のことを何だと思ってやがる。

 そんなに言うなら選んでやろうか。大人の色気がないと無理そうなやつ。この店にあるかは分からんけど。

 ちなみにこれは余談だが。

 アイネのファンのために彼女の私服について語っておこう。

 俺も制服姿ばかりで私服を見るのは久々。数年前とはやはり大人の色気のようなものが違うだけにファッションも変わっている。

 前はワンピースとかで清楚な感じだったけど、今は紺色のジャケットと白のスカートで清楚感を残しつつカッコいい感じに仕上げている。

 それでいて小物で可愛らしさも出しているあたり、さすがはナンバーワン受付嬢。私服姿も魅力的だ。


「まずこのへんからだな」

「最初がスカートとかクロウさん度胸あるね」

「お前ひとりだと買わなそうなものからやらんとだろ」

「それはどうも。でも試着させてあわよくばボクの下着を見たいと」

「思ってない。お前に対して異性としての魅力はさほど感じない」


 年下であることに加えて、今みたいに恥ずかしげもなく下着のことを話題に出すあたり。リクスには異性というより男友達って感じの方が強い。

 なのでムスッとした顔で睨まれても大して怖くもない。

 ただこいつのこういう顔は可愛らしいと思えるので、異性としてまったく見ていないということではないのだろう。


「今くらいのことでむくれるな」

「むくれるようなことを言ったのはそっち。ボクは悪くない」

「俺に付き合えって言ったのはそっちだろ。お前の自業自得だ」


 リクスとあれこれ言い合っていると、不意に「痴話げんかなら他所でやってよ」といった文句が微かに聞こえてきた。

 この店にいる全員に声を大にして言いたい。

 俺とこいつ、カップルじゃないから。ビジネス的な関係だから!

 会話もよく聞いて。そしたら俺達の関係が羨むものじゃないって理解できるはず。

 脳の片隅でそんなことを思っている間にもなんだかんだ買い物は進んでいく。リクスとの距離感って異性の友達というより悪友なのでは?


「この服、お腹が丸見えでは?」

「そうだな。これを着こなせるのはスタイルの良いやつだけだろう」

「うーん……ボクだとシルエット的には問題なさそうだけど、腹筋のせいで女性らしさが出ないかも」


 バッキバキに割れてるならそうかもしれない。

 が、ある程度までなら別に女性らしさは感じられるのではなかろうか。

 それに世の中には女性の腹筋に魅力を感じる男だっているはずだ。


「それが逆に良いって奴も居るかもしれない。1着くらい持っておいてもいいんじゃないか」

「ちなみにクロウさんはボクのお腹に魅力を感じる?」

「それは見てみないと分からん」

「じゃあ試着してみようかな」


 こいつ、自分のことは女として見ろとか言っておきながら俺のことは男として見ていないのでは?

 何で照れもなしにそういうこと言えちゃうわけ。

 そんでもって迷いもなく試着室に足を運ぶのかな。あなたが着替えている間、俺は外で待っておかないといけないんですが。

 というか……何で俺は彼氏でもないのにリクスのおへそを見せられるわけ?

 俺はどういう心持ちで今という時間を過ごせばいいの?


「お待たせ。どうかな?」


 この子に躊躇というものはないのだろうか。

 先ほど本人が気にしていた腹筋だが、バッキバキのガッチガチ。

 というわけでもなく、必要最低限度の筋肉。動きを阻害するような無駄と呼べる量は付けていない。戦闘に特化した筋肉をしていらっしゃる。

 なので女性としてのラインが際立つ形になっており、肌もきめ細かいために魅力を感じる者は存在するだろう。


「そんなにじっと見られるとさすがに恥ずかしいんだけど」

「普段と変わらない顔と声で言われても恥ずかしそうに見えないんだが」

「男性的にボクのお腹はどう?」

「俺はそういう性癖じゃないが魅力的ではある」


 冷静に考えると、俺はいったい何を言っているのだろう。

 俺はギルドからの依頼を受けたから。その一環としてリクスを担当することになったから今ここに居る。

 なのにどうして担当になった女性冒険者におへそを見せられ、その感想を口にしているのだろう。俺は何の仕事をしているんだ。

 そこまで考えて冷静な自分を完全に隅へと追いやることにした。

 そいつが居ると精神的に擦り減る。今日という日を乗り越えれば、こんな訳の分からん状況にもならないだろう。

 だからもう今は開き直る。冒険者の仕事なのか? とか考えない。


「なら1着くらい買っておこうかな。いやせっかくならノースリーブのも……女性らしさを意識するなら谷間を強調しているデザインの方が良いのかな。ボクにもそれなりのものがあるわけだし」


 お前、絶対に俺のこと男だって思ってないだろ。

 そうじゃないと目の前に俺がいるっていうのに。流れ的に俺からもろにガン見されている状態なのに。自分で自分の胸を揉んだりするわけがない。


「クロウさん」

「あまり冒険し過ぎるな。そういうのは女性らしさが滲み出るようになってからだ。いやそもそもの話、今のお前の容姿と性格的に色気主体の服装だとバランスが悪い」

「それもそっか。露出し過ぎて軽い女だって思われるのも嫌だし。今回はシンプルなものだけにしておくよ」


 つい数日前までは少しの露出で抵抗があったというのに。

 リクスの中で何かが変わったのか。変わるために考え方を変えたのか。

 何にせよリクスにとっては女として見られようと思っている証拠。

 ただ今のようにいきなりアクセルを全開にするのだけはやめて欲しい。加減を間違えると今度は男性冒険者がリクスを巡ってトラブルを起こしかねない。

 そうこう思っている間にリクスは速やかに会計を済ませる。

 リクスは冒険者なので自分の荷物くらい自分で持たせても問題ない。

 そう思う俺も居るが買い物はまだまだ続く。

 つまり、再び女性専門店に入る可能性があるということ。

 荷物が増えてくれば手を繋いだりするカモフラージュは出来なくなり、リクスの手が埋まるということは買い物の速度も落ちるということ。

 それらを未然に防ぐためにもリクスの荷物が俺が持つことにした。

 その後、俺達は店員に笑顔で見送られながら外に出る。


「次はどこに行くんだ?」

「歩きながら目に付いたお店」


 それ、行き当たりばったりってことやん。

 俺の問いに対して答えとして不明瞭。俺のこと待ち伏せして巻き込むつもりでいたのならもう少し計画を練っておきなさい。


「……って言いたいけど、それだと効率も悪くて荷物を持ってくれてるクロウさんにも悪い。だからそうだね、個人的にあと買っておきたいのは小物とか靴かな」

「まあ妥当なところだな。服ばかり買っても着る機会は多くないだろうし」

「下着や水着も買いたいって言ったら付き合ってくれる?」


 さらっと何を言ってるんだろう。

 水着までは百歩譲って理解をしよう。だが下着に関してはダメだ。

 俺はリクスの恋人でもないし、付き合いが長い友人というわけでもない。これはリクス側から見ても間違いようがない事実。

 なのにどうしてリクスは、平気そうな顔で「下着選ぶの手伝ってよ」といった意味合いの言葉を吐けるのだろう。


「そういうのは将来できる恋人とでもやりなさい」

「それは出来る前提の話にならない?」

「女性らしくなるって決めたんだろ。だったら絶対に恋人を作るくらいの意気込み望めよ」

「その意気込みで望んでも出来ない時は出来ない。現実は甘くないよね。そうそんな悲しい未来が訪れた時、クロウさんは責任取ってくれるの?」

「取らん」


 そんな先までお前の面倒を見てはいないだろうし。


「即答とかクロウさんは薄情だね」

「答えが分かっているくせにそんなことを聞くお前がバカなんだ」

「なら付き合ってもらうのは今日までって言ったけど、バカが直るまでに延長しようかな」

「バカ言ってないでさっさと次行くぞ」


 会話を打ち切るように歩き始めると、間髪入れずリクスは隣を歩き始める。

 彼女の顔はバカと言われても気にした感情はなく、それどころか俺との何の利益にもならない会話を普通に楽しんでいるように見える。

 もしかすると。

 何の気兼ねもなく話せる相手というのは俺が初めてなのかもしれない。

 そうだとすれば多少のことは大目に見てやろうと思いもする。

 が、今の関係を無期限延長といった提案だけは絶対に拒否する。

 近日中に必ずギルドに報告して次の冒険者に移る。これだけは決定事項だ。

 なので今日という日でこの関係が一段落するように満足するまで付き合ってやることにしよう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る